第268話 

 パルタの都の夜は、帝都やゼルキス王国の王都ハーメルンに比べてしまうと、暗くて寂しいとエリザは感じてしまう。


 居住区のあたりの家や、伯爵領の官邸は明かりが窓からこぼれているけれど、昼間には人が集まっている大井戸も夜は人もまばら、月明かりに照らされている。

 倉庫区は真っ暗で建物も闇に溶け込んでいる。


 東門から西門への真っ直ぐ大通りがあり、真ん中に大井戸の広場がある。

 イザベラの酒場は、西側の大通り沿いにある。

 

 アルテリスに連れられて、エリザたちは、酒場で夜食を済ませてから、大通りを歩いて、途中の路地から官邸の集まっている地区へ薄暗い路地を歩いて帰る。


「リーフェンシュタールが大井戸のところで竪琴を弾いたら、聴きにくる人たちが結構いるんじゃない?」


 アルテリスは、そう言いながら歩いている。

 薄暗くても獣人娘アルテリスやシン・リーは夜目がきく。


「パルタの都は、レルンブラエの街よりも、夜には人があまり出歩いていないですね」

「夜に酒場しか店を開けてないからかもしれないな」


 ヨハンネスとブラウエル伯爵はそう話していた。

 昼間は大通り沿いに道具屋やパン屋、服や道具を売る雑貨屋などが都の住人たちが開いている。

 早朝の倉庫区では、野菜などの食糧の配給が行われている。

 夜になるとイザベラの酒場に来る人たち以外、出歩いていない。


 帝都には、光る月の雫の花があり、ゼルキス王国の王都ハーメルンには葉が光る街路樹がある。


 パルタの都は、夜になると全体的に薄暗いだけでなく、静けさに包まれている。

 日が暮れて門番の若者たちが大門を閉ざしてしまうと、高めの壁に囲まれているせいか、アルテリスは、都の中へ閉じこもっているような気分になる。


 学者モンテサンドの考案した燈明とうみょうが、パルタの都の住人たちに使われている。油に芯の一部を浸して火を点す。

 イザベラの酒場では、テーブルごとに、一つずつ燈明が置かれている。

 

 リヒター伯爵領とベルツ伯爵領では、蜂蜜の蜜蝋燭の燭台が使われている。

 ブラウエル伯爵領とロンダール伯爵領では樹液を集めて作られた蝋燭が使われている。

 

 リヒター伯爵領とベルツ伯爵領は、今は別れているけれど、もともとは一つの地域で、ロンダール伯爵領とブラウエル伯爵領はもともとは一つだったのではないかと使われている道具からもわかる。


 帝都の王宮には、商工ギルド考案の魔石のランプがある。蝋燭や燈明よりもかなり明るい。


 ダンジョン探索をする時に、内部の通路や部屋が暗いダンジョンがある。

 ニアキス丘陵のマキシミリアン公爵やモンスター娘たちのいる隠しダンジョンの通路や部屋は、ダンジョンがまぶしくないぐらいに光っているので明るい。


 夜の闇の暗さ。

 鬱蒼うっそうとした深い森の光が遮られた薄暗さ。

 人は暗さを怖れる。しかし、安心できれば、快適に眠ることができる。


 月明かりと焚き火しかなかった時代には、夜の闇や暗さは生活するには不便なものだった。

 だから、閉じこもり安全を確保して疲労を癒すために眠る。

 

 遥かに遠い過去の集団生活していなかった時代があり、文明や便利な道具が発達する以前の生き方の習性がそのまま引き継がれている部分と、そのあとの時代で習慣が変化していることもある。


 人が無防備になる時は四つの状況がある。

 負傷や老衰や病などで身動きできない状況。

 驚きや恐怖や混乱で思考が停止している状況。

 深い眠りについている状況。

 淫らな行為にふけっている状況。


 安全を確保して安心する必要があるので、単独行動から集団行動するように生活の方法を変えていった。


 夜に出歩かないことについてエリザたちは話しながら、パルタの都の薄暗い路地を歩いている。


 単独行動していた人たちは、体を癒すために閉じこもり、また囲まれていて思考が停止していても落ち着きが取り戻せるように、暗がりでも手の届く狭さの場所を夜には必要とした。

