第200話 

 エリザの占い師の修行の案内人として、カルヴィーノとシナエルという若い仲良し夫婦を、預言者ヘレーネが選んだのはなぜか?


 獣人娘アルテリスが、預言者ヘレーネにこんな質問していた。

「なんで恋愛占いなんだ?」と。


 エリザの護衛には剣の達人カルヴィーノ、身の回りの世話や話し相手には世話焼きのシナエルが最適なのは間違いない人選だろう。


 それ以外の理由がある。

 若い仲良し夫婦を連れている占い師のエリザを見た村人たちが、どんなことを思い浮かべるのか?


 預言者ヘレーネは、カルヴィーノとシナエルの夫婦が占い師エリザのちょうどいい宣伝になると考えた。


――聖女様の占いのおかげで、私たちは婚姻できました。あと、とっても仲良しなんです!


 幌馬車でリヒター伯爵の村を道案内するだけならば、衛兵隊長クルドだけでもできる。

 しかし、宣伝効果は衛兵隊長クルドでは期待できない。


 リヒター伯爵領で、バイコーンの黒旋風と野生馬たちの荷馬車襲撃の事件よりも、深刻な悪影響が予想される問題がある。


 書斎でリヒター伯爵とぎこちなさは多少あるけれど、エリザは話せるようになってきた。

 そのタイミングで、メイドのエマさんが大食堂に伯爵とエリザを呼びに来た。


 リヒター伯爵領の村の問題とは何かを、預言者ヘレーネに考えて答えてみて欲しいと、エリザは問われた。


(ロンダール伯爵領のように、親のいない子供たちが保護を求めているのでしょうか?

 ブラウエル伯爵領のように、リヒター領でも、水不足なのでしょうか?

 それとも、ベルツ伯爵領のように、村の住人として渡り農夫が受け入れられにくいという問題があるのでしょうか?)


 エリザは通過してきたロンダール伯爵領、ブラウエル伯爵領、ベルツ伯爵領で感じた問題を思い出していた。


「いいえ、リヒター伯爵領の地下水脈は、ブラウエル伯爵領でもレルンブラレの街にも通じている水脈です。井戸が涸れているわけではありません」

「男尊女卑のフェルベーク伯爵領と近隣であるロンダール伯爵領やテスティーノ伯爵領のように、難民が救助を求めてやって来ているわけではありません」

「ベルツ伯爵領のように村の住人たちの連帯感が強く、村暮らしになじめない人たちが渡り農夫になっているわけでもありません」


 中原で遭遇したウサギたちの群れのような生き物が、耕作地の作物をかじっているのだろうか?


「エリザ、兎みたいな感じになりかけているのは、野生馬たちみたいだ。それはあたいたちで、何とかしてみるよ」


 アルテリスは、エルフェン帝国の作物をつまみぐいする兎問題を思い出したエリザに言った。


「ヘレーネ、私からエリザ様に説明しよう」


 リヒター伯爵がヘレーネに声をかけて、自領の村人たちの間で起きている問題について説明した。


「うーん、それはもしかしたら、リヒター伯爵領だけじゃなくて、うちのところやスト様のところの村人たちも同じ問題が起きてるかもしれない」

「おや、テスティーノ伯爵婦人、それは本当ですかな?」


 エリザは男尊女卑のフェルベーク伯爵領や、バーデルの都でも同じ村人たちの恋愛の問題が起きているのかもしれないと気づいた。


 男尊女卑のフェルベーク伯爵領では、男性として生まれた人だけは、女性の人たちという恋愛の競争相手が初めからいないように見せかけて子供のうちに育てられている。


 それは女性の人から男性の人を恋愛対象として選択する自由を剥奪することで、男性の人たちが自信喪失しにくいようにすると同時に、恋愛そのものを無視して損得勘定で人との関係を考えるようになる人が増えて、子供にも愛情を強く抱けなくなる問題を発生させている。


 バーデルの都に、奴隷市場や遊郭が建造されたのも、恋愛対象の相手ではない相手に体を許すことで、生きるためにはしかたないと奴隷として自分の心や恋愛感情を無視して商品にすることや、遊女として、もう恋愛に悩まないで気に入られた客から引き取ってもらうことを選んだ人たちがいたということである。

 そこを呪術師で女伯爵になったシャンリーにつけこまれて、自分の体をまるで使い捨ての道具のように大切にできない価値観を持つ人が増えた。


 バーデルの都では、フェルベーク伯爵領とは真逆で激しい競争を作り出されることで、恋愛という愛情を求め合うことを忘れさせようとした。

 勝つか負けるか、選ばれるか選ばれないか、という恋愛対象の選別を、愛情を求め合うことやいたわり合うことではなく、商品の取引のようにすり替えられる状況が作り出されていた。


