第101話
人はその願いを100%実現することを信じることができない。
そして、実現できなかったらどうなるのかという事は、不安からかなり具体的に思い浮かべてしまいがちである。
何を心から願っているか。
何を思い浮かべながら生きているか。
それが人の運命を決めていくのは「聖戦シャングリ・ラ」の世界も同じである。
この「聖戦シャングリ・ラ」というゲームで遊ぶ人たちに、原案者の緒川翠とゲーム制作プロデューサーの岡田昴は、この作品で何を伝えたいかを話し合って意見が一致していた。
この「聖戦シャングリ・ラ」のスポンサーの意向は、AV映像作品の売上が、海外からの無料エロ動画の視聴や撮影に関する法改正などで全盛期ほどの勢いはなく、流行しているネットゲームで儲けたいという考えがあった。
そこには原案者やゲーム制作プロデューサーのように、作品を通じて、遊ぶ人たちに何を伝えたいかという考えはなかった。
原案者の緒川翠は、ゲームのキャラクターデザインやストーリーについて、自分の伝えたい内容とかけ離れるなら、いつでももう終わりにしますと言える自信がある人だった。
もし緒川翠ではなく、たとえば本当にデビューしたてのマンガ家が自分の作品を原案にゲーム化するという状況だったら、どう考えてしまいがちなのか?
作家としての知名度が別のジャンルの作品化で上がって、その原作の作品が出版社から増刷されることで、まだ新作や連載が続けさせてもらえる。まだ描かせてもらえる。
だから、自分の思ったような作品のリメイクではなくても、忘れ去られるぐらいなら我慢してしまう。
緒川翠はゲーム化されなくてもかまわない。私はマンガを描けばいい。ゲームでもアニメでも、自分の作品として世間に出すなら、中途半端なことはしたくないと考えていて妥協しなかった。
岡田昴は、緒川翠に初めは原案者ではなくキャラクターデザインだけを頼むつもりだった。
「聖戦シャングリ・ラ」のゲームシステムで、ストーリーモードの導入もやるつもりはなかった。
岡田昴はオンライン対戦ができるゲームで、カードゲームシステムにするというアイデアは、緒川翠にキャラクターデザインを頼む前からあった。
キャラクターデザインを誰に頼むか、岡田昴はかなり悩んた。
スポンサーからプレイヤーが興奮するようなサービスシーンを要求されていた。
それも岡田昴は、本音でいえばやりたくないと思っていた。
岡田昴は過去に、パソコン用ゲームで成人向けゲームのヒット作品がある実績がある。
サービスシーンのために、ゲームを作っているわけじゃない。
ゲームそのものを楽しんでもらいたいと、岡田昴はずっと考え続けていた。
だから、サービスシーンはゲームの障害物ぐらいに考えていた。
「ねぇ、岡田さん、それって、この人はこういう作品を作る人と決めつけられて、他の自分がやりたいことをやらせてもらえないから嫌なんじゃない?」
緒川翠はカフェで特大パフェを食べながら、ホットコーヒーを飲んでいる岡田昴にそう言った。
緒川翠は岡田昴からどんなゲームにしたいのか話を聞いていて、スポンサーからはサービスシーンを見たいからプレイヤーが課金するようなゲームを求められていると説明された。
「だから、私の聞いているのは、スポンサーの意向じゃないって。岡田さんが今、私に言ってるのは野球拳みたいな話でしょう。じゃんけんで負けたら、女の子が脱いでいくってやつ。あれってすっごく私は変だと思う。なんで女の子が服を負けたら脱いで裸を相手に見られてもいいって思ってるのかわからないじゃない」
「野球拳はもともと服を脱がない宴会芸ですよ」
「えっ、そうなの?」
こうして、この二人はサービスシーンは、ちゃんと意味がないと変だという話し合いをスポンサー関係者そっちのけで何度も続けられた。
ゲームでは異世界ファンタジーものがあって、剣と魔法にモンスターという知識を岡田昴が緒川翠に教えると、緒川翠がキャラクターデザイン原案を、いろいろ調べてどんどん描き直してきた。
その結果として「聖戦シャングリ・ラ」には、岡田昴が以前にパソコン用ゲームで流行ったテキストゲームの要素を大胆に導入することにした。ストーリーモードがなければ、キャラクターの性格がわかりにくい。
恋愛している登場人物たちの愛情表現としてのサービスシーン。
それなら必然で、意味がわからないシーンになることはないだろうと、この原案者とゲーム制作プロデューサーは話し合いの結果、そこを基準として考えることになった。
同性愛のキャラクター設定であっても、その他いろいろであっても、その基準の必然的なサービスシーンはあってもいいというところで落ちついた。
スポンサーの意向で、いわゆる凌辱シーンとしてのサービスシーンを要求されて、それには恋愛以外の別の必然的な理由があると納得できなければ絶対に変だと、設定を緒川翠と岡田昴は二人で見直しすることがあった。
「触手」のモンスターに女性が拉致されたり、凌辱されるシーンについては、どう考えても、これは恋愛の愛情表現ではなく、ただの暴力や残酷なシーンなのではなかろうかと、緒川翠は時間をかけて岡田昴とじっくり話し合った。
成人向けマンガ表現の「触手」はなぜ描かれたか?
