第201話

「わらわはシン・リー、大陸南方の守護者である。ゆえあって獣の姿のまま、この場にて物申す非礼を許されよ」


 シン・リーが、リヒター伯爵の方を向いて座って言った。

 リヒター伯爵が驚き、シン・リーを見つめたあと、ヘレーネの顔を見た。


「伯爵様、シン・リーはエルフェン帝国の大陸南方の統治する者でございます。宰相の聖女様の旅にアルテリスと同様、同行いたしている次第でございます」


 リヒター伯爵は驚いている。

 だが、大食堂の大扉のそばに控えているメイドのエマ、快男児カルヴィーノやシナエルは、驚いていない。

 エリザたちが書斎で会談しているうちに、シン・リーと預言者ヘレーネが話し合っているのを、すでに目撃していたからだ。


「大陸の南方とは、遥か昔にヘレーネが、別の者として生きていた地であったな」

「そうでございます、伯爵様」


 息子のリーフェンシュタールとヘレーネから、不思議な生まれ変わりについての話を二人の婚姻前に、リヒター伯爵は聞いている。


「前世の私が亡くなったのちに、火の神殿を継いだのが、このシン・リーでございます」


 リヒター伯爵は、ものすごい長生きな猫神様だと思い、椅子から立ち上がると、敬意を示すためにシン・リーに一礼した。


「リヒター殿、そんなにかしこまることはない。わらわは伯爵と身分としては変わらぬ。エルフェン帝国の封土を任されておるにすぎぬのだから。

 リィーレリア様の生まれ変わりであるヘレーネ様が、再び大陸の南方の統治者として戻られるならば、わらわは身分を返上する所存ゆえ、ヘレーネ様と同様にシン・リーとお呼び下され。

 リヒター殿、もし身分を気になされるなら、エリザ様はエルフェン帝国の宰相にして、また神聖教団の信者からは聖女様と拝礼される高貴なる姫君にあらせられる。

 ふふふ、聖女様に占い師の真似事などさせたと神聖教団の信者たちが知れば、神聖教団の沽券こけんに関わると騒ぎになるやも知れぬ」

「リヒター伯爵、私はシン・リーさんと呼んでいますし、シンリーさんも、私のことをエリザと呼んでくれております。

 帝都の王宮であれば、格式を重んじた礼儀作法に従う必要もあるかもしれませんが、若輩者の私をリヒター伯爵もエリザとお呼び下さい」

「では、私はエリザ様と忌憚きたんなく呼ばせていただくことに致しましょう」


 こうしたリヒター伯爵とシン・リー、そしてエリザのやり取りがあってから、シン・リーが思うところを注目されていても、はっきりと全員の前で述べた。


「衣食住を贅沢なほどではないにせよ、生きてゆくのに大きな不安がない状況であれば、人は増えてゆくもの。

 しかし、それは、ある一定の人数のところまでの話で、それを過ぎれば立場の上下のような関係をはっきりとさせ始め、強者と弱者に分かれてゆき、全体としての人数は減少していくものなのじゃ」


 それはシン・リーが、この場の誰よりも長く生きてきた経験からの考えであった。


「わらわの統治するクフサールの都の周辺は、熱砂が広がっておる地で人が生きてゆくのに快適な地域は限られておる。

 信仰の力が無い状況であれば、人は強者が快適な地域に集まり、争いを避ける弱者が不快に感じる地域に逃げて散らばる。

 快適な地域でも、最も水や食糧が安全に確保できて、安心して出産できるところでは人は増えていくのだが、ほどほどの地域では、強者と弱者の選別と追放が繰り返されて、一定の人数の群れを維持してしまう。

 最も快適な安全で安心な地域に暮らす者の人数は限られていて、ほどほどの地域の人数が増えていく時には、安全で安心な地域で暮らす者の人数は少しずつ減っていく。

 不快な地域の人数は追放されて増えていくように思われるが、この中でも、強者と弱者に分かれてしまい、住居を持たない者があらわれてくるのじゃ。

 さて……シナエル、最も快適な地域、ほどほどの地域、不快な地域で暮らす者たちのどこか一つの地域の者たちだけが生き残り、あとは滅びてしまったのだが、最後にわずかに人が残ったのは、どの地域だと思う?」


 急にシン・リーに名前を呼ばれたので、ぎくっ、としてシナエルは、カルヴィーノと顔を見合せてしまった。


「ふふっ、カルヴィーノも一緒に考えてみよ。どの地域の者が、最後まで残ったのかを」


 するとリヒター伯爵の前にいるレチェが、シン・リーの質問に答えるように鳴いた。


「にゃうにゃうにゃうぅ~」

「レチェは賢い猫じゃ。さて、シナエル、カルヴィーノ、答えは決まったか?」


 エリザも、シン・リーに賢いとほめられて毛繕けづくろいをしているレチェを見ながら、答えを考えていた。


「シンリーさん、俺は、ほどほどの地域の人たちが最後まで生き残ったと思います」

「カルヴィーノ、その理由は説明できるか?」

「快適な地域が最初に無くなってしまうのではないでしょうか。そして、不快な地域の弱者の人数は減ってしまい、最後にほどほどの地域の人が残ると考えました」


 シナエルの答えは、カルヴィーノとは違っていた。


「快適なところの人だけが残ったんじゃないですか?」

「ほう、シナエルも理由を説明できるか?」

「争いで弱い人たちが最初にいなくなってしまって、ほどほどの人が減って、一番強い人が残ったのかなって」


 獣人娘アルテリスと預言者ヘレーネには、あえてシン・リーは答えを求めなかった。


 リヒター伯爵は、カルヴィーノと答えは同じだった。

 だが、滅びる順番が不快な地域が先で、快適な地域があとで、人数が多いほどほどの地域の人が最後に残るのではないかと、シン・リーに説明した。


「さて、エリザはどうじゃ?」


 シン・リーは目を細めてエリザに考える時間を与えてから、この問題の答えを求めた。



+++++++++++++++++


 読者のみなさんは、最後まで生き残ったのは、快適、ほどほど、不快、どの地域の人だと思いますか?


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