 実はエリザは気づいていないけれど、エルフェン帝国の中原の村でも、恋愛までは望んでいるけれど、生活の負担があると子供に、自分の親たちのように豊かな生活をさせてあげられないのでは……という不安から、神聖教団から避妊用ポーションを入手している大人たちも、すでにあらわれている。


 不安や心配から、苦労した先にでも、心が愛情で満たされることを信じられない人が増え始めているのは、ターレン王国と似た問題が起き始めていた。


 ストラウク伯爵領では、辺境で蛇神の門が出現する直前の時期には、もっと露骨に怪異として、男性の人たちがインポテンツになっていくという怪現象が発生した。


 アルテリスは、大昔の世界では戦が日常茶飯事だったので、恋愛したい人と出会えたら、もう夢中でその一日や一夜を愛し合っていたと大食堂にいる全員に話して聞かせた。

 明日は命を失ってしまうかもしれないから、今を大切にしたいという気持ちが強かった。


「エリザ、みんな生き残ることだけじゃなくて、恋も命がけだったんだよ」


 リヒター伯爵はヘレーネから、獣人娘アルテリスの事情――世界の滅亡を阻止するために遠い過去の世界から未来へ、時渡りの秘術で渡った事を聞いて知っている。


 リヒター伯爵領の問題は、恋愛することに臆病になったり、恋愛してみても自分が自由にのびのび過ごして、快適な時間が減るのも損な気がしてしまったり、恋人だからと特別扱いで気を使うのもしんどいと、恋愛関係が維持できない人たちが増えてきていることで婚姻や出産後の育児も損だと避けることで、快適という幸せを維持したいという考え方の人が増えていることだった。


(それを恋愛占いで何とかできるのでしょうか?)


「ふむ、だからといって恋愛に特別感を感じるように、伯爵の自治権で制限をつけて、恋の試練があるようにしてしまえば、恋そのものをあきらめてしまう村人たちも出てくる気がするわけだ」


 リヒター伯爵は、恋の試練や難関があれば、それを恋する二人が一緒に克服しようと協力し合うことで、より愛情を確かめ合えると思ってしまうのを反省していた。


「私の考えは、安直すぎる考え方かもしれない」


(ジェネレーションギャップ、ということで説明したとしても、何も解決しませんね、これは)


 そこで占い師のコスプレしたエリザに、恋愛占いで恋する人たちを減らさないように、無理しないで村人たちの相談に乗ってみて欲しいということらしかった。


 エリザは帝都で、商工ギルドのシャーロットさんに恋人と仕事が忙しくて恋する相手が見つけられないという相談を受けたことがある話を披露した。

 シャーロットは、遠方のターレン王国の南の果てのリヒター伯爵領で、まさか自分の恋の相談をエリザに暴露されているとは夢にも思わないだろう。


「で、エリザ様、そのシャーロットという娘さんは、その後、どうなったのかね?」


 リヒター伯爵はとても興味を持ったようだった。

 他人の恋の話でも、まるで自分の恋のように思い浮かべると、自分の恋心を思い出して、胸のときめきさえも思い出せそうな気がする。


 同じように恋をしたいエルヴィス提督という人と気づいたら、シャーロットさんが仲良しになっていたことをエリザが話した。


「うーむ、恋をしたい人を出会わせられたら、その、仲良しになるということなのだろうか?」


 エリザはしばらく黙って考えていた。リヒター伯爵だけでなく、全員が、リヒター伯爵の目の前でテーブルに飛び乗りちょこんと座っているレチェまでエリザに注目した。


「出会っても、どうやって仲良しになればいいかわからない人がいるのではないでしょうか?

 あと、おつきあいしてみたけれど、恋が続かないので、お別れしたかったり、別れた相手から憎まれたり、つけ回されたりしないしないようにしたいという人もいそうです。

 恋に憧れていても、そういうことに悩むのは嫌で、もう、かなりめんどうになってしまって恋をしたくないと考えてしまう人もいるということかもしれません」

 

 エリザの膝の上のシン・リーがひょいっとテーブルに飛び乗り、長いテーブルの中央に優雅な歩みで進み出たのは、このエリザの発言の直後であった。




+++++++++++++++++


ようやく第200話まで書き続けることができました。

 読んで下さる人がいてくれるおかげで頑張れています。


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