江戸時代の葛飾北斎の春画に
この手の江戸時代の春画が、マンガの「触手」のアイデアの元なのではないかと考えるマンガの研究者もいる。
規制に対するアンチテーゼ。
緒川翠は「触手」の表現は、男性の性器を修正・規制が厳しくてマンガ家やアニメーター描けなかったので、代わりに考案されたものと岡田昴に説明した。
「つまり、人間の男性そのままだと規制で引っかかるから、規制されていない表現にしてみたってことですかね?」
「そうそう、初めは擬人化だったわけなんだけど、それが謎の宇宙から来たクリーチャーとか、寄生虫みたいな感じに描かれるようになっていったのね。あとは緊縛とか、中途半端にSMチックな要素を混ぜられた感じだったり」
「なるほど、僕が触手と人の恋愛は、やっぱり無理があると思うのは、そういう過去のいろんな作品の流れからなんですね」
スポンサー会社の過去の作品で「触手」のB級ホラー映画の雰囲気のものがあった。
もしも「聖戦シャングリ・ラ」で使われたら売れるかもしれないからというスポンサーからの「触手」の出演要求に、緒川翠と岡田昴はどうしたものか悩んだ。
ホラー映画要素を恋愛を裏テーマにした「聖戦シャングリ・ラ」にどうやって組み合わせるか?
二人とも、蛇やミミズはなんとなく苦手だった。
「ねぇ、ドラゴンとか、他の爬虫類っほいのでなんとか交渉できないの?」
「あの、資料にどうぞって、うちの仕事場に」
「絶対に見ません!」
「……ですよね」
岡田プロデューサーは、B級ホラー映画っほい映像作品で緒川翠は説得できないと考えて、一生懸命、何かないか探してみた。
若い高校教師の黒崎が、密かに奇妙なアルバイトをしていた。
それは、女性たちに催眠術で触手と戯れる淫らな夢をみせるというものだった。
黒崎はすっかり恋愛不信と女性不信になってしまった。
それを自分のクラスの女子生徒に知られてしまう。
「私は黒崎先生のことが好き。だから、先生に何をされても嫌いになんかなりません!」
黒崎は
彼女は黒崎の提案に緊張しながら、わかりましたと彼の顔をまっすぐ見つめて答えた。
……というちょっと変わった内容のゲームシナリオを岡田昴は書いて、緒川翠に渡した。
「ヒロインのみさきちゃんが、黒崎先生に好きって気持ちを見せようと、すごくがんばってるのが泣ける」
緒川翠は、岡田昴の書いてきたゲームシナリオの内容にちょっと泣きそうになってしまった。
緒川翠は「触手」をしもべにして使っている蛇神ナーガが、愛しい女神ラーナを探し続けている設定や「触手」に捕らえられた僧侶リーナのサービスシーンのイメージ画を描いて、岡田昴に渡した。
女神の化身の僧侶リーナは恋人のレナードに再会するまで、どんなに怖いことがあっても健気にがんばるキャラクター設定ができあがったのは、ゲームプロデューサーの岡田昴の努力の成果といえるだろう。
だから「聖戦シャングリ・ラ」のゲームの世界には、緒川翠と岡田昴の「世界中の恋する人たちを応援する」というスポンサーには内緒のテーマが隠されている。
岡田昴は、のちに「聖戦シャングリ・ラ」のファンの女子高生の
名門校の月虹学園の文化祭に、緒川翠の対談相手として岡田昴がゲストで呼ばれたからである。
川合望は卒業後、岡田昴のゲーム制作会社に入社してきた。
岡田昴は仕事熱心だが、自分の恋愛は苦手意識があった。
川合望はそんな岡田昴に交際を申し込んだ。
岡田昴にとって「聖戦シャングリ・ラ」は、自分に恋人と出会わせてくれた作品となった。
岡田昴は緒川翠と「聖戦シャングリ・ラ」の制作をしながら、恋愛について考え続けていた。
手軽に相思相愛のサービスシーンが見られるわけではなく、
それは「聖戦シャングリ・ラ」と、恋愛がちょっと似ているところなのかもしれない。
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