第271話 

 先行してパルタの都を訪れた参謀官マルティナは、執政官マジャールから、学者モンテサンドに会っておいて下さいと言われ、この都の名士なのだろうと思って快諾し、リヒター伯爵領の領事館へ赴いた。


 学者モンテサンドは、リヒター伯爵領の官使ということに建前上ではなっている。


 リヒター伯爵は、学者モンテサンドのことを配下として考えてはおらず、論客として自分と同格の立場の人のように扱った。

 息子のリーフェンシュタールの学問や知識などの師匠として、パルタの都でリヒター伯爵領の領事館に住まわせて、学者モンテサンドのことをリヒター伯爵は支援している。


 エリザから、神聖騎士団について、学者モンテサンドはすでに話を聞いていた。

 紫色の美しい瞳と背中まで癖がなく流れる黒髪。肌はとても色が白く、唇が紅く見える。

 メガネかけている人は、ターレン王国で見かけたことがない。

 見た目の特徴から、目の前にいる乙女が、神聖騎士団の参謀官マルティナだと、学者モンテサンドはすぐにわかった。


 マルティナは学者モンテサンドに、執政官マジャールにしたのと同じ説明をした。

 ゼルキス王国からの親善大使として、宮廷議会から許可され、パルタの都や他の伯爵領の視察に来たこと。しばらく滞在して、次の視察先の伯爵へ視察の許可を取りつけている期間は、パルタの都の視察を行うこと。

 すでに執政官マジャールからも許可を受けていて、後日、神聖騎士団の残りの視察団のメンバーが到着し、執政官の邸宅で滞在する予定になっていることもつけ加えて学者モンテサンドに話した。


(親善大使とは……ターレン王国からは、遠征軍を出征させて攻撃を仕掛けたというのに?)


 もうすでに王都トルネリカが陥落してしまっていて、神聖騎士団の参謀官が、パルタの都へ降伏勧告に来たのかと、学者モンテサンドが緊張して応接室のソファーに腰を下ろした。


 遠征軍の先に出発した半数の千人の志願兵たちは、辺境地帯で駐屯拠点を設営していた。

 騎士ガルドの情報によれば、先発隊は行方をくらましてしまったという。

 エリザによれば怪異に祟られて無残な姿でゼルキス王国に迫ったが、聖騎士ミレイユと将軍クリフトフによって、千人の志願兵たちは全滅したと言っていた。


 学者モンテサンドは、実際のところはどうだったのかを、参謀官マルティナに確認してみた。


(エリザ様の言っていたことは、参謀官マルティナの言っている話と一致している。戦を仕掛けられたのに、報復としてゼルキス王国から攻め込んで来ないことがありえるのだろうか?)


「わかりました。しかし、ゼルキス王国からは報復としてターレン王国へ攻め込まないのですか?」


 学者モンテサンドは、ここは腹を据えて、手のひらが汗ばむのを感じながら、参謀官マルティナに質問した。


(執政官様よりも、この都の名士のほうが、国の情勢について詳しい情報を知ろうとしているようですね)


「ゼルキス王国のレアンドロ王は辺境地帯で犠牲になった無国籍の村人たちや、辺境にいたターレン王国の兵士たちは、同じ天災である怪異に巻き込まれた犠牲者であって、敵も味方もないとおっしゃられ、犠牲者に対して追悼の意を表明されました」

「すべて水に流すと?」

「とても度量の大きな国主様であらせられますから。

辺境地帯の怪異が発生し、鎮めの儀式が完了するまでの期間は、ゼルキス王国では、エルフ族の叡知である魔法障壁によって辺境地帯で発生した毒性の強い目に見えぬ障気の流入を遮断しました。

 その分だけ、ターレン王国へと障気が流れ込むことになってしまいました。

 それに関してもレアンドロ王は影響について懸念され、神聖騎士団へ親善大使として赴き、調査を行うよう命じられました」


 エリザも、障気と学者モンテサンドに言っていたけれど、モンテサンドは術者ではないので、うまく理解できずにいる。


「障気というのは、わかりやすく伝えるために、そのように名づけているのです。人の肉体や心に影響を与え、障害を及ぼすものという意味です」

「先ほど目に見えないとおっしゃっていましたが、毒性の強いものは体に影響を与えます。しかし、心に影響を与えるとは、どのようなものなのか、そこがよくわからないのです」

「本来、肉体と心とは一つの命としてまとまっているものです。しかし、どちらか欠けてしまえば、人は自意識を長く保つことすらできません」


 参謀官マルティナは、神聖教団の神官として認可された知識を持っている。


「人の命について、神聖教団は長い歴史の中で、いろいろと考察してきました。死は肉体の心臓が停止後、血を巡らせる脈拍や呼吸も停止し、腐敗が始まることで、肉体から心が離脱し、一つにまとまっていられなくなる状態です」

「心が肉体を離脱?」

「はい。心が無い状態では、肉体は抜け殻のようなものです」


 ストラウク伯爵が、もしもこの場にいれば、ターレン王国へ流入した障気が、スヤブ湖で異形のカエル人を発生させたり、ストラウク伯爵領で若者の男性たちが勃起不全に陥ったりと、奇妙な異変を起こしたことをマルティナに報告することができたはずである。


 パルタの都は、対呪術の護りを考えられて作られている。

 大井戸の水脈は山岳信仰があるストラウク伯爵領では、女神様の乳房とも呼ばれる双子山を源流としている。

 パルタの都で呪術によるけがれが発生しても、同じ水脈のスヤブ湖へとさかのぼり速やかに移されて、鎮められることで難を逃れることができる。

 パルタの都の厄災は、ストラウク伯爵領に押しつけられてしまうともいえる。


 この対呪術対策が施されているために、ストラウク伯爵領だけは他の伯爵領のように、貴族階級と平民階級として、現地で暮らしていた人たちを身分階級を強制させることをしないままでもよいと見逃された。

 厄災を浄化するために犠牲になる人たちの暮らす土地として、利用して見捨てられた山奥の僻地である。


 シン・リーは、この水脈による不思議な護りの仕掛けを見抜いている。

 オアシスの水が浄化の聖水でもあり、クフサールの都の水路や噴水や沐浴場といった都の水の仕掛けが、大海へと穢れを速やかに移すものでもあるからだ。

 大海の穢れは、奇妙な怪異を引き起こすことがある。

 それは、東方の船乗りたちが波の上に浮遊する帆船で航海中に遭遇すれば、生き残るために祓っている。


 パルタの都の場合は、大海ではなく、海のように広いスヤブ湖を利用している。


 モルガン男爵とベルマー男爵がパルタの都で悪行三昧をしでかしているのを、呪術師シャンリーはあえて何もせずに、干渉したりはしなかった。

 パルタの都の護りや王都トルネリカの護りの力よりも、いわくつきの古戦場の跡地であるバーデルの都のほうが護りの力を崩しやすいと判断した。

 パルタの都が穢されても怪異が発生するのは、遠く離れたスヤブ湖とその周辺地域である。

 パルタの都で怪異が発生するのなら、モルガン男爵とベルマー男爵の悪行三昧で、とっくに不可解な現象や噂が流れているだろうと呪術師シャンリーは考えていた。


(ターレン王国には、マキシミリアン公爵夫妻のように、怪異に対する知識があり、対策を行うことができる人たちはいないのでしょうか?)


 参謀官マルティナは、学者モンテサンドとあれこれと語り合いながら、そう考えていた。



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