第267話

 学者モンテサンドは堕胎薬については力不足の不本意な結果として、ひどく後悔している。

 ベルマー男爵の破廉恥な行為の後始末と、被害者たちのベルマーの子供を産むぐらいなら死んだほうがましという願いに対処する堕胎薬を作った。

 それは仕方がなかったとは吹っ切れずに、今もまだ悩んでいる。


 副作用の鎮静化が進み、堕胎薬を使用した人たちの治療の秘密の行為も行われなくなった。


 酒場の女店主イザベラも、治療の協力者の斡旋あっせんを、今は行っておらず、いかがわしい噂はデマだったというところに落ち着いてきている。


 秘密の空き家の噂が、デマではなかったことを知っている者はいる。急に欲望のはけ口が無くなって残念がる者もいたけれど、異性に堂々と自慢できる話ではなく、また恋人がいないのを、自分から言いふらすようなものなので口をつぐんだ。


 しっかり悲しい裏事情まで打ち明けられて理解しているのはモンテサンドたちや被害者以外では、ややこしい恋に悩める青年アッシュぐらいだろう。


 執政官ベルマー男爵は、騎士ガルドたちの潜伏を許さなかったので、処刑されたのだと、執政官マジャールは思い込んでいる。


 それは誤解で、被害者の女性たちに恨まれていたベルマー男爵を騎士ガルドが学者モンテサンドから事情を聞いて、粛清したというのが事実である。


 執政官マジャールの誤解を解いて潔白を証明しますと言う生真面目な性格な学者モンテサンドに、騎士ガルドは「誤解させておいたほうがマジャールが怖がるから都合がいい」と笑っていた。


 執政官マジャールは、パルタの都の住人は、王都トルネリカの貴族よりも善良な人たちだと思って暮らしている。


 他人を恨んだり憎んだりするのは、王都トルネリカの貴族やパルタの小貴族でも同じである。

 だが、執政官マジャール自身が他人をひどく憎んだり恨んだりするのが苦手な性格――何かあれば自分が悪かったのではないかと考えて、騎士ガルドからは小心者、学者モンテサンドからは気が優しすきる世間知らずなので、よく無事に王都トルネリカで官僚務めができていたものだと二人からは思われている。


 女店主イザベラからすると、執政官マジャールは頼りないと思われてしまったり、恋愛対象外の優しい人ぐらい止まりに見られがちで、まして執政官嫌いな女性が多いパルタの都では、なかなかよいお相手が見つからないと、世話焼きなので心配している。


 旅人の占い師というめずらしい職業のエリザはおとなしい平民階級の美少女だと、女店主イザベラが考えていた。

 執政官マジャールがエリザと婚姻したら、マジャールが平民階級に降格になると学者モンテサンドから女店主イザベラは教えられ、とても残念がっていた。


 平民階級の美人や美少女に惚れる貴族たちは、婚姻はしないが愛人になってくれないかと、あれこれ条件を出して説得するものである。

 降格したら、貴族は官僚の立場や統治者の地位を手放すことになるからだ。

 王だけが、どの階級の人であれ寵妃として後宮へ迎えても降格しない。後宮の寵妃は貴族と同格に扱われる。


 テスティーノ伯爵やストラウク伯爵は伯爵の自治権を行使して、伯爵の伴侶に限り、伯爵婦人として貴族の子爵と同じ後継者か、後継者の後見人とするという法律を施行している。

 だから、テスティーノ伯爵は、カルヴィーノとマリカの兄妹を産んだ母親は、ストラウク伯爵領のアカネという村娘だったし、再婚相手に獣人娘のアルテリスという野生的な美人を迎えることができた。また、ストラウク伯爵が村娘として暮らすマリカを伴侶に迎えられたのも、身分で婚姻するわけではないという強い信念と、たとえ王都トルネリカの貴族官僚から降格平民伯爵と思われていても知ったことかという気概が、この二人の伯爵にはある。

 

 執政官は王の直轄領を任されている貴族官僚であり、伯爵の地位の者のような自治権はない。


 執政官マジャールが、ランベール王の廃位の連判状に直筆で記名したのは、平民階級と貴族が婚姻しても降格されない法改正をこの改革で行えないかと考えたからであった。

 王から叛意はんいありと疑われるかもしれないと怯え、以前の執政官マジャールなら考えて、国王廃位の連判状に名をつらねることはなかっただろう。

 しかし、平民階級の美人の踊り子アルバータ、その後、美少女の占い師エリザにも心を奪われ、マジャールにしてはかなり情熱的になっている。


 貴族も平民も平等の階級である体制を学者モンテサンドは思い描いていて、結果として貴族は降格したのと同じ、血筋も生まれた地域も関係なく、統治者を各地で決めるという体制では、どれだけ人から慕われる生き方をしてきたと人々から信じられる存在かで、統治者の地位が与えられる。

 それはエリザが、エルフェン帝国で聖女様で宰相――エルフ族の女王の権威の代行者として、帝都の人々から選出された統治者という事実を、学者モンテサンドが知ったからであった。


 学者モンテサンドは、執政官マジャールをだましたわけではない。平民階級の人と貴族が婚姻しやすくなる方法はありますと執政官マジャールに伝え、マジャールが貴族階級と平民階級の法律上の格差を撤廃する考え方だと想像できなかっただけである。


 それは特権階級だからというおごりが、平民階級を見下すプライドになっている貴族には、絶望といえる改革の発想だろう。


 執政官マジャールは、貴族官僚として生まれ育てられてきた。

 それは、他の貴族官僚たちと比較され評価され続けることの連続だった。

 パルタの都の執政官となり、王都トルネリカの宮廷議会の官僚として比較され続けるのは、前任者の執政官ベルマー男爵だけになったのと、法務官レギーネがパルタの都は王都トルネリカの盾としか考えなくなったので、ほぼ放置されている状況にあるため、執政官マジャールはずいぶん気楽になりつつあった。

 

 民衆に選任されなければ、執政官の職を失う貴族には厳しい体制作りに協力していることに、執政官マジャールは気づいていない。それはマジャールが、恋愛に夢中なせいではないはず。


 法務官レギーネがパルタの都をほぼ放置している理由。

 ヴァンピールは、個人的には吸血できれば食糧を確保する必要はない。パルタの都の食糧は、飼い慣らしておく民衆の餌ぐらいに考えている。


 マジャールがエリザと並んで歩いているだけで、パルタの都には恋の噂が立つ。

 それはマジャールの伴侶になっても良いわと気にかけている女性たちが、本人が気づいていないだけで、女店主イザベラの予想よりも、実際はかなり多い。


 見た目が美形の人たちや裕福そうな人たちは憧れられ、恋の相手には素敵な人だわと、うっとりとされる。

 だが、一緒に暮らす相手としては、遠慮されがちである。


 もし、マジャールが執政官という高い地位の貴族ではなく、平民階級の村人だったら、平凡でぱっとしないとレギーネからはマジャールは嫌われたけれど、逆に親しみやすいとか、なんとなく誠実そうねと、周囲の愛される人柄と容姿なのである。



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