第6話

 ダンジョンの閉鎖を神聖教団の本部から、エルフ族の女王陛下エルネスティーヌと宰相エリザに申請される少し前に、物語の時計の針を少し戻そう。


 エルフの世界樹と大樹海や平原のエルフィン帝国から遠く離れた大陸北方の大山脈にある古都ハユウに、賢者と呼ばれる人物が、エルフ族の美しき貴婦人を連れて訪れた。


 賢者マキシミリアン。

 ゼルキス王国の公爵。彼の弟がゼルキス王国のゼルキス王レアンドロである。しかし、初老のレアンドロ王よりも、マキシミリアン公爵の方が歳上のはずなのに、中年男性だが、鍛えられた体つきをして顔立ちや肌も若々しさを維持している。


 大陸の大西部には、北のゼルキス王国と南のターレン王国という二つの王国がある。そのあいだの国境地帯のニアキス丘陵にあるダンジョンに、賢者マキシミリアンと、エルフの女王エリネスティーヌの姉であるセレスティーヌというエルフ族の絶世の美女が暮らしている。


 神聖教団から賢者の称号を与えられているマキシミリアンとエルフィーヌの夫妻が、ドワーフ族の細工師ロエルとエルフの王国にて【賢者の石】の生成に成功。

 マキシミリアンがニアキス丘陵のダンジョンにて【賢者の石】をダンジョンのモンスター生成機能を使い、世界樹の精霊族ドライアド――艶やかな緑色の髪と鮮やかな翡翠色ひすいいろの瞳の乙女に生成変化させた。

 この風の精霊族の乙女には、愛と豊穣の女神ラーナの化身である僧侶リーナの心が宿っている。


 蛇神ナーガが女神ラーナの化身の人間を探し出そうとして異界へ拉致する怪異に対抗した。

 女神ラーナの化身の宿命を持つ転生者の僧侶リーナを花嫁として自分の異界へ奪い去ることで、蛇神ナーガは世界の神に君臨して支配力を持つ。

 自意識だけは蛇神ナーガの異界から【蛇神の錫杖】というアイテムに融合してしまった女神ラーナの化身の僧侶の少女が、ニアキス丘陵のダンジョンへ逃げ出した。そのため女神の化身を求め、蛇神ナーガの異界の門が開きかけた。

 それを、夜の女王という別名を持つ魔剣ノクティスと契約している聖騎士ミレイユと、神聖騎士団の戦乙女たちは激闘の果てに、世界樹の霊力のおかげで、どうにか蛇神ナーガの異界の門を封じることに成功した。


 現在、この世界樹の風の精霊族ドライアドにして、女神ラーナの化身の乙女リーナが、エルフの王国で再び大陸に蛇神ナーガの異界の門が出現しないように、世界樹のそばで暮らし、エルフの王国の女王となって、世界樹に祈りを捧げ守護している。


 だからエルフの女王エリネスティーヌがエルフの王国を離れて、大樹海を中心とする平原地帯のエルフィン帝国で、才色兼備の美少女の宰相エリザを育成して君臨することができている。


 世界を滅亡の危機から救うことに大きく貢献した賢者マキシミリアンは、ダンジョンで生成されるモンスターでも、神話の時代に、古代エルフ族が駆逐した人間を餌とする蛇神ナーガの眷族の魔獣や魔族と、この勢力に対抗するため古代エルフ族が混沌の女神――夜の女王ノクティスと契約して生成した道具や武器などが生成変化したモンスターが存在する。

 魔石は魔獣卵と同様に、蛇神ナーガの異界へ人命や生気を奪う魔族や魔獣を発生させる事故を引き起こす危険があると、賢者マキシミリアンは神聖教団の大神官たちに警告した。


 また古代エルフ族が、歴史上の記録から姿を消したのは、古代エルフ族はもろい肉体を放棄して、思念体を魔石に宿らせようとした結果、失敗したとも考えられる。

 また神聖教団の教祖ヴァルハザードは、一度、群雄割拠の時代に平原の覇権を握ったが、不老不死を目指して魔石と肉体の融合による呪術による身体強化を行った結果、魔族化して神官たちに討伐された。

