第275話
「ねぇ、お嬢さん、執政官様のお嫁さんにならない?」
自分のスカウトした女性が執政官の伴侶になれば、自分も特別待遇になれるだろうと考える人たちはいる。
「やれやれ、困ったものだ」
学者モンテサンドは、女店主イザベラから話を聞くと、少し呆れた顔でそう言った。
ベルマー男爵が、自分のお気に入りの愛人には特別待遇をしたのを、住人たちは忘れたわけではなかった。
選りすぐりの五人の花嫁候補から、マジャールに一番のお気に入りの人を選んでもらうもよし。五人まとめて、特別待遇の愛人にしてもらうもよし。
「どうしても放っておけないって気持ちはわからないわけじゃないけど、なんかね、ちょっとちがう気がするのよね~」
倉庫区の片隅で、ひそひそ若いお嬢さんを見かけてはスカウトしている数人の女性たちがいる。
自分たちは堕胎薬の副作用で、妊娠できなくなったのでマジャールの花嫁候補としては不適切だとしても、自分が見つけて推薦したお嬢さんがマジャールの花嫁になればとオーデション参加者を集めることにしたようだ。
誰がマジャールの気持ちを射止めても、恨みっこなし。
「もうね、マジャールさんが、お嫁さん募集しますって言っちゃって、選んだらいいと思うのよ」
女店主イザベラは、モンテサンドにそう言っていた。
「その花嫁候補の五人の選評会にね、私も誘われてるのよ。でね、エリザちゃんとか、アルテリスさんとか、マルティナさんも、あと男性の意見も欲しいらしくて、別にモンテサンドは嫌なら協力しなくてもいいけど」
「偶然に出会って自分の好きな相手が、都の人たちが仕掛けた人だと知ったら、マジャール殿があとで嫌がったりしないか?」
「マジャールさんは、惚れちゃったら案外、いい人を紹介してくれてありがとうとか言いそうよね」
パルタの都の住人は「マジャールさんに素敵なお嫁さんと一緒になってもらいたいけれど、王都トルネリカとか、他の伯爵領の人じゃなくて、私たちのパルタの都の人を選んで愛して欲しいんです」と、女店主イザベラも、この騒ぎに巻き込んでみようと考えたらしい。
これは旅人の美人さんたちが、執政官マジャールのお嫁さん候補に参入したら、絶対に勝ち目がないという意見で、住人たちの考えが一致したからだろうと学者モンテサンドは考えた。
「……というわけで、エリザ様にも協力していただけると、ありがたいのですが」
「執政官様って大変だねぇ、おつきあいする相手まで、住んでるところの人たちがみんなで決めちゃうのか?」
アルテリスが話を聞いてニヤリと笑った。
それでカルヴィーノは、旅をして伯爵領の人じゃない人を伴侶を選んだのかと思ったからである。
カルヴィーノは、別に伴侶を探すために故郷の伯爵領から出ていたわけではない。結果的にブラウエル伯爵領のシナエルが惚れて、一緒になっただけである。
カルヴィーノは貴族令嬢かどうかに父親と同じで気にしないし、こだわらない考え方をしていた。
パルタの都で生まれ育った女性たちは、小貴族ではあれ、貴族階級の身分である。
前妻のレギーネとの離婚で、マジャールは、伴侶になってもらえる女性は、むしろ平民階級の人もいいと思っている。
むしろパルタの都の住人たちのほうが、こだわりがある。
執政官様の伴侶が平民階級出身の人を選ぶと、貴族階級の自分たちを平民階級の人が統治しているような感じがして、ちょっと嫌な感じがする。
住人たちは執政官が平民階級のいわゆる庶民の人と婚姻すると、法律的には、貴族の地位ではなく庶民に降格になることをよくわかっていない。
女店主イザベラは、そのあたりの事情について、学者モンテサンドがよく説明したから、しっかりわかっている。
「マジャールさんって、エリザがお気に入りのぱっとしない感じだけど、なんかいい人って感じのおとなしい人だよな?」
エリザはアルテリスに「それはちょっと言い過ぎかもです」と言いながら、ちょっと思い出して笑ってしまった。
シン・リーはマジャールの結婚問題に、まったく興味がない。
「どんな人がマジャールさんのお嫁さん候補で集まっているんでしょう?」
ヨハンネスは、親のルーク男爵とジャクリーヌが話をすすめて、ブラウエル伯爵とはお見合い結婚した人で、ちょっと気になってエリザに聞いてみた。
「いいんじゃないですか、親のかわりに、この都の人たちが結婚相手を選んでくれて、交際して気に入ったら結婚できるんですよね」
「あたいはさ、一緒になる人は自分で選びたいけどねぇ」
「いい出会いがあるといいですけどね」
アルテリスとヨハンネスが話しているのを、ブラウエル伯爵が黙って聞いていた。
エリザは学者モンテサンドに頼まれて、花嫁候補の選評者にヨハンネスかブラウエル伯爵をアルテリスと誘いに来た。
会場にいる全員で投票して選んだら、選考役はどうして選んだのかを人前で話さなければならないらしく、エリザはちょっと断りたいと思っていて、ヨハンネスもそれを聞いて、困ったような顔でブラウエル伯爵を見た。
「エリザ様、わかりました。リーフェンシュタールも誘ってみることにします」
師匠の学者モンテサンドが選考に参加しないのなら、リーフェンシュタールも参加しないと言うので、仕方なくモンテサンドも花嫁候補オーデションの選考役として参加することになった。
エリザとヨハンネスは、選考役ではなく見物するだけでいいことになった。
選考会場として、執政官マジャールが来ない倉庫で選考会が行われることになった。
商人マルセロが倉庫管理をしているので、あまり気を使わせたくなくて、執政官マジャールは倉庫区に来ない。
見物客の中にエリザとヨハンネスがいたのは、見物客たちの選考の基準を厳しくさせる結果となった。美少女と美少年がそばにいて選考される女性たちを見たら「ああ、普通だけど、まあ雰囲気とかあるかも?」と迷いながら投票することになった。
女性の観客ばかりが集まっていて、同性に対して結構きびしくあれこれ考えて投票していた。
投票結果を商人マルセロが確認して、結果発表する学者モンテサンドに報告した。
神聖騎士団のメンバーたちは、この花嫁候補選考会に見物に行かなかった。
聖騎士ミレイユと参謀官マルティナが、学者モンテサンドに参加協力を断った。
戦乙女たちは、ちょっと興味があった。だが、ミレイユが誰かに投票して、女神ノクティスが妬いたら大事故になりかねないと、マルティナから説明され納得した。
執政官マジャールの花嫁候補選考会の選考役は、以下の通り。
・学者モンテサンド
・ブラウエル伯爵
・貴公子リーフェンシュタール
・女店主イザベラ
・獣人娘アルテリス
この五人の選考役と観客の客席の二百人の投票が行われた。
二十人の予選通過者から、最終的に五人の花嫁候補を選ぶ。
観客の投票結果は、組織票も考えられるので、まず観客が半分の十人の候補者まで選考する。
エリザとヨハンネスも一票ずつ投票する。
セレナとリアンの恋人たちは、このイベントに興味がない。
衛兵の屯所の若い青年たちは、このイベントの噂を聞いて気になっていた。だが、当日、倉庫の入口で、入場をお断りされていた。
男子禁制。これは旅人ローレンになりきっているマジャールが会場に来ても入場させずにごまかすための対策だった。
子爵ヨハンネスは、入口で男性とは思われず、エリザと姉妹と誤解されたまま会場入りしている。
この花嫁候補オーデションは、二人の候補者だけが選ばれて残るという驚きの結果となった。
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