第269話 

 小貴族の都パルタから、他の伯爵領で仕官して移住する家庭の人もいる。

 レルンブラエの街にいるヨハンネスに手紙を届けた隊長セブリアンは、妻のセルマを連れて移住した人である。


 転勤していて、しばらく十日間ほどパルタの都に戻って、一年から長いと三年ほど出向先から戻れないこともある。

 そんな伴侶と連れ添っている女性たちのなかには、潜伏中の千人の若者たちが来たことで、不倫の恋をする人妻たちもいた。


 執政官マジャールは、妻のレギーネをランベール王に奪われたと思っている。

 自分が見放されて、ランベール王にレギーネが浮気したとは考えなかった。


 人妻アネッサは、再び伴侶が王都トルネリカやバーデルの都へ出向してしまい、パルタの都で一人ぼっちの生活になると、当番の仕事がない休日に、家で自炊をしていて、ため息をこぼしていた。


 夫のマリウスが、王都トルネリカの宮廷官僚なのは自慢ではあるけれど、一人ぼっちの生活に慣れきれない。

 マリウスと婚姻してバーデルの都から、パルタの都で暮らし始めて五年になる。

 他の住人たちも家庭の事情は変わらないのもわかっている。

 子供がいたら気もまぎれるのかとも思ってしまう。

 マリウスが帰ってきている間は上機嫌で、甘えて仲良く過ごした楽しい日々が終わると、気が抜けて何もする気が起きない。


 パルタの住人の女性たちは、同じ当番仕事で話す機会がある住人たちと、年齢が近かったり、話してみて似たような家庭環境だとわかると親しくなる。


 知り合い以上、親友未満という関係。

 アネッサの伴侶が王都トルネリカの宮廷官僚と知ると、うらやましがる人がほとんどで、気がつくと、彼女の取り巻きのような人間関係ができていた。


 バーデルの都のようにいろいろな物が市場で集まっているわけでもなく、バーデルの都育ちのアネッサからするとパルタの都の暮らしは雰囲気や住人たちまで、地味に感じる。


 取り巻きのグループをつくる住人たちは、子供ができると、アネッサの取り巻きから離れていく。

 似た家庭環境の住人たちの取り巻きのグループの人たちと親しくなるようになる。


 それには始めのうちは少し傷ついて戸惑ったが、取り巻きの住人たちは親友ではないとわかってくると心を痛めることは少なくなっていった。

 でも、気分が落ち込み気味な時には、そんな住人たちの人づきあいが面倒めんどうに思えてしまう。


 執政官マジャールは、パルタの都の小貴族の住人たちを、王都トルネリカの貴族の住人たちより善良で、品行方正ひんこうほうせいな住人たちと思っている。


 見栄の張り合いや別の派閥の貴族を嫌い合うこともないと思っている。


 執政官マジャールは、人づきあいで取り巻きのグループができていることのトラブルの悩みを、未婚で伴侶からそうした愚痴を聞いたことがないので、想像できていない。


 遠征軍の逃亡兵の若者たちは、それぞれ故郷は異なっている。しかし、それで派閥分かれを起こしたりはしなかった。

 個人的に自分と比較して、あいつは自分より立場が上か下かを考える。

 けれど、同じ一つのグループとしての連帯感ができていた。


 パルタの住人たちと交際をしている潜伏中の若者たちは、全体の二割ほどの人数であり、半分もいない。

 同じ年齢かそれに近い年齢の住人と交際中の若者たちと不倫している人妻たちと交際中の若者たちが、二百人ほどいる状況である。


 婚姻している人妻アネッサは、婚姻前の娘に戻ったような気分で潜伏中の逃亡兵のアーロンとキスをした。


 パン作りと配布の当番仕事は忙しい。早朝からの仕事で、生地を大量にねて作るのも、長い棒の先についた板に生地を張りつけて火に近づけて焼くのだが、その道具もちょっと重い。

 パンを決まった量だけ作り終えて配給を終えるとくたくたになってしまう。

 役得でパン担当になると、必ずパンがもらえるので、しんどいけれど人気がある当番仕事である。


 アーロンは手伝いで大かまどの火を燃やし続け火力を維持する役割をしていた。

 火のそばで暑いので大変な役割で、風を送り薪をくべるのだけれど、パルタの住人の女性たちではあまり強い火力の炎を疲れて維持できないのと、火傷やけどが怖いので大量のパンを焼くのに時間がかかってしまう。


 アネッサが、パン生地を道具に張りつけて焼いていた。

 これをすると、生地捏ねや配布の役割はしなくてもいい。

 しかし、それなりに疲れる。


「疲れてますよね、火はしばらくもつので休んで。ほら、水もどうぞ。大丈夫ですか?」


 自分も喉が渇くのに、アーロンは自分の水筒をアネッサに飲むように言って、はにかんだ笑顔で手渡し、焼きの役割を手伝ってくれたのだった。

 夫のマリウスが出向してしまい気力があまりわかないまま、パン担当の日になったが、その日は捏ね役の抽選から外れてしまい、焼き担当が当たった日だった。


 それから、人妻アネッサはアーロンを意識するようになって、他の当番仕事でも休憩中や作業の途中で話すようになった。

 取り巻きの人づきあいから、アネッサは離れた。


 アーロンの休日に、昼間、家に招いて、アーロンとの初めてキスをした時、とても興奮した。

 婚姻しているのに伴侶以外の人と恋をして交際する人がいるという噂は聞いたことがあったが、人妻アネッサは自分がまさかそういうことをしてしまうとは思ってなかった。


 アーロンは出征前にも恋人はいなかったので、自分で性欲処理をする以外を知らなかった青年だった。夫のマリウスはあまり子供を欲しがる人ではなく、そうしたことに淡白な人だった。

 青年アーロンは鍛えられていて体力がある。アーロンは筋肉があまりごつごつとついて体が大きいわけではない。それも人妻アネッサは気に入った。

 見た目が体が大きくごつい筋肉がついた青年もいる。

 アネッサにとっては、威圧感があって、なんとなく怖い感じがする。

 夫のマリウスの背丈はアネッサより少し低い。

 青年アーロンはアネッサより少し背丈がある。

 アネッサが甘えると、アーロンは情熱的に何度もキスをして、アネッサの体をぎゅっと力強く抱きしめてがんばってくれた。


「体を鍛える訓練が、こんなふうに役に立つとは思わなかった」


 青年アーロンはベッドで仰向けに寝そべり、アネッサが身を寄せているとき、そんなことを言っていた。


 小貴族の地位や生活を夫のマリウスと別れて捨てる気はないし、どちらかを選ぶ気も人妻アネッサにはないが、優しい恋人アーロンとの逢瀬おうせの時間は、とても幸せな気持ちだった。


「ねぇ、アーロン、私は人妻だけど、私のことが好き?」

「うん、大好きだよ」

「……なんか、ごめんね」

「どうして謝るの、人妻のアネッサさんを好きになった俺のほうが悪いのに」


 そう話したあと、二人はまた見つめあってキスをした。


 もし子供を産むなら、アーロンに似た男の子が欲しいと、人妻アネッサは思った。



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