第8話

「はーい、おつかれ~、これ、報酬の銀貨3枚。ねぇ、なんでそんな顔してるのよ、ちゃんと約束した報酬の半分だよ!」


 今日は、草むしりで1日が終わった。報酬は銀貨6枚。二人で朝から夕方まで行ったので、分け前は、彼女の約束通り銀貨3枚で合っている。


「……討伐」

「ん?」

「二人で取り分は山分け、あたしと組もうなんて言うから、ダンジョンに討伐に行くと思ったのに」

「え~、雑草をいっぱい討伐したじゃない!」


 果実酒をぐいっとあおって、褐色の肌の猫みたいな顔の彼女がニヤリと笑った。


 彼女はあまり見かけない褐色の肌で、体の線が以外とわかるぴっちりとした狩猟着を着ている。

 ただ、剣や弓を持ち歩いていないし、冒険者でも、モンスターの前に飛び出していくタイプではなさそうに見える。


「それ、食べないなら、ちょっとちょうだい!」


 ひょいっと手をのばして、唐揚げをつまんで頬ばっている。

 彼女の名前はミュール。

 帝都に到着して、夕方、食事をしていた時に声をかけられた。


「あのさ~、あんまりため息ついてると、口からコロンって、命が出てきちゃうって、あたしのばぁちゃんが言ってたよ」


 もう5杯目の果実酒を飲み終えたミュールは、放っておいたら今日の報酬を全部、飲み代に使ってしまうかもしれない。


「僕は宿屋に帰って寝るよ。今日は地味にきつかった」

「あっ、バトゥ、あたしも帰る」


 もう5日間滞在している宿屋の部屋に帰ると、酔ったミュールがベッドに飛び込むようにうつ伏せにバフッと寝そべる。

 そのまましばらくするとミュールは微笑したまま、すぅすぅと寝息を立て始めた。


(すぐ眠れるのは、うらやましい特技だ)


 大河バールの船着き場の村から4ヶ月かけて帝都へ来て、冒険者ギルドの場所がわからなかったから、とりあえず酒場で食事をしている時、ベッドを占領しているミュールに、パーティーを組まないかと誘われた。

 そのまま一緒に泊まったほうが安いと彼女に言われて、宿代も折半ということで話がついた。


「あたしは小鳥!」

「じゃあ、魚」


 彼女が銅貨をピシッと親指で弾いて、空中で回っているところをつかみ取り、手を開くと小鳥の刻印の表だった。


「じゃ、遠慮なく今夜はベッドを使わせてもらうね!」


 銅貨の表か裏を言い当てるだけの賭け遊び。

 実はこの時、彼女の使った偽銅貨は、削った二枚を貼り合わせて作られていて、小鳥の刻印の表しかないものだった。この時は、まったく気づかなかった。


「一緒に寝たかったら、あたしが寝たら、隣で寝てもいいよ」

「遠慮します」

「あっ、そういうこと言う。ふーん、ま、いいや、バトゥ、おやすみ!」


 それから、毎日、彼女はベッドで眠る。しかたなく、床に毛布を敷いて寝ている。

 旅の間は、焚き火の前で座って眠ってたから、それにくらべたら寝そべって眠れるのは、かなり体は疲れが取れる。そう思っていたけれど、実はちがっていたことがあとでわかった。


 冒険者ギルドに登録して、彼女と一緒に郊外や街の中で、ダンジョン探索ではない依頼ばかりをして10日間が過ぎた。


「え、ダンジョン閉鎖?」

「さて、バトゥ、今日も天気いいし、雨の日に休めるように、しっかり働きますか!」


 そう言う彼女に抱きつかれ、肩に顔を乗せられた。

 彼女が手に持って来た依頼の張り紙をちらっと見てみると【薬草採取】と書かれていた。


「これはいいよ、たくさん集められたら報酬が増えるし、めずらしいのを見つけたら、おまけで追加報酬もあるから」


 ダンジョン閉鎖じゃしょうがないよと、肩に袋をかついだ彼女が前を歩きながら言っていた。


(うーん、閉鎖になる前に一人でもダンジョン探索してみたほうが良かったのかな?)


