第273話 

 王都トルネリカの貴族たちの恋愛事情が密かに変わったのと同じように、パルタの都での恋愛事情の常識が移ろってゆく騒動が、少しずつ進行している。


 魔剣ノクティスがターレン王国の王都トルネリカにあるという影響は、水脈で障気の浄化を行う法術のシステムが導入されているターレン王国に、水のつながりから女神ノクティスの夢幻の領域と女神ラーナの現実の近接化を引き起こしつつあった。


 近づきあったものを、何か関係あるのではないかと予想して認識したり意識しようとする。


 現実の生活で、あれこれすべてを自分に関係あることだ考えるのは、自意識過剰や考えすぎということになる。また、そう考えてしまうと、あれこれ気になりすぎて、とっても気疲れしてしまう。


 しかし、ジンクスという考え方もあって、ある行動をしたり、ある出来事をたまたま見かけたりするのを、何か良いこと悪いことが起きる前兆としてとらえ直す考え方もある。


 人は過去の経験から出来事の起きる流れを想像することで、危険を予測したり、うまくいった幸運を偶然ではなく、必然の出来事にしようとしてきた。


 想像と現実を結びつけようとしてきたのである。


 バイコーンの出現。現実そっくりの世界の夢が現実の世界へ侵食してじわじわと同化しようとする赤錆び銀貨の出現。


 執政官マジャールが、旅人ローレンになりきって別の人物として行動してみようとすること。


 こうした出来事は、夢幻の領域の女神ノクティスの影響力を無視して説明することができない。


 神聖教団ではナーガをあえて悪神とすることで、信者たちが崇める女神ラーナと対立する神として想像させることを利用して、信仰したのと同じように強く意識させてきた。

 しかし、女神ノクティスに関しては、神話にも登場させずに、わざと黙殺した。


 神聖教団の幹部の大神官アゼルローゼと神官長アデラは、ノクティスという女神の存在や夢幻の領域があることを把握している。

 聖騎士の試練を実施して、夢幻の領域から利用できる力を召喚しようとしていた。


 神とは人の心の在りかたを象徴したものとして語られてきた。

 善神や悪神ではない神であるノクティスの存在を想像すらさせないことで、その恩恵は善神の女神ラーナに、トラブルは悪神のナーガのものとして、神聖教団では女神ノクティスの存在を隠蔽して布教し続けてきた。


 参謀官マルティナは、聖騎士ミレイユが神聖教団では黙殺されている神ノクティスについて語るのを聞いている。

 また、ミレイユを護る魔剣ノクティスの破壊力を目撃してきた。


 夢幻の領域の女神ノクティスの存在を疑うことのほうが、逆に難しい。


 自分にとって都合の悪いことが受けいれ難いとしても、自分の目で見て、実際に証拠を集めて考えて、まぎれのない現実だと受け入れられる心が強い人間は、実はあまりいない。


 人間は滅びていく過程にあり、それが創世記として神聖教団に語られている神龍のもとへ帰っていくのか、女神ノクティスの夢幻の領域へ帰っていくのか、女神ラーナの世界と人間の繁栄は永遠のものではないという事実をマルティナは理解している。


 それは賢者マキシミリアンも同じであり、終焉しゅうえんを迎える日をたとえ一日であっても先にのばして維持し続けるには、今、何ができるかということを参謀官マルティナや賢者マキシミリアンは意識し続けている。


 現在、女神ノクティスは、聖騎士ミレイユを、愛して守護している。それが参謀官マルティナがとらえているまぎれのない真実なのである。


 神聖騎士団の隊長たちの戦乙女たちは、男性を恋愛対象として考えていない。

 参謀官マルティナも、聖騎士ミレイユがすでに女神ノクティスの花嫁であると知りながら、切ない片想いをしている。


 一番隊隊長セレーネに、二番隊から四番隊の隊長マノン、フェルリス、レヴィアは恋をしている。


「まるでセレーネには、三人の妻がいるようだ」


と聖騎士ミレイユから、銀髪の美剣士セレーネは言われている。

 

 五番隊と六番隊の隊長シロエとクロエの獣人族の双子は、姉妹で恋愛しており、とても仲良く愛し合っている。


 七番隊の隊長サルージュと八番隊の隊長カーナの褐色の肌のゴーレム使いの術者は、海賊の九番隊の隊長ルディアナに惚れている。

 海賊ルディアナは、美女のサルージュとカーナを、どちらもとても可愛がっている。


 これはきっと女神ノクティスの影響だと、聖騎士ミレイユは参謀官マルティナに語っている。


 人がなぜ恋をするのか?

 どんなふうに、またどんなきっかけで恋をするのか?

 その秘密については、女神ノクティスという存在以上に、賢者マキシミリアンや参謀官マルティナにもわからないことなのである。


 執政官マジャールの妻の座を狙う女性たち以外に、婚姻そのものに意味を感じない、私たちは婚姻なんてしない、と言い切るパルタの都育ちの小貴族令嬢セレナとリアンがいる。


 父親だと言われても、目の前の大人の男性に警戒して、子供のころに母親のうしろに隠れたことがある。セレナとリアンは、そんな人みしりな子供だった。


 そんな二人は、執政官の妻の座に興味がない。なぜなら、恋人で親友でもあるような関係の幼なじみとこっそりと交際しているからだった。


 旅人ローレン……になりきっているマジャールから、ブラウエル伯爵領のレルンブラエの街では、女性たちがルームシェアをして暮らしていると聞いて、セレナとリアンは笑顔になり目を耀かせた。


 パルタの都では、女性どうしの恋人というのは常識外な関係とされていた。

 実際は協力し合う伴侶が不在のため、女性の親友と協力し合って当番や子育てを一緒にして暮らしているので、友情以上の関係に発展していることがあった。

 だが、その関係は、その恋人たち二人だけの秘密となっていた。


 ルームシェアの話は、エリザから聞いた話の受け売りだったが、セレナとリアンにとっては、すばらしい朗報に思えた。


 



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