 その隠された歴史を、賢者マキシミリアンは知っている。

 神聖教団は教祖ヴァルハザードを滅ぼしてからは、初めから神聖教団は愛と豊穣の女神ラーナを信仰する教義の教団であるように事実を隠して各地へ布教活動をしていった。そして、古代エルフ族の遺産であるダンジョンを発見していった。

 

 【聖戦シャングリ・ラ】の世界には肉欲の神である蛇神ナーガ、愛と豊穣の女神ラーナ、そして、恋愛と嫉妬の女神で、夜の女王ノクティスがいる。


 美少女の姿をミレイユの夢の中ではあらわす女神ノクティスは、マキシミリアンの一人娘のミレイユが聖騎士の試練で漆黒のドラコンと対峙落命しかけた時に命を救うため、ミレイユの命と融合して契約した。生還したミレイユは、この世界でただ一人の聖騎士の称号を得た。現在は女神ノクティスは魔剣に姿を変えて、ミレイユのそばにいる。

 聖騎士ミレイユは、女神ノクティスの加護により驚異の回復力や戦闘力を得た。

 その代償のように、子供を孕むことができない。

 また強い魔力を持ったので、エルフ族のように老化はきわめて遅い。二十代後半のままの豪奢な金髪とその美貌は、女神ノクティスに加護され続ける限り、死ぬまで変わらないかもしれない。

 賢者マキシミリアンも生まれつき魔力が強いために、身体の老化が遅い特徴があるが、ミレイユが女神ノクティスに依代に選ばれ愛されたのは、母親のエルフ族のセレスティーヌも魔力が強いため、女神の依代として適合したからだとも考えられる。


「魔石に蓄積された魔力は、過去にダンジョンで命を奪われ、吸収されたもの。これは再利用という意味では無駄ではないかもしれない。しかし、魔石や魔獣卵をうかつに呪術に使えば、人は魔族化する。よって、魔石を発生させるモンスター生成の機能を、大陸の全てのダンジョンから、削除することにした」


 賢者マキシミリアンが、ニアキス丘陵のダンジョンで愛するエルフの妻セレスティーヌと暮らしていられる理由は、マキシミリアンが自分がマスターであるダンジョンでは、討伐すると魔石をドロップする獰猛どうもうな魔獣の生成する機能を制御していたからであった。


「この世界に存在する全てのダンジョンから、古代エルフ族の遺産であるアイテムから生成されたモンスター以外は、蛇神ナーガの眷族のモンスターとその犠牲者の命の魔力の結晶の魔石は出現しなくなる。魔力はダンジョンに蓄積されている。だから、ダンジョンそのものは消滅しない」


 賢者マキシミリアンとエルフ族の姫君だった絶世の美女セレスティーヌが、瞬間移動して古都ハユウにやって来ることがたやすくできたのは、ニアキス丘陵のダンジョンには、賢者マキシミリアンがすみ始めるずっと前から、ニアキス丘陵のダンジョンには、ミミック娘が存在して、機能の制御をしていた。

 

 モンスター娘の【ミミック】。

 ふたの開いた宝箱から女性の腰から上の姿が生えているような美人なモンスター娘で、宝箱にこもって、眠っていてさぼっているのか、ダンジョンと同調して管理制御しているのか、見た目からはわからないのが特徴。ニアキス丘陵のダンジョンで、マキシミリアンのサポートをしている。


 今は、賢者マキシミリアンがダンジョンのマスターとなり、ミミック娘のサポートの協力もあり、ダンジョンに蓄積された魔力で瞬間移動できる魔法陣を作動させたり、古代エルフ族の遺物であるアイテムを発見して、他のモンスター娘たちも生成して復活させている。


 その技術を応用してマキシミリアンは【賢者の石】から、愛と豊穣の女神ラーナの化身の少女リーナの心が宿っている世界樹の精霊族のモンスター娘を生成して、蛇神ナーガに彼女の心が虐げられて滅ぼされるのを、命がけで阻止した。


