第203話

 ターレン王国は伯爵領では、ある程度の自治権が認められているため、伯爵領ごとに、小さな国ができているような状況に近い。


 その結果、恋愛の考え方に、長い時間をかけてそれぞれの地域性ができてしまっている。


 エリザは、ロンダール伯爵領、ブラウエル伯爵領、ベルツ伯爵領、そしてリヒター伯爵領の地域を旅して、街や村で暮らす人たちと親しく関わる機会を得た。


 ゲームに登場した他の伯爵領や直轄領のバーデルの都とパルタの都についても、エリザはゲームの攻略で知った情報がある。


 リヒター伯爵領についてのゲーム攻略の情報は、リヒター伯爵暗殺未遂事件と、貴公子リーフェンシュタールの恋愛と預言者ヘレーネとの婚姻という怪異と厄払いのエピソードの内容しかエリザは把握していない。


 エリザというゲームの登場人物の心の中に、とある二十歳にして失業中の女性ゲームプレイヤーの意識と記憶があるという状況となっている。


 現在はトレスタの街というところの郊外にあるリヒター伯爵という人物の邸宅に、エリザが招待されている。


 これから、エリザが占い師に変装して、リヒター伯爵領の村人たちが暮らす地域で、占いをしながら、村人たちの悩みを聞いてまわることになっている。


 ファンタジーの異世界なのに、モンスター討伐や、ダンジョン探索とか、領土争いの戦はないのか?


 そんなふうに、この聖戦シャングリ・ラのゲームの世界を舞台とした物語に定番の展開を期待している人たちには、それはもう懐かしい過去の時代の物語だと伝えなければならない。


 吟遊詩人は、いろいろな人物たちの恋愛の叙事詩を伝えながら諸国を渡り歩いている。


 吟遊詩人は自ら楽器を演奏して歌声を披露する歌い手でもある。


 しかし、吟遊詩人と出会った人たちは、吟遊詩人がどんな容姿や声であったのか、また性別や見た目の年齢だったのか、それどころか吟遊詩人に自分が会ったことや聞いたことすら、夢のように忘れてしまう。


 ただし、吟遊詩人の存在は忘れてしまっても、聞いたことで心の中に残った感情や考えたことを断片的に思い出すことがある。


 吟遊詩人――漂泊する隠者。

 忘却されてしまう運命にありながら、自分自身だけは忘れられない思い出を抱えながら流浪の旅を続ける者。


 エリザは、薄い占い木札に彫り込まれた絵柄が、流浪の旅人の終わりなき旅についての物語となっていることを、預言者ヘレーネから教えられた。


 ある旅人が、世界そのものになるまでの物語であり、旅の途中で出会った人物や出来事、老いや死すらも木札の絵柄になっていて、さらにその先に月、星、太陽などの木札の絵柄があり、最後に青空の中の風になったような世界という絵柄のあと、最初の木札の絵柄である旅人になる。


「この占いの木札は、転生ということがあると教えてくれるもの。転生し続ける限り、運命の物語は永遠に続くものなのです」


 だから、どんな状況でも、それは過程に過ぎないことを占いながら相手に伝えることを忘れずにいることが占いのコツだと、預言者ヘレーネはエリザに教えた。


「私たちは、きっとこの占いの旅人のようなものなのです」


 人生は幸福なものと決めつけていれば、ときどき出会う不幸は耐え難いもの、こうなると次々に降りかかる不幸をなげき続けるばかりになるだろう。

 ところが、長い永遠に続く旅の過程にすぎないと考えると、たまに幸せと感じる時が、ちょっと特別なご褒美ほうびと感じるかもしれない。


 エリザは、人生にはいいことや楽しいことがたくさんあって、そうでなかったら人は生まれてくる意味がないと思っている。


 エリザは占いよりも預言者ヘレーネに会ったら質問してみたいことがあった。

 今、エリザはリヒター伯爵の書斎で、ヘレーネと二人っきりで占いの方法を教わっている。


「何でしょう、私でよろしければ答えますよ」

「どうして、ヘレーネさんは結婚相手にリーフェンシュタールさんを選んだのですか?」


 預言者ヘレーネが前世のリィーレリアだった時は、獣人娘アルテリスに惚れていて一緒に旅をしていたことをエリザは知っている。


 しかし、獣人族は同性愛の習慣はない種族なのである。


「リーフェンシュタールさんが前世では女性で、前世の記憶がある人なことを知っています。でも、男性ですよね。

 それは、ヘレーネさんが世界の未来を予知して、子孫を残しておくために結婚したということですか?」


 すると、預言者ヘレーネは、にっこりと笑ってこう答えた。


「エリザ様、私が結婚した理由はすごく単純ですよ。リーフェンシュタールの心や見た目も美しく、私が好きになったからです」

「えっ、外見の好みですか?」

「話してみて不快な人や、なぜか理由はわからないけれど嫌なところがある人はいませんか?」

「まあ、そうなんですけど」

「あと、声ですか。リーフェンシュタールの声はなかなか素敵なのですよ」

「あの、性別に関してはこだわりはなかったのですか?」


 エリザは預言者ヘレーネに、大樹海で暮らすエルフ族は、男性の姿のエルフはとっくに絶滅していて、女性の姿のエルフたちが仲良く恋をして暮らしていることを教えてみた。


「リーフェンシュタールの性別がどちらでも、美しいですから、私はこだわりはありませんでした。リーフェンシュタールは、とても悩んでいましたから、かわいそうでしたね」


 前世に恋人だった相手が、前世にそっくりの容姿で、前世の記憶を失っているが、リーフェンシュタールのそばにいた。

 リーフェンシュタールは前世の恋心を思い出してとても悩み、前世の容姿とそっくりの親友カルヴィーノに対して、どうしたらいいかわからなくなってしまった。


 その悩みの相談を聞いて、心に寄り添ったのが、預言者ヘレーネなのだった。


「ヘレーネさん、リーフェンシュタールさんが、カルヴィーノさんを選んでしまわないか不安じゃなかったですか?」


 エリザは少し小声で、預言者ヘレーネに質問した。


「リーフェンシュタールは押しに弱い人でしたから、こちらから告白して、唇を奪ったら嫌がらなかったので」


 エリザはアルテリスが預言者ヘレーネのことを性悪女と呼んでいたのを、ハッとこの時、ヘレーネの微笑を見ながら思い出したのだった。


「ふふっ、優しいエリザ様もお気をつけあそばせ。強気で大胆な相手に迫られて、体を許してしまったことで、心が奪われてしまうこともあるものですよ」


 ヘレーネが手をのばし、エリザの頬にすっとしなやかな指先でふれてそう言った。




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