第4話

(平民の私を王宮の舞踏会に?)


 大酒場の若き女主人にして、情報屋のリーサは、身なりの良い中年の紳士――執事のトービスから夜会への招待状、それも、女王陛下に寵愛されし才色兼備の美少女宰相のエリザからの招待の申し出の証を受け取らないわけにはいかなかった。

 リーサがこの申し出を断れば、執事のトービスは面目丸つぶれになる。最悪、罷免ひめんされかねない。

 さらに、帝国の宰相を贔屓ひいきにしている貴族たちから無礼者に制裁を下すため、リーサの大酒場に対して、どんな嫌がらせをされるものか、わかったものではない。

 帝都で情報屋の商売を繁盛させ続けるには、他の商人たちとの協力関係は欠かせない。しかし、商人たちは貴族との儲けの大きな取引を成功させることをリーサとの協力関係を天秤にかければ、貴族側に協力するだろう。


(宰相の小娘を場違いなところに呼び出して、交渉を有利に進めるつもりだったのに。噂通りの策師っぷりだわ)


 宰相エリザには悪意はない。自分が庶民のたまり場の大酒場に行けば、客たちが遠慮してしまう。かといって、メイドコスプレしたとしても、王宮でエリザの容姿や顔立ちを見知った者がお忍びで来ていて、それが宰相エリザを女王陛下にうまく取り入った若い牝狐とやっかむ貴族であれば、エリザの醜耳スキャンダルをでっち上げて広めるかもしれない。

 宰相エリザは、隠れキャラの情報屋のリーサに会ってみたいという気持ちにしたがって行動しただけである。


 ブーツにスッキリとした純白の制服の男装、それも腰にサーベルを装着して、長い黒髪をポニーテールに結んで舞踏会のホールに現れた見慣れない美人に、貴族たちは見とれつつ、声をかけることはなく、あれは誰かしらとひそひそと囁きを交わして、彼女の歩みを遮ることはなかった。

 舞踏会は貴族たちの社交場にして、仮面で顔を隠し、一夜の恋に酔いしれる華やかな場である。


 遠い異国の騎士団の軍服を模したデザインの衣装を入手した。

 また腰に装着しているサーベルは【電光のレイピア】で、普通の魔力が付与されてない剣とその刀身がふれた瞬間に、相手は手の鋭い痛みのあと、しばらく痺れで剣を落として握れなくなる効果がある。

 男装の麗人は、仮面で顔を隠していない。それは名前や地位を隠して、一夜限りの恋に遊ぶつもりはないという意思表示である。


(あれは、ダンジョン潜入のイベントのバージョンだわ。ああ、すごくカッコいい!)


 もう一人、仮面をつけずに一段高い位置で豪華な装飾の椅子に、淡い紫のすみれの色のドレス姿で腰を下ろしていた宰相エリザが立ち上がった。

 男装の麗人――情報屋のリーサが、ゆっくりと近づいてくるのをエリザは待っていた。


 情報屋のリーサは、宰相エリザの前に進み出る。貴族の貴婦人や令嬢たちは、緊張したまま黙り込み、ただ見つめているばかり。

 男装の麗人が、宰相エリザに狼藉ろうぜきを働くかもしれないと想像して緊張していている。

 しかし、エリザを助けるためになりふりかまわず二人に近づく者は誰もいない。


 情報屋のリーサはその場で片膝をついて、頭を下げ、宰相エリザの顔や目を見ないようにして、挨拶の口上を述べた。


「今宵は夜会へお招きいただき、卑近ひきんなる身の上でありながら、参上つかまつりましてございます。無粋であるのは承知の上で、私の覚悟をご覧いただくために、かような出で立ちで、ここに参上致しましたことをご容赦願います」

「今宵の月や星のように美しく、なんと凛々しくある姿でしょう。お会いできて光栄に思います。今宵は私のためだけの騎士となり、私をお護り下さいますか?」

「はい、お望みであれば千夜であれ、月に星があるように仕えさせていただきましょう」


 執事のトービスが、リーサの手を取り、宰相エリザが立ち上がらせたタイミングで、楽団に演奏を再開するように合図した。

 歓声とうっとりとしたようなため息と拍手に音楽が重なり流れ始めた。


 舞踏会に来ていた貴族の貴婦人や令嬢たちは、男装の麗人が普段は下に見ている平民ではなく、噂に名高い女騎士を宰相エリザが招致したと思い込んだ。


 モンスターが消失し、そして戦争は遠い昔話のようにしか想像せずに暮らしている貴婦人や令嬢たちは、ただ男装の麗人――商人たちからは、女たらしと悪名で影口を叩かれもする平民の情報屋のリーサだとは気づかずに、興味を抱き、話しかけてもらえないかしらと、期待している者ばかりであった。


 ただし、宰相エリザの御学友の貴族令嬢カレンだけは、その華やかな場にいることに耐えきれずに逃げ出すように立ち去った。

 一人だけ涙を流している姿を、周囲の貴族の貴婦人や令嬢たちに気づかれたくなかった。


 情報屋のリーサは舞踏会で宰相エリザと小声で歓談するふりをして、情報を漏洩しないかわりに、神聖教団の者を使ってリーサを暗殺しようとしたり、今回の件で店に嫌がらせをされたら便宜をはかってもらいたいこと、そして事業への資金提供をちゃっかり頼んでいた。


 舞踏会は深夜12時まで続く。だがその前に、宰相エリザが立ち去ると、情報屋リーサも熱い目線に見送られながら、微笑を浮かべつつホールから出た。

 

王宮の庭園では、執事のトービスが待っていた。


「お疲れ様でした」

「執事さん、馬車で今すぐ私を送って欲しい!」


 すごい剣幕で、がっと肩をつかまれ、執事のトービスが身をかたくして驚きを隠せずにいた。


 舞踏会の参加者の中に、令嬢カレンがいて、うらめしそうに見つめていたのを情報屋リーサは無視して、女騎士になりきる芝居を打った。


(舞踏会のあとで、いつも密会に使う安宿にカレンが、今夜も来てくれていて、おとなしく待っていてくれていればいいけれど)


 情報屋のリーサは、男装の女騎士の正体を令嬢カレンに言いふらしたりしないように言いくるめておかなければならない。

 宰相エリザとの商売のつながりができなそうな感じは良かった。しかし、令嬢カレンが言いふらしたら、宰相エリザの面目をつぶすことになる。

 そうなれば、極秘調査を見られた神聖教団が雇った暗殺者から、リーサは賞金首として狙われかねない。


(私としたことが、迂闊だった。まったく、知ってはいけないことを知ってしまった。もう、こうなったら、やれることはやっておかないと安心して眠れやしない!)




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