 ダンジョンでマキシミリアンが発見した少女の自意識の融合したアイテム【蛇神の錫杖】を、ドワーフ族の細工師ロエルという女性に協力してもらい【賢者の石】に錬成し直す必要があった。

 もしも【蛇神の錫杖】のまま生成変化させてしまうと、僧侶リーナの心は消滅して、蛇神の女王ラミアが生成されるとマキシミリアンは、ミミック娘が検索したダンジョンの秘められた知識から判断したからである。

 虐げられた女性たちの恨みは、蛇神ナーガの伴侶の女王ラミアとして、人間の男性を呪い殺す魔獣となると、神聖教団の語り継がれてきた神話では伝えられている。

 ニアキス丘陵のダンジョンの魔力を活用して七色に変化するの魔石【賢者の石】を風の精霊族ドライアドに、少女リーナの自意識を保ったまま生成変化させた。


 愛と豊穣の女神ラーナは、人の姿で何度も転生し続けて、愛すべき加護する者たちと一緒に人として同じ世界を生き続ける。


 他のダンジョンでは、魔石となってダンジョンの本来は蓄積されている蛇神ナーガを鎮めるための魔力が流出していたともいえる。

 そのためダンジョンを制御するためのモンスター娘を生成するアイテムすら、他のダンジョンでは出現しない。


 そして、賢者マキシミリアンは再び蛇神ナーガの追放されている異界へ通じるゲートを発生させないように何ができるかを考え、全てのダンジョンやその周辺の影響する領域に、ニアキス丘陵のダンジョンから干渉して、魔石をドロップするモンスターを生成する機能を削除したことを、神聖教団の神官たちに知らせに来たのだった。


「それでは、魔石の魔力を使っている民衆は、今後、エルフ族の伝えた魔法の技術を使うことができなくなるのでは?」

「ダンジョンの魔力が枯渇して、鎮めの力を失ったとしたら、大陸各地でゼルキス王国とターレン王国の国境地域で起きたように、蛇神ナーガの異界の門が発生する危険がある。もしも人は女神ラーナの加護を放棄すれば、魔族に変化する者と、餌にされる者に分かれて共喰いを始めると予想できる。それは、神聖教団のあなたたちの方が詳しいはずだ。だから、せめて、これ以上、ダンジョンの魔力を失わせるわけにはいかない」


 賢者マキシミリアンは、いにしえの神々は、世界に生きる人の心に影響されてその力を失うこともあれば、奇跡のような加護を与えることがあると考えている。

 

(人の心が、悲しみや憎しみ、狂暴さや衝動的な欲情などにとらわれることが増えるほど、蛇神ナーガの怪異は追放された世界から抜け出すために、何度でも人の命の生贄を求め、大きな惨事を引き起こす)


 悪あがきかもしれないが、そうなった時のために、人間が絶滅しないようにするには大陸各地のダンジョンの魔力は、対抗手段としてできるだけ温存しておきたい。

 神聖教団の幹部の大神官たちに説明しながら、賢者マキシミリアンが本当は何を感じているかを、エルフ族の妻セレスティーヌは気づいている。


 賢者マキシミリアンは、人を滅ぼす本当の敵は、いにしえの神々や、獰猛どうもう魔獣モンスターではなく、人の持つ生存本能と、自分が生きるためになら他人を犠牲にして淘汰しようとする気持ちだと感じている。


 こうして、ダンジョンマスターの賢者マキシミリアンによって、この大陸のダンジョンから、蛇神ナーガの眷族のモンスターは生成されなくなった。

 そして、ドロップ品としての魔石はダンジョンから失われた。


 神聖教団の神官たちが、それでもダンジョンを訪れて調査していたのは、多くの冒険者の死のあった魔力の満ちた忌み地で、蛇神信仰の知識を中途半端に持つ呪術師が、蓄積されたダンジョンの魔力を利用しよう企んだりしていないかを警戒していたからだった。

 



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