第100話 

 ゼルキス王国や国境地帯、さらに王都トルネリカやターレン王国の食糧庫と呼ばれるパルタの都をさらに越えて、大陸中原の領域から、地方領主のロンダール伯爵領にエリザたちは来ていた。


「ドレチの村。あの、アルテリスさん、たしかここは、ロンダール伯爵領の端っこですよ」


 エリザは、ここはゲームで登場したロンダール伯爵領の別荘がある木工職人たちの暮らす村だと気づいた。


 木のスプーンやフォーク、木の皿やサラダボールから、丸太小屋など、ドレチの村の住人たちは木材を加工する。


 ターレン王国でも、耕作地を確保するために森林を伐採していた時期があった。

 それはちょうど大陸の中原で伐採と開墾が、神聖教団の僧侶たちの指導で行われていた時期に一致している。


(キャンプ場みたいな村です。木の家がいっぱいです。ゼルキス王国の王都ハーメルンや帝都は、石造りの建物ばかりですけど、ここはちょっとちがいますね)


 エリザは幌馬車から降りて、平原の村とは建物や景色がちがうドレチ村の風景をながめていた。


「宿屋なんて、そんな立派なものはこの村にはないよ。でも、あんたら、そこらへんに幌馬車を停めて待ってなよ、ちょっとニルスさんやエイミーさんに、どうしたらいいか聞いてくるからね」


 エリザたちのゴーレム馬や幌馬車がめずらしいのか、村人たちが声をかけてきた。

 アルテリスに宿屋はないかと聞かれた村人たちは、ロンダール伯爵の別荘で暮らしているニルスとエイミーという若い夫婦に、村に変わった訪問者が来たと知らせに行った。


 このドレチ村は、ロンダール伯爵から、別荘に住んているニルスとエイミーが村長の代わりだと指示されている。


 アルテリスがレナードを治療できる人を探す旅をした時は、ロンダール伯爵領とフェルベール伯爵領の隙間のようなところをすり抜けるように、パルタの都からバーデルの都へ行った。

 辺境地域から街道沿いの宿場街でレナードを発見。パルタの都からバーデルの都を抜けて、テスティーノ伯爵領で治療できそうな人物の情報を教えられ、ストラウク伯爵領へ……という旅路だった。

 このドレチの村の近くは通っていないため、立ち寄っていない。


 平原から、なぜターレン王国のドレチの村に来てしまったのか、エリザもアルテリスもシン・リーにもわからない。

 夕方になって起き出して、幌馬車の上に乗っていた白い梟は村の中にある木の枝に乗って、エリザたちを見下ろしてほぅほぅと鳴いている。

 ドレチの村は林の中にある感じで、平原の村とはちがう雰囲気ではあるが、夕方で村に料理する匂いが漂っているのは同じだった。


「宿屋がないって、あまりここは人が来ないところなのか?」

「はい。今夜はこのロンダール伯爵の別荘の空き部屋で良ければ、泊まっていって下さい」


 三つ編みのハーフアップのロングヘアーの髪型のエイミーがにっこりと笑って、アルテリスに提案した。

 幌馬車で泊まることもできるけれど、アルテリスに「泊めさせてもらいましょう」とエリザが小声で伝えた。


 村人たちから、エイミー婦人に伝えられた情報では、獣耳がついた変わった美人の旅人の大人と黒猫を抱いた可愛い女の子が来たということになっている。


 エリザは、エイミーに自分の身分を明かさず、なんとなく大人に連れられたおとなしい子供のふりをしていた。シン・リーもただの猫のふりをしている。


 アルテリスは、二人ともなんかずるいと思いながらも、村人たちやエイミーが、エリザではなく自分に話しかけてくるので、しかたなく対応している。


 エリザはエイミー婦人が「聖戦シャングリ・ラ」では、バーデルの都にあったカジノの腕の良いディーラーだった過去や、旅人のニルスとの賭博の大勝負に負けて、景品としてカジノのオーナーから提供されてしまいニルスの奴隷にされたけれど、ニルスと恋をして夫婦になったエピソードを知っている。