 淫らな行為に耽る状況は、他の休養の時間のほうが長く、思考が停止している絶頂の時間は、オスは短い。

 魔獣に補食される危険がある状況でも、快感を求める習性から、本能で淫らな行為に耽っている状況になる時は明るい光の下で周囲の危険を察知できる昼間に見晴らしの良い場所で行われていた。

 他の人たちがそうした行為をしている場所は、安全な場所と判断して集まることもあった。

 淫らな行為への恥らいというのは単独行動で生活していた時にはなかった感情といえる。しかし身の安全を確保するために、仲間意識を持つ人を相手に選ぶようになっていく。


 魔獣の時代が終わり、集団行動の作物の栽培や採取して暮らしが始まると、淫らな行為のあとにすぐに警戒する必要が無くなっていき、心を許した安全な相手と一緒に眠るようになる。

 また、警戒するのは魔獣ではなく人間になったので、淫らな行為も他の無防備になる状況で行われるようになった。


 生活の習慣は、考え方が変われば本能的な習性は大昔から変わらなくても習慣は変わる。


 パルタの都の人たちが、あまり夜に出歩かない習慣になったのには理由があった。


 前任の執政官ベルマー男爵は夜に、倉庫区や自分の邸宅に目をつけて脅したり口説いた女性たちを呼び出していた。


 夜に出歩くと執政官ベルマー男爵と何か取引していると噂になるのを怖れて、出歩かないようになってしまった。


 情事も昼間に行われる習慣になった。どうしてそうしているのかあまり深く理由を、住人たちは考えていないけれど。


 踊り子アルバータがエリザたちが訪れる前に短期間ではあれ、踊りを披露していた。

 薄暗い店内を扇情的な衣装で踊りながら歩くアルバータ。

 彼女の舞踏は鎮めの儀式の踊りで、他の舞踏を知らない。

 夜に出歩くことに警戒心があった人たちに対して、アルバータは情報を集めるためにどうしたら酒場に人が来るようにできるか考えて、パルタの都の大通りで満月の月明かりの下、一人で華麗に踊った。


 シン・リーが看破したようにパルタの都は、古い強い護りの力が維持されているところである。

 アルバータの舞踏とはとても相性が良い。

 効果は抜群で、たまに仕事帰りに酒好きの人が来ているだけのような寂れた状況は改善された。

 帝都の情報屋リーサの大酒場ほどの大盛況ではないけれど、それなりに客が集まるようになった。


 女店主イザベラの酒場は落ち着いた雰囲気で、エリザは喧騒があまり好きではないのだが、快適に食事ができるぐらいの客の入りなのだった。

 昼間に出歩くと目立つ美男美女のエリザたちだが、薄暗い店内は落ち着いて食事をするのには役立っていた。


 他の伯爵領から潜伏中の若者たちは、厳しい訓練で夜はぐっすりで、都の雑用の翌日はまた訓練に備え屯所の宿舎に帰るのため、夜に出歩くのをひかえている。

 昼間に雑用している休憩の時間に、都の住人の女性たちと雑談をして親しくなる。

 夜に酒場に来るのは、寝つけない夜に一杯飲みに来るぐらいで、女性を口説く元気はない。

 ブラウエル伯爵がいると気づいた若者たちは、厳しい訓練を思い出してそそくさと退店する。


 美女のアルテリスや可愛い美少女のエリザ、美少年のヨハンネスを美少女と見間違えて気になっているが、同伴しているブラウエル伯爵や貴公子リーフェンシュタールがどちらも美形で近づきにくい雰囲気で、声をかけられることもない。

 ほろ酔いのパルタの都の住人の女性たちも、美形の二人が気になっても、同伴している三人と自分を比べてしまい声をかけてくることはなかった。


 カルヴィーノの伴侶のシナエルのように人みしりしない性格や、世話好きの性格の女店主イザベラでなければ、エリザたちに気軽に声をかけてくることがない。


 夜、白い梟のホーは、エリザたちの幌馬車の上で、バイコーンのクロと赤毛の牝馬のそばにいて鳴いているのだった。



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