第277話

 執政官マジャールは、旅人ローレンになりきってみて、女性二人の恋人たちであるセレナとリアンと出会った。

 幼なじみと言っているが、アルテリスなら、この二人が恋愛していることに気づくだろう。


「あー、このパルタの都も悪くないところだと思うんだけど、どうして他の伯爵領へ二人は行きたいのかな?」


 セレナとリアンは双子みたいに同じ服装で、同じ髪型でお揃いにしている。

 そして、本当は姉妹なのと言われたら、そうかと納得してしまいそうな感じで似た雰囲気がある。


 パルタの都では、女の子どうしで恋愛しているのが親や周囲の人たちにバレると、変わり者だと家族まで噂になるぐらいなので、恋する二人には生きにくいから……とは、執政官のマジャールには、ちょっと言えない。


「あら、ローレンさんだって旅をしてきたんでしょう?」

「ちがうところに行って、暮らしてみたいって気持ちになることってあるじゃないですか」


 セレナとリアンはそう言って、あまり詳しく二人の事情を聞かれないように笑ってごまかした。


 マジャールとしては、不満があるなら改善したい気持ちがある。

 しかし、マジャールはこの幼なじみと言っている仲良しそうな二人が、恋の悩みを抱えているとは気づけなかった。


 セレナとリアンは、パルタの都の恋愛事情で、平民階級の若い青年たちと小貴族の住民が恋をするのは良くないと年上の大人たちが言うのはなぜか、マジャールに聞いてみた。


 マジャールは、元王都トルネリカの法務官だった経歴がある。

 貴族階級の者が平民階級の者と婚姻すると、法律上では貴族階級の者は降格されて、平民階級として扱われる。

 パルタの都は、前任の執政官ベルマー男爵の頃までは平民階級の人は旅人でも滞在を許可していなかった。

 貴族だけが特権として暮らすことが許された場所、それがパルタの都だった。


「血統を重視して、身分階級の特権制度が保証されているのと、この降格がなければ、平民階級の人が婚姻で貴族階級になって、貴族だらけになるからね」


 マジャールは、つい説明してしまっていた。


「すごーい、ローレンさんは難しい法律に詳しいんですね!」

「小貴族の私たちが平民階級の人と婚姻すると、平民階級になっちゃうからダメって言っているんですか、なるほどなるほど」


 マジャールとは、王都トルネリカで知り合った親友で、いろいろ教えてもらっている……という作り話をして、マジャールは、ごくっとコップの水を飲んだ。


「あ、嘘つくの苦手な人だ」

「でも、私たちを口説いてきたりしないから、なんかいいよね」


 二人が小声でひそひそ話して、にっこりと二人でマジャールに笑顔を向けた。


 イザベラの酒場の開店したばかりの夕方あたりだと、たまにまだ屯所暮らしの青年たちが気晴らしに来ている。セレナとリアンに声をかけて、一杯おごるからと口説いてくる者たちもいた。


「また、いろんなお話を私たちに聞かせて下さいね」

「じゃあね、旅人さん!」


 セレナとリアンが、マジャールに「正体バレてますよ」と暴露しないか、なんとなく周囲の客たちが耳をすまして気にしている気配を察して、もう少し話したいと思っているマジャールのテーブルから離れて、さっさと退店した。


 神聖騎士団のメンバーは、出歩くのに軍服では目立つから着替えて変装するか、騎士団長のミレイユ様はどんな服装をしても目立つから、変装するだけ無駄だよね、と話し合っていた。


「私のせいで目立ちすぎると?」


 ミレイユ以外の騎士団メンバーの全員が一斉にうなずいた。


 執政官の邸宅に仕えている使用人たちが、神聖騎士団の食事などの身のまわりの世話をしている。

 この人たちはベルマー男爵に雇われて、王都トルネリカからついて来るように命じられてパルタの都へ来た人たちである。

 女騎士ソフィアはベルマー男爵が処刑されたあと、モルガン男爵をパルタの都へ誘き出すために、しばらく執政官の邸宅で滞在していた。

 騎士ガルドや女騎士ソフィアは使用人の人たちに危害を加えたりはせずに、学者モンテサンドに説得してもらい、そのままパルタの都に残って邸宅の仕事を続けてもらった。


 騎士ガルド様と女騎士ソフィア様と邸宅の使用人たちから慕われているのを聞き出して、聖騎士ミレイユは怪訝けげんな表情を浮かべた。


 辺境地帯で果実酒職人の小村を焼き討ちしたガルドと、この邸宅で恋人なソフィア嬢と暮らしていたガルドの見た目などは一致している。


 聖騎士ミレイユは、小村を焼き討ちにした盗賊の首領ガルドを探索していた。そこで、同行していた僧侶リーナが神隠しによって拉致される怪異に遭遇した。


(モルガン男爵の手記では、ガルドは黒薔薇の貴婦人の推薦で王から騎士に叙任されたとあったが、遠征軍を率いる将軍に任命されて辺境で怪異の犠牲にならずに、生きていたのだな)


「マルティナ、執政官マジャールに聞けば、ガルドの居場所はつかめると思うか?」

「ミレイユ様、ターレン王国の遠征は失敗に終わりましたが、ガルドの行方が気になるのですか?」

「ただの人間なら怪異の犠牲になっているはず。生きているというのは、やはり少し気になる」


 ガルドが、辺境地帯で怪異を引き起こすつもりで村を焼き討ちにしたのか。

 ガルドは呪術師なのかどうか?

 モルガン男爵の手記からでは、そこがつかめない。


 聖騎士ミレイユとエリザが出会い、辺境の怪異について詳しい話を聞くまで聖騎士ミレイユは、そこが気がかりだった。


 女神ノクティスの影響や、まして執政官マジャールの花嫁候補オーディションについては、あまり関心を持っていないのだった。



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