第204話

 誓いの丘では、貴公子リーフェンシュタールが怪馬黒旋風を誘き出すおとりとして野営を続けている。


 預言者ヘレーネは罠黒旋風以外の野生馬が誓いの丘に近づけないように、リーフェンシュタールに丘の周囲を、呪印を描いた手のひらほどの大きさの丸い石で囲ませた。リヒター伯爵領で結界の法術を仕掛けて、最も効果的な場所が誓いの丘だった。


 野生馬は警戒心が強い。

 それは黒旋風の率いる群れが、誇り高き赤い毛並みの牝馬と、子馬を連れた母馬たちの群れであることも関係している。


 星空の下、リーフェンシュタールが背中をあずけている丘の一本の樹の枝には、白い梟のホーが周囲を見渡している。


 アルテリスとヘレーネは、自分たちより先に、白い梟のホーをリーフェンシュタールの元へ、仕掛けた結界に用いたのと同じ石を覚えさせて飛ばしておいた。

 

「アルテリス到着、満月の夜に合流」

 ホーは、ヘレーネからの小さな伝言の手紙をリーフェンシュタールに届けた。


 まだ満月の夜までは、しばらく日数がある。

 トレスタの街から野菜を積み込んだゴーレム馬の荷馬車で、アルテリスとヘレーネは誓いの丘へ、バイコーンが出現しやすい満月の夜に向かう予定である。

 普通の馬であれば、野生馬の群れと遭遇すれば、その場で立ち止まり、荷馬車をくことができなくなる。

 しかし、トービス男爵の自慢の二頭のゴーレム馬なら、アルテリスが誓いの丘まで野生馬が道をふさいでも、突っ切らせることも可能である。


 ヘレーネが誓いの丘の結界内へ侵入してきた黒旋風を、丘の周囲から出られないようにする。

 アルテリスとヘレーネが乗ってきたゴーレム馬の荷馬車で、リーフェンシュタールは、白い梟のホーとトレスタの街へ戻る。


 野生馬の群れは、黒旋風のいる誓いの丘のそばからは離れないとヘレーネは予想した。

 

 これは予想外なことに、リーフェンシュタールの荷馬車の前を遮って、赤い毛並みの牝馬が立ちふさがることになる。


「アルテリス、バイコーンを殴り飛ばして!」

「ははっ、嫌だね!」


 バイコーンに遭遇したら、快男児カルヴィーノには、祟りがあると困るといけないから斬り殺してはいけないと言ったヘレーネが、アルテリスには容赦なく殴り飛ばすように言った。


 トレスタの街へ逃げ込むはずのリーフェンシュタールの荷馬車が途中で停車させられている。

 白い梟のホーの気配を感じて、位置を把握しているヘレーネにはそれがわかった。


 リーフェンシュタールは、傷痕だらけの誇り高い牝馬と剣を抜いて戦うこともできた。

 しかし、白い梟のホーが、リーフェンシュタールが剣を抜こうとすると、まるで妨害するように飛び回る。


(なるほど、そういうことか!)


 傷痕だらけの赤い毛並みの牝馬や黒旋風からは離れたあたりの草地に、月明かりに照らされた母馬と子馬たちを、リーフェンシュタールは遠目ながら確認できた。


 仲間の母馬や子馬を赤い毛並みの牝馬は、リーフェンシュタールが挑んできたら、自分は犠牲になってでも、黒旋風と群れの母馬や子馬を逃がすつもりらしいことを感じた。


「ホー、あの血走った目をしてにらみつけているやつに、こっちからは手を出さないと伝えられるか……ふふっ、私は何を梟に言っているんだ。

とにかく、私はもう剣を抜かぬから、じゃまだけはしないでくれたまえよ」


 リーフェンシュタールはゴーレム馬をトレスタの街でもなく、野生馬の群れでもない方向へ、急いでゴーレム馬の鼻先を向けて荷馬車の車輪が外れそうな勢いで発進させた。


(アルテリスとヘレーネがうまくやるまで、こちらは、怒った赤馬と限界まで追いかけっこだな!)


 ヘレーネは丘の樹の幹に手をふれて法術を強めながら、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 術が破られて、黒旋風の俊足でリーフェンシュタールの荷馬車に追いつかれたら、神隠しでリーフェンシュタールもろとも逃げられてしまう可能性が高い。


 しかし、アルテリスは緊張している預言者ヘレーネの指示を無視して、楽しげに笑いながらバイコーンとの勝負に出た。


(黒旋風を丘の周囲から逃がさないように、術をかけ続けるほうの身にもなってほしいですわ。まったく!)


 満月の下で、背中に飛び乗り二本角をつかんで振り落とされないようにするアルテリスと、暴れて振り落そうとする黒旋風の根性比べの勝負は、朝日が昇る時刻まで続いた。


 朝焼けの美しい誓いの丘で、バイコーンに騎乗したアルテリスがヘレーネを見下ろしてニッと野性味のある爽やかな笑みを見せた。


 傷痕だらけで誇り高い牝馬は、アルテリスの騎乗した黒旋風と並んでパルタの都まで、群れを率いて、エリザの幌馬車について来ることになる。


 そのため、リヒター伯爵領からパルタの都までの旅では、トービス男爵自慢のゴーレム馬の幌馬車の馭者は、貴公子リーフェンシュタールであった。


 この満月の夜のアルテリスのロデオ勝負と、リーフェンシュタールと赤馬の追いかけっこの話をあとから聞いて、エリザはちょっと見てみたかったと思った。


「あたいも必死だったんだぞ。エリザがあの夜にいたら、危ないからクロを思いっきりぶん殴っちゃってたけどね!」


 バイコーンの黒旋風は、アルテリスからはクロと呼ばれている。

 クロをテスティーノ伯爵に見せびらかすつもりらしい。



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