大陸西域編 1
第99話
この「聖戦シャングリ・ラ」の世界に、帝国宰相エリザとなって転生してきた日。
それは18歳で帝都の学院を卒業して、帝国宰相の叙任式を迎えた日だった。
自分の名前を思い出せず、ぼーっと豪華なベッドで目を覚まして寝室を見渡した。ここはどこかもわからずに、呆然としていた。
やがて、寝室にメイドたちがやって来て朝の挨拶を済ますと、てきぱきと手際よくエリザの身支度を始めた。
髪をブラッシングされ、衣服をドレスに着替えさせてくれる。そして顔を拭かれて鏡を見せてくれる。その間に、自分が聖女様としてお嬢様と呼ばれていることや、王宮で暮らしていることを思い出して、鏡の中の顔を見つめて微笑を浮かべた。
鏡の中の顔は、自分の顔のはずなのに、本当の自分の顔ではないと感じながら。
エリザが笑顔を浮かべたことでメイドたちは、今朝の役目を無事に終えたと納得して、大食堂へ向かうエリザのあとをついてくる。
スープだけの朝食を終えると、執事のトービス男爵から、今日は叙任式で、とても私も誇らしく喜ばしく……という内容の挨拶をされて、今日はこれから叙任式をすることや、女王陛下の前に両膝をついて、エルネスティーヌ女王陛下がエリザに宰相の地位を授けると宣言する儀式の流れをエリザは思い出した。
エルフの王国へ世界樹の洞から本当に何にも持たない体一つの素っ裸で七歳ぐらいの姿であらわれて、十五歳から今日までエルフの王国と大樹海からは離れ、帝都の王宮で暮らして学院を卒業するまでの記憶はある。
でも、それがこの「聖戦シャングリ・ラ」の世界で生きている聖女のエリザの記憶であって、自分はエリザではないと感じていることを、たとえば執事のトービス男爵に、宰相の叙任式の直前の朝のタイミングで話したら
「ああっ、お嬢様がおかしくなってしまわれた!」
と、きっと心配して大騒ぎすると思い、黙っておくことにした。
謁見の間で、エルネスティーヌ女王陛下の美しい姿を見て、本当に自分が「聖戦シャングリ・ラ」の世界に来たことを実感した。
ゲームの登場人物になってしまった驚きよりも、転生する小説やマンガではお約束のすごいスキルを授けられたり、何か重要な役目があるのではないかと、期待したり、ちょっと心配になっていた。
自分が転生する前のことで、二十歳で失業してニートになっていたことや「聖戦シャングリ・ラ」のストーリーモードのエピソードの内容、あと好きで読んでいたBL青春小説などのことはよく思い出せるのに、自分の名前やどうして転生したのかはまったく思い出せなかった。
お約束で、不慮の事故によって命を落としたりしたのかとも考えてみたけれど、まったく身に覚えがない。
「ふうん、レナードにひどい事をした呪術師シャンリーに、エリザもひどい事をされたりすることが起きるかもしれなかったわけだ」
この世界がゲームの世界であることを、また説明されて、BADENDのストーリー展開が、今は回避されていることをアルテリスとシン・リーはエリザからたっぷりと聞かされた。
「その呪術師シャンリーとやらは生きておるのか、どこかでくたばっておるのかはわからぬが、エリザの前にあらわれたら、私が守ってやるから安心して良いぞ」
神獣の神官シン・リーが膝の上で、エリザの顔を見上げるとそう言った。
「はい、シン・リーさん、ありがとうございます!」
アルテリスは、遠い過去から生まれ変わった預言者ヘレーネも、前世の傾国の美女リィーレリアだった頃の記憶があるとエリザに話して聞かせた。
「まあ、不思議な事はこの世界にはいろいろあるけどさ。エリザが今、ここで生きてるってことが、エリザ以外のいろんな人の不幸な運命を変えてるのかもしれないじゃないか」
「運命ですか?」
「あたしは、猫が火の神殿アモスの神獣で大暴れをしてた頃から、
性悪女のリィーレリアの時渡りの秘術で飛ばされてきたけど、これも運命だと思ってる。それに、そのおかげでリーナや伯爵様に会えたわけだから」
人の運命を占い、凶事を避けることを行ってきたロンダール伯爵の領地に、エリザ一行のアルテリスの幌馬車があらわれたのは、この日の夕暮れ時のことだった。
平原領域を旅していたエリザ一行が、なぜターレン王国のロンダール伯爵領へ来てしまったのか?
ロンダール伯爵の「僕の可愛い妹たち」がエリザ一行の夢や帝都の遊技場の夢をみたことを、とても楽しい夢だったと報告したのは3日前のことである。
予知夢の力の代償に、突然、心臓が止まって眠ったように命を失う子供たち。
その運命を変えることができないかと、呪術師の一族の後継者であるロンダール伯爵は考え続けている人物である。
色白でぽっちゃりしていて、子供に優しい笑顔をみせるロンダール伯爵と、エリザたちは大樹海を目指す旅の途中で出会うことになった。
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