第9話 

 魔力について、宰相エリザには学院で学んでいる知識がある。


 帝立魔導学院は帝都にあり、図書館は学院の関係者以外にも、利用料を神聖教団の教会で支払い、許可書を提示すれば入場可能な施設となっている。


 魔導学院に入学して魔法に関する知識以外にも、歴史や法律などを学ぶこともできる。

 神聖教団の僧侶になるには、大陸北方の古都ハユウで修行しなければならない。

 しかし、アイテムの鑑定士と商人の資格を取得するには、学院に入学して試験に合格する必要がある。商売は誰でも可能ではあるが資格を持たない商人には取り扱いできない商品がある。

 たとえば、ポーションなどはその一つである。

 ポーションの作成は、神聖教団の僧侶しか行ってはいけないと法律で定められている。

 だが、商工ギルドの管理となっている市場の露店や、自分の商店で、ポーションや魔力の効果が付与されたアイテムを販売するためには、学院に入学して、商人の資格を取得する必要がある。

 

 宰相の地位に就任するには、エルフ族の女王陛下のお気に入りということだけでは就任できない。

 エリザは、鑑定士と商人の資格や、神聖教団の僧侶の資格もまだ若いが取得済みである。

 資格は金貨で買えると思って、魔導学院へ自分の子供を入学させる親は多いが、いくら学院へ多額の寄付金を納めたとしても、しっかり講義を受講して、試験に合格しなければ資格は取得できない。


 エリザは職業では、農民として生活するほうが、宰相よりも難しいと思っている。

 資格は必要がない。けれど、最も就業している同業者が多い職業なので他人と比較されやすい。

 土地を耕し、種を植え、収穫まで手入れを欠かさず、さらに収穫物を売る必要もある。

 

 農場の土地の持ち主は、その土地の権利を所有している貴族であり、収穫物の売上とは関係なく、貴族と契約で定められた土地の年間使用料を支払う必要がある。

 商工ギルドは、貴族たちから、農民の代わりに土地を借り受けをしている。貴族に支払う土地使用料は、商工ギルドが会員から預かっている金から支払われる。

 商工ギルドがカジノを運営して冒険者に貸しつけしていた金や、賞金はこの資金を流用していた。


 農民は、農地から比較的近いところで、貴族の領主が建てさせた住宅地で、似たような間取りの家で、まとまって暮らしている。

 農民は商人のように自分の家を持たない。また、住宅地の中央に共同の井戸がある。


 農作業には工夫やコツが必要だが、まわりは農民だらけなので、栽培方法を教えてもらう機会は、人づきあいが苦手でなければ、かなりあるだろう。

 人づきあいと、体を朝から夕方まで動かすのが苦手でなければ、なんとかやっていける。

 農作業に使う道具も、同じ農場の農民たちで共同で使っている。


 親切に農民たちは助け合っている反面、農民のグループの人づきあいになじめなければ、とても暮らしにくい。

 似たような農作業、同じような習慣、似たような衣服や髪型。なんとなく顔立ちや考え方まで似てくる。

 個性が強い人物は、農民のグループの中で敬遠されがちである。


 別の地方からやって来た人、たとえば、褐色の肌の旅人のミュールは農民のグループになんとなく敬遠されがちで、貴族と商人がごちゃ混ぜで暮らしている帝都の方が、郊外の農場よりも暮らしやすい。


 耕作する農場や暮らす住居、さらに農耕に使う道具まで、商工ギルドが提供してくれている状況に慣れてしまっていた。

 その優遇処置を手放し、全部自腹でやりくりするのは不安だったので、商工ギルドが農民たちに資金提供する流れを作られると賛同した。


 作物が毎年同じように収穫できるとは限らない。不作の時に、まだ奴隷制度があった時代には家族の中から、自分の子供を奴隷商人へ売る親もいた。

 奴隷制度が撤廃されたあとの時代には、貴族の領主は、その不作の年だけは農場の使用料は商工ギルドから免除した。

 そうすることで、貴族たちにその金額分は納税したことにする減免処置が受けられる施策が公布された結果、貴族たちは国庫へ普通に納税するより得だと判断したかからである。

 商工ギルドは貴族の領主に納める分の浮いた資金を使い、冒険者ギルドや神聖教団と連携し共同出資して、農民の炊き出しなどの救援活動を行った。


 農民は、同じ地域の農民のパートナーを見つけて結婚しがちな傾向がある。

 支給前は農民たちは一人あたり月平均で住居や衣服なども商工ギルドが提供していて持ち出し分がかからないために、食費や交遊費などをふくめ金貨10枚以内の支出で暮らしていた。