 ニルスとエイミーは、このドレチの村から、ロンダール伯爵から依頼されてターレン王国の情報を集めたり、情報伝達をしている密偵である。


 この日、ニルスはロンダール伯爵から、ジャクリーヌ婦人と子息のブラウエル伯爵への手紙を届けに行っていて、ドレチの村から留守にしていた。

 翌日には夫のニルスが村に戻ると判断して、エイミーはめずらしく村に訪れた旅人たちをおもてなしすることにした。


 エリザたちに幌馬車に泊まると言われたら、ロンダール伯爵領を探りに来た密偵かもしれないと、エイミーは警戒していただろう。


「アルテリスさん、あのシロップとジャムは、とてもおいしかったです。明日、エイミーさんに作り方を聞いてもらえますか?」


 エリザは、食事で果物と一緒にビスケットパンのようなものに添えられていたシロップやジャムが気になっていた。

 ドレチの村人たちは樹液を煮詰めてシロップを、野いちごのようなものからジャムを作っている。


「エリザは甘いのが好きだな。あたしは甘酸っぱいやつ……ジャムだっけ、あれは好きだな。もうひとつのほうは、あたしにはちょっと甘すぎな感じがするけど」


 ドレチの村人たちは、樹液から飴も作っている。木材の加工だけでなく、料理も平原とは少しちがう工夫をしている。


 エリザとアルテリスはエイミーが呼んだ村人たちから飴玉をもらって舐めたり、シロップやジャムの作り方を見させてもらって1日がかりで教えてもらった。


 ダンジョン探索で遭遇する巨大蟻ジャイアントアントのドロップ品に【飴玉】がある。

 この【飴玉】には、疲労感を軽減する効果がある。

 大陸の中原地域では、こうしたドロップ品の嗜好品も貴族の間では流通していた。

 お菓子を手作りするコツが失われたのは、こうしたことも影響しているだろう。


 ターレン王国には、障気を集めて浄化するダンジョンがない。

 だからお菓子の【飴玉】は、樹液などから手間をかけて手作りされていた。


 エリザたちが訪れた翌日の午前中に、ニルスがジャクリーヌ婦人のロンダール伯爵への返信の手紙をあずかってドレチの村に戻ってきた。

 ニルスは、エリザたちにお菓子の作り方を教えてくれる人はいないか、村人たちに声をかけて集めてくれた。


「うーん、ゼルキス王国よりも、もっと東にも、他の王国があるんですね。ねぇ、エイミー、ちょっと行ってみたいと思わないか?」

「まあ、ニルス、あなたは少し落ちついて暮らすのに慣れたほうがいいかもしれませんよ」

「やれやれ。それにしても、そんな遠くからどうやってこの村に来たのか、僕には想像もできないけれど、シン・リーさん、ロンダール伯爵ならこの不思議なことを説明できるかもしれないですよ」

「そうかの、しかし、エルフ族の梟が道をまちがえるとは、どうしても思えぬのだがの」


 ニルスはエイミーより直感力が強い人物で、おしゃべりする猫と会話するめずらしい体験をすることになった。


 ニルスは、アルテリスの戦闘力の強さやシン・リーが普通の猫ではないことをすぐに見抜いた。


 この直感力の良さを呪術師シャンリーに狙われる前に、ロンダール伯爵はニルスとエイミーを、バーデルの都から職人たちのドレチの村へ逃がしたのだった。


 夜になって、メイドのアナベルがロンダール伯爵の招待状を持って、ドレチの村まで、エリザたちを迎えに来た。


 ロンダール伯爵は「僕の可愛い妹たち」の予知夢から、魅力的な美少女がドレチの村を訪れることを把握したからだった。

 

 ニルスとエイミーは、ロンダール伯爵の美少女を探し出す熱意には、あらためてすごいと驚かされたのだった。

 





 

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