第95話 

 神聖教団の本拠地である北の大山脈の奥地にある古都ハユウ。


 この僻地に大幹部のアゼルローゼとアデラが人を集めて、蛇神ナーガに対抗する手段を、結果的に探究していた。


 エルフ族の女性たちは、世界樹によって亡くなると前世の記憶の一部を持って、新たな肉体を得て生まれ変わってくる。

 セレスティーヌやエリネスティーヌのように魔法の知識を記憶として受け継いでいる人物もいる。

 これは若返りの不死の状態に近い。ただし、前世の記憶が失われるケースの方が多い。


 では、他の種族の者たちはどうなっているのか?

 創世の神話に伝えられている雌雄の神龍に戻るために、蛇神ナーガは死という過程によって力を集め続けている。

 賢者マキシミリアンと、神聖教団の大幹部であるアゼルローゼとアデラの推論は、ここまでは一致する。


 回復ポーションを使用し続けていても、人は不老不死となるわけではない。

 生きている者は必ず死を迎えるのが、自然のことわりとなっている。


 蛇神ナーガの力として回収されるか、再びこの世界に留まり続けるのか。

 自然の理として、この二者択一を迫られることになる。


 アゼルローゼとアデラは、教祖ヴァルハザードによって魔族化させられ、かりそめの不老不死のような状態だった。

 しかし、神獣シン・リーの浄化によって、自然の理の中に戻されて、寿命のある身に戻されてしまった。


 教祖ヴァルハザードが、不老不死を目指して魔族化した。

 しかし、アゼルローゼとアデラは魔族化しないで、不老不死を実現する方法を探究し続けていた。


 魔族化は蛇神ナーガに自分の命の力が回収される分を、他人の魔力を奪取することで補い続ける秘術だった。


 遺体から蘇生させるホムンクルスの秘術は、他人から魔力を奪取する代わりに融合した魔石から魔力を供給し続けることは可能なのかを実験したものだった。


 まだ幼女であったマルティナの遺体を用いた実験以外は、失敗して教祖ヴァルハザードと同じように、生前の自意識を喪失してしまい魔獣化することになった。


 神獣シン・リーが、なぜ不老不死なのか?

 神聖教団の大幹部アゼルローゼとアデラは、また世界の謎の深さを思い知らされることになった。


 マキシミリアン公爵夫妻の一人娘ミレイユ――エルフ族の母親セレスティーヌと人間族の父親マキシミリアンとの間に生まれたハイブリッド種の強い魔力を持つ人物で、現在はこの世界でただ一人だけの聖騎士として、怪異を祓う騎士たちのリーダーとなっている。


 聖騎士の試練は、ミレイユが聖騎士になったあとは、現在は行われていない。

 ミレイユは、少女神ノクティスを自らの命を融合することによって、異界から召喚した。

 蛇神ナーガの怪異に対し、人が対抗する希望となるために。


 聖獣シン・リーも何か異界の神が融合しているのではないかと、大幹部のアゼルローゼとアデラは考えている。


 融合したものが世界の理に対抗する強い力を持つために、世界の理の影響から逸脱しているのではないか?


「マルティナもミレイユと同じように、蛇神ナーガに吸収されないように抵抗する強い何かと融合するしか方法はないと?」

「私たちが受けた浄化では、マルティナは遺体に戻ってしまう可能性はあります。それに彼女に融合した魔石の魔力が消えてしまうのか、それとも浄化によってより強いものに変化するのかも、前例がないため、私たちにはわかりかねます」


 神官長アデラが、大神官アゼルローゼと二人で話し合って出した結論を、賢者マキシミリアンに説明した。


(呪いが解かれる前のレナードと本当に双子のような容姿……この人がランベール王ですね)


 マキシミリアンと神官長アデラが、死者蘇生の秘術と参謀官マルティナの延命処置について話し合っている間に、セレスティーヌは大神官アゼルローゼと神聖教団が回収している仮死状態で意識不明のランベール王を確認していた。


「魔獣化はしていません」

「前世が教祖ヴァルハザードでなければ、この人もターレン王国の国主として無事に生きられたでしょうに……大神官アゼルローゼ、マルティナに施したように魔石をこの人に融合するつもりなのですか?」

「残念ながら、もうこうなってしまわれては、強力な魔石を肉体に融合することに成功したとしても、心を喪失した魔獣に変化するか、ホムンクルスのマルティナと同じように融合した魔石の魔力が尽きるまでしか生きられないでしょう」

「なぜ、あなたたちは、この人の眠り続けている肉体を、洞窟に安置して保存しているのですか?」


 セレスティーヌが、大神官アゼルローゼの石棺をのぞきこむ横顔を見つめながら質問した。


 皇子ルルドを奪い返すために、ヴァンパイアロードのヴァルハザードは、さらに魔石を自らの肉体に融合した。

 彼の望んだ不老不死は、魔族として他人の生き血を啜り続ければという条件つきで実現していた。


「ヴァルハザード様は、ルルド様を愛しておられました。しかし、生き血を啜ればまだ幼いルルド様は、魔族となれずに息絶えてしまうと、ルルド様が成長なされる日を待っておられたのです」


 魔石を限界を越えて肉体へ融合する儀式に挑んだヴァルハザードは、儀式に失敗した。

 儀式に協力していたアゼルローゼとアデラは、自分たちも死を覚悟して、ヴァルハザードであった魔獣が二人を補食しようとした瞬間に、仕掛けておいた瞬間移動の魔法陣で、この洞窟へ移動した。


「あなたたちは、自分たちの教祖のヴァルハザードを討ち取ったのですか?」

「魔獣化したヴァルハザード様は自ら愛するルルド様を殺めてしまうことになりかねませんでした。ヴァルハザード様は、それを望んでおられなかったのです。もしも自分が儀式に失敗して心を失ってしまったら、ルルド様のいる平原から遥か遠く離れた古都ハユウに自分を渡らせるようにと、最後の儀式に挑む前に、私たちへ命じておられたのです」


 セレスティーヌは、人の生き血を啜ってまで自らの不老不死を求めたヴァルハザードという人物でさえ、皇子ルルドという少年だけは、世界の全てが敵になったとしても、命がけで愛して守ろうとしいたということを聞いて、とても悲しい気持ちになった。


 誰かを愛するために世界の理から逸脱する道を選んだ人がいた。

 セレスティーヌはエルフ族の掟を破って、賢者マキシミリアンの伴侶となりたくて、エルフの王国から駆け落ちした人である。


「大神官アゼルローゼ、あなたがたは、この人が前世のように魔獣化しないように、あなたたちが監視し続けるつもりなのですか?」


 ゆっくりと大神官アゼルローゼは、セレスティーヌの目の前で両膝をついて、祈る姿勢となった。

 そして、セレスティーヌに自分たちの望みを告げた。


「シン・リー様によれば、私たちは、これからはただの人と変わらず老いていくそうです。私たちが亡くなったあとは、エルフ族で前世がヴァルハザード様だったこの方をどうなさろうと判断はゆだねます。ですから、セレスティーヌ様、どうか、私たちが生きているうちは、このままにしておいて私たちがヴァルハザード様を弔って生きていくことをお許しいだだきたいのです」


 

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