 船着き場にいた冒険者は、パーティーで仲間と一緒に船に乗っていた。子供の頃は船が来るまで冒険者からダンジョンや旅の話を聞かせてもらっていた。

 渡し守りの両親は、小舟で旅をしている人たちを乗せて、1日に2回か3回は、がんばって船着き場を往復していた。


「船って、漕ぐの?」

「うん、二人で漕がないと進まないんだけど。大河バールは、波もあまりないから、慣れたら誰でもできるかも」


 二人がかりで集めまくった草の山から、薬草だけを取り分けて、袋に入れながら、そんなことを彼女に話していた。

 先日の草むしりで、地面からあまり力を使わずに草を抜くコツはわかっていたので、雑談するぐらいの余裕はある。


 夕方、薬草のつまった袋をかついで、ギルドまで運んだ。


「バトゥ、ほら、今日は銀貨6枚ずつになったよ!」


 ギルドの受付から報酬をミュールは銀貨で受け取ってきて、いつもと同じように、半分ずつに分けてくれた。


「うん、今日は草むしりの時より多かったね……って、なんかちがう気がする」

「お腹すいたね~、今日も元気にお酒がうまい!」


 ギルドの受付嬢アーヤは、ミュールが、なりたて冒険者のバトゥに満面の笑みを浮かべて話しかけているのを見て、かなりほっとしていた。


 ミュールは、双頭狼に右腕を喰いちぎられながらも討伐してダンジョンを脱出してきた。

 ドロップした魔石のギルド買い取りで得た報酬は、全額、その負傷の治療で消えた。

 彼女と同行していたパーティーメンバーの双子の女性たちは、双頭狼の犠牲になった。


 ミュールは仲間にもともと笑う顔を見せることがなかった。逆に同行していた二人の剣士はよく笑い、それなりに良い衣服や武器や防具を身につけていた。

 この二人の双子の剣士は、ミュールにだけは、どこか冷たい態度だった。

 ミュールは、南方のクフサールにいる褐色の肌の砂漠の民の血を継いでいる。

 それがめずらしかったらしく、また彼女はナイフ使いでかなり俊敏な動きができるので、二人の双子の剣士は、彼女を召し使いのように扱って連れ歩いていた。

 そんな扱いをされていても、ミュールは文句をつけることなく、双子の女性に従っていた。


(自分だけ助かって生還したけれど、もしかしたら、心のどこかでパーティーメンバーの裕福な双子の剣士たちのことを憎んでいていたせいで、双首狼から逃げ出そうとした二人を助けられなかったのかもしれない)


 双子の姉妹リリアとコリアに雇われ、彼女はパーティーメンバーとしてダンジョン探索に同行していた。

 帝都の苦労知らずの双子リリアとコリアは、ミュールにはどこかきらきらしているように思えた。


 けれど、彼女は事故の前も、その直後も、本当につらそうな表情をしていたのを、ギルド受付嬢アーヤは見ていた。


「あ、悪い、起こしちゃったね」


 目を覚ましたとき、床で仰向けに寝そべって眠っているあいだ、彼女がこっそり手のひらを腹部や左胸のあたりに乗せて回復魔法をかけてくれているところだった。


「指とか、草で切り傷ができていたのに、やたらと治りが早いなとは思ってたけど。ミュールが魔法で治療してくれてたんだね」

「んー、ばれたちゃったか~。ねぇ、バトゥ、毎日、あたしにベッドを譲って、無理してない?」


 バトゥが手をのばして、ミュールの頬を撫で「ありがとう」と言って、目を閉じると眠ってしまった。回復魔法だが眠気が強いのが欠点ではある。


 ミュールが微笑を浮かべながら撫でられた頬を伝う涙はそのままに、ぐっすりと眠り込んだバトゥの寝顔を、窓からの月明かりの下で見つめていた。




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