 病気や怪我で働けなくなる人の家があると、神聖教団の教会で治療を受ける必要があった。収穫物の売上のうちから、そのための予備費を蓄えておく必要があった。


 また、女性が妊娠、出産、子供が6歳になるまではとても育児に手がかかるため家事に専念することが多い。

 貴族の家庭では、雇っている使用人たちがあれこれとサポートしてくれるので、少しはましかもしれない。


 6歳ぐらいになると、子供たちは父親と一緒に農作業の手伝いをしたり、母親の家事の手伝いもするようになり、また同じ地域の子供たちと遊ぶようになって、あまり親の手間がかからなくなってくる。


 それまては農作業は父親の男性が主力になるが、冒険者ギルドへ農作業のサポートを依頼できない場合には、夫婦で農作業をしていた時ほどには農場をうまく活用できずに、収穫が減少する傾向があった。


 農民たちの中には、収穫量をできるだけ減らさずに栽培するために、冒険者ギルドに、農作業のサポートを依頼することがダンジョン閉鎖前から行われていた。


 しかし、収穫量を減らすのと、人手を雇うのでは、人手を雇うほうが損失は少ないのはわかっていても、そのための元手がある家庭は、子だくさんの家庭ほど余力がない。


 それがエリザの施策によって、逆転する。一人あたり大人には、月額で金貨30枚支給、生まれたての赤ん坊から10歳までは一人につき、金貨10枚を上乗せ。それから15歳まで、一人あたり月額で金貨5枚ずつ上乗せされることになる。15歳からは、個人として30枚支給にすれば、学費も自分でやりくりできるとエリザは考えた。

 学院には、貴族でも商工ギルドから学費を借り受けしている生徒も少なくなかった。

 子だくさんの家庭ほど支給額が増える。


 資金の余力ができた家庭では、農場で働く人手を雇うことで、収穫量が増えて、エルフェン帝国に流通する食料の量は増えていくだろう。


 商人たちは、作物の収穫量が増えていっても、市場の食料購入者が増えるわけてはないと思うだろう。

 また、農民たちが自給自足できる収穫量がある豊作の年は、市場の売上はさらに下がってしまう。


 食料は、市場で流通量が増えれば安い店から買うようになっていくために在庫を残してしまうぐらいなら安売りした方が得だと、商人たちは値下げ競争……しない。


 宰相エリザは、作物の収穫量が増えれば、市場の価格維持のために、せっかく増えた貴重な食糧を流通させずに廃棄しかねないのは予想済みだった。


 量が少ないものほど、希少価値をアピールすれば、高値で売り買いされるのを商人たちは、魔石のオークションの取引で、すでに知っている。


 農民たちと商人たちが利益を得るために考えて、食糧を生産しなくなったり、廃棄する前に、帝国が食糧の確保する。

 不作の年に、食糧が市場で値上がりしないように流通できるように保存しておく必要がある。豊作の年と不作の年は必ずある。常に作物が豊作というわけではない。


 エリザは、市場の食糧の相場を安定させ、豊作、不作は関係なく毎年同じぐらいの価格で売り買いできるようにしたい。


(そのための食糧保存庫として、ダンジョンを利用できるようにしておかないと、みんなにお金をばらまいてもややこしくなるだけ。そこを賢者マキシミリアンに相談して意見を聞いてみたいです)


 エルフェン帝国宰相エリザは、農作業の知識はない。

 転生前に、自分で野菜を栽培してみようとして、うっかり枯らしてしまったり、害虫が発生して鳥肌を立てながら廃棄したベランダでミニ菜園を作ろうとして失敗した経験がある。

 どうしたら栽培できるのか、あれこれネット検索して、土や栄養材、虫除けネットを上からかぶせてみたりしたが失敗した。

 自分で作物を栽培する手間を考えると、エリザは市場で食材を買ってきて自炊できる状況にしておきたい。


 帝国で女王陛下の次に裕福なはずの宰相に就任しても、エリザはその時に感じた困窮の空腹や無力感が忘れられない。

 それでも、転生前はひたすらゲームを続けて、孤独感をまぎらわせていたエリザだった。




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