第96話
エリザたちの暮らしている「聖戦シャングリ・ラ」の世界には、死者蘇生の魔法技術が確立していない。
これはダンジョン探索で死亡した冒険者たちは、ダンジョン内で死亡すると、血の一滴も残さずに消え失せてしまうことが関係している。
創世の神話によると、この世界は蛇神ナーガになった神龍と女神ラーナになった神龍の力が混ざりあっている。
この女神ラーナに加護された世界にいるのか、蛇神ナーガに回収されてしまうのか。
ダンジョン内で犠牲になった冒険者は、怖い話だが、蛇神ナーガの贄になって消えてしまうようだとマキシミリアンは考えている。
神聖教団の本拠地である山脈の奥地にある古都ハユウの大洞窟。
賢者マキシミリアンによれば、現在は意識がなく、仮死状態のランベール王も完全に死去すれば、跡形もなく消え失せてしまうだろうということである。
テスティーノ伯爵は、古都ハユウから帝都へ戻ってきたマキシミリアン公爵夫妻から、ターレン国王ランベールについては今後、目を覚ますことはないと考えられるので、震災時の王都トルネリカ半壊に巻き込まれたランベール王は行方不明という噂のまま、神聖教団がランベール王の肉体を管理している情報を、あえて隠しておくことを提案された。
テスティーノ伯爵とマキシミリアン公爵夫妻は、エリザの留守の間は政務を任されているトービス男爵に挨拶を済ませると、ゼルキス王国のレアンドロ王の王都ハーメルンへ、瞬間移動の魔法陣で渡った。
これがエリザが、帝都から幌馬車の旅に出てから14日後のことである。
耕作地や小村が、複雑な領域になっている事情から、ぽつりぽつりと離れ小島のようにそれぞれが近くの領域としか関わりを持ちにくい状況を、エリザは平原の旅から理解した。
かつて大規模な荘園から小国ができてきて、大同盟の前には戦を繰り返していた歴史がある。
その激戦地を鎮めているのが現在の帝都であることは、花の種まき運動を実施した時に、神聖教団からの情報提供から、エリザは聞いてはいる。
大地を鎮めるということがいまいち実感として、エリザには僧侶でもないのでわからない。
アルテリスは感応力が強い。エリザは霊感として思い浮かべたのだけれど、エリザには見えないものを霊視できることや、鎮めによって浄化されていない土地に行くと、彼女は「嫌な感じ」がするという話を一緒に旅をして聞くことができた。
たとえば、今はエルフの王国にいて精霊族の世界樹のドライアドというモンスター娘となった僧侶リーナ――愛と豊穣の女神ラーナの化身の乙女と、遠い過去の火の神殿アモスからニアキス丘陵へやって来た獣人娘アルテリスが、辺境の森林地帯の焼き討ちに合った小村の焼け跡で知り合った時のことをエリザは聞いてみた。
ゲームでは「sorcery doll」というエピソードで、僧侶リーナが、蛇神ナーガの怪異によって神隠しにあったり、呪物の【蛇神の錫杖】に心だけ封じ込められたりするエピソードの前に、ゼルキス王国の神聖騎士団にいる聖騎士ミレイユと参謀官マルティナに協力を要請するため、ターレン王国からゼルキス王国まで辺境の森林地域を抜ける。
その時、獣人娘アルテリスが僧侶リーナと出会った。
「アルテリスさん、私は妖精や亡霊とか、まったく見えませんよ」
エリザはホラー映画や、心霊スポットに行ってみたら……などの怪談話は、あまり得意ではない。
「エリザ、怖いのに話を聞きたいのか?」
奴隷商人をしていた美女の呪術師シャンリーが辺境地域の盗賊どものリーダーになった【傭兵ガルド】に依頼して、果実酒造りの職人たちの小村を襲撃していた。
その犠牲者の若い女性たちの幽霊がアルテリスになついていた。
僧侶リーナにお祓いされそうになった幽霊たちは、アルテリスが仲裁してくれたので、僧侶リーナから強制的に祓われずに助けられたのに感謝して、丸いぽわんとした手のひらに乗るほどの小さな光の玉となると、その後のアルテリスの旅について行って、僧侶リーナの恋人の青年レナードを見つける手伝いや、レナードの心の回復の語りかけなどに活躍していた。
神聖教団の協力者としてレナードは、呪術師シャンリーの調査をしていた。商人のふりをして彼女に近づいた。逆に街道沿いの娼館に監禁されて、媚薬のお香を焚かれてなぶられた。レナードは衰弱しきってしまい、生きた人形のようにされかかった。
半透明の蝶や蜻蛉の羽根のようなもので飛び回っている全裸の幼女たちの姿だったり、くすくすと小さな笑い声や話し合う幻の声を聞くことがあった。
衰弱したレナードの治療ができそうな人を探して旅を続けていたアルテリスは、犠牲者の幽霊たちが、精霊になったのを感じた。
「なんかいろいろあって、リーナは大人っぽい美人になってるらしいけど、リーナはあたしのこっちに来て最初の友達なんだよ」
そう言ってあくびをしたアルテリスは話を止めて、添い寝をしているエリザの頭を撫でると、すぐにエリザに抱きついて眠ってしまった。
エリザはこの世界で自分が死んだら、エルフ族みたいに世界樹からまたあらわれるのか、幽霊になるのか、精霊になってみるのも悪くないかもと思いながら、微笑を浮かべたまま目を閉じた。
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