grimoire(グリモワール)編 3
第270話
エリザは、バルタの都の恋愛の裏事情にはまったく気づかない。
しかし、シン・リーは大陸南方のクフサールの都で、統治者として長く君臨してきた。
不倫の恋愛が、住人たちの中では世の中にはそういうこともあるけれど、自分には関係ないと思っている雰囲気や、伴侶と離れて暮らしていてさみしい気持ちなども察している。
アルテリスは伴侶のテスティーノ伯爵と別行動をしていて、パルタの都に来て、やたらとテスティーノ伯爵と会いたい気持ちになってしまった。
エリザと一緒にエルフの王国へ行って、リーナやレナードに会うつもりなのも変わらないし、ちゃんと護衛すると帝都のトービス男爵と約束したので、しっかり約束は守る気持ちもある。
感応力が強いアルテリスは、パルタの都の住人の気持ちを感じ取ってしまって、ちょっぴり感傷的な気持ちになった。
それを誰かにこぼしたりしないで、他人から見て態度や行動が変わらないようにできる心の強さもアルテリスにはある。
参謀官マルティナは、聖騎士ミレイユや神聖騎士団メンバーより先行してパルタの都への入都と滞在許可を取るために、執政官マジャールの邸宅を訪問している。
パルタの都には宿屋などの宿泊施設が無いと知って、マルティナはちょっと困った。
メンバー全員が一度に全員宿泊できるモルガン男爵邸のような大きな邸宅が無くても、王都ハーメルンのように宿屋があると思っていた。
(とはいえ、これだけ人が暮らしている場所の調査はしないわけにはいきません。困りましたね)
マルティナが先行して来た理由は、手続き上のことだけではなかった。
マルティナは、神聖教団から神官として認可されているだけの実力がある。
パルタの都の雰囲気には、どこか不安定なものがある。
怪異は、人の不安やどろどろとした心の負荷が強いところほど発生しやすい。
マルティナも、伴侶や父親が不在のパルタの都ならではの雰囲気を直感的に感じている。
子育てをしている母親たちは、夫が都を離れていない分だけ、子育てを一人でしなければならないと強く意識していた。
婚姻前の自分が子供の時には、父親と母親の二人と一緒に暮らして育ってきた。
どちらの親が厳しければ、厳しくないほうに甘えて、気持ちのバランスを保つことができた。
しかし、母親が一人で働きながら子育てをする状況のパルタの都では、子供を厳しくしつける役割と甘えさせる役割を、いっぺんにどちらもしなければならない矛盾が発生していた。
子供はどうしているかと言えば自分の母親はこうで、友達の家庭の母親はこうだから、ちょっと
実際のところ、家庭の事情は大差ないのだけれど。
ベルツ伯爵領のように、どの家庭の子供も自分の子供と同じ村の子供として育てる習慣は、パルタの都にはない。
旅人がまれに来るだけなので、宿屋がない村もある。
そんなときは、村の住人が客として旅人を迎えて泊まらせ、おもてなしする古い習慣がある。
パルタの都は小貴族だけが暮らす都としての法律があり、執政官マジャールが赴任するまでは施行されていたので、古いおもてなしの習慣がパルタの都にはない。
こっそり不倫の恋をしている女性たちのなかには、堕胎薬の副作用で不妊となったことを夫に隠している人もいる。
夫が不在のさみしい気持ちや隠しごとをしている後ろめたさを、不倫の恋のときめきでまぎらわしている。
後ろめたさは、夫や子供に隠しごとを増やすほど、心に負荷を一人の時間には、ずしりとのしかかってくる。
これは、結婚と恋愛は別と考えている王都トルネリカ暮らしの名門貴族たちにはない、心の負荷なのだった。
執政官マジャールは、自分の邸宅に神聖騎士団メンバーを滞在させることにした。
居住区の空き家にしばらく一人で暮らしてみようと思いついた。
エリザから旅暮らしの話を聞いて、執政官としてパルタの都からは離れられないけれど、身分を隠して、旅人のふりをしなからしばらく暮らしてみたくなった。
旅人ってなんかカッコいいとマジャールは思ってしまった。
執政官マジャールは本人が思っている以上に、パルタの都の住人たちから顔が知られている。
もし離婚しても、再婚相手が前夫よりも身分が高い貴族のマジャールなら大歓迎。
さらにパルタの都の暮らしで、執政官の妻として持ち回りの当番仕事は、気が向いた時に手伝うだけで感謝され、伴侶と離ればなれで暮らすさびしさも解決できる。
(貴方との子供ができましたと、マジャール様に、泣きながら婚姻を迫れば、もしかして、ちゃんと再婚して、私でも、玉の輿に乗れるかも!)
貴族たちが婚姻すると、身分の高い方の地位や伴侶の地位や家柄が低い方の相手にも与えられるのが、ターレン王国の貴族社会の慣例となっている。
ブラウエル伯爵領のロイドは、ジャクリーヌと婚姻して大伯爵となっている。
前任の執政官ベルマー男爵の犠牲者である堕胎薬を服用した女性たちは、とても悔しがり、ベルマー男爵を恨んだ。
美女好きなベルマー男爵から見向きもされなかった女性たちは、執政官マジャールがなぜか偽名を使って、旅人ですと言い張り、一人暮らしを始めたことに口裏を合わせることにした。
執政官マジャールだと気づかないふりをして、彼に接することにしたのである。
不倫の恋をしていて、人妻アネッサのように浮気を通り越して、本気の恋愛に走っている女性たちは、執政官マジャールがなぜそんなことをしているのか、こっそりと、女店主イザベラや学者モンテサンドに気になってしまい聞いてみた。
「恋する相手に身分で判断されたくないって思ったのかもしれないわね~、でも隠していたのがバレたあと、ちゃんと恋愛が続くかは相手しだいじゃないかしら?」
だから、知らん顔してあげてよと、女店主イザベラは、質問してきた人たちに言い添えて頼んでいた。
「女遊びをするために、偽名を使って旅人のふりをしているわけではないでしょう。
前任の執政官ベルマー男爵の評判は最低ですから、比べられるのに疲れたのかもしれませんね。
しばらく、そっとしておいてあげて下さい」
学者モンテサンドからお願いされた人たちは、モンテサンドにあれこれ世話になったり悩み事を相談して恩を感じている人たちだった。モンテサンドの顔を立てるつもりで「執政官様、こんにちは」と言いたいのを、我慢することにしたのだった。
神聖騎士団がパルタの都に滞在することで、怪異ではないが、ちょっとした騒動が起きようとしている。
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