第2話

 あそこのダンジョンには、どんなモンスターが出現するという情報は、実際に探索を行った冒険者からしか得られない情報。

 通路や部屋の配置は変化しても危険度やモンスターによってドロップアイテムが異なるために、売り買いされる情報だった。


 冒険者向けの情報を収集していて、ギルドには無所属の個人で活動していた情報屋がいた。


(ダンジョンからモンスターが消えたのは確認できたわ。冒険者はもうダンジョン探索で、ぼろ儲けはできない)


 神聖教団の調査団から危うく殺されかけた情報屋は、帝都の酒場へ戻ってきてため息をついた。

 

 情報屋のリーサ。

 彼女の本業は、帝都の酒場の女主人。冒険者が多く来店するために、彼女に伝言を頼む冒険者たちがいた。

 ダンジョンのモンスター情報や冒険者のパーティーの友好関係など、冒険者ギルドで依頼を受けているだけではわからない情報を彼女は集め、情報を取引していた。

 

 神聖教団の調査団がダンジョンに来ていたということは、ダンジョンからモンスターが消えたという事態を冒険者ギルドも把握していて、冒険者たちに混乱を避けるために、ダンジョンを閉鎖して時間稼ぎをしている。


(さて、この情報、誰が買ってくれるかしら?)


 宰相エリザは、神聖教団の調査団からの情報から冒険者たちのあいだで、モンスター消失の噂が流れたと判断していた。


 神聖教団の神官と助手の僧侶たちから、装着すると一定時間、周囲の人から気配と姿を感じにくくして、見えずらくする【隠れ身のマント】を火炎呪の炎で焼かれながら、モンスターに遭遇した時に身代わりになる【護身の腕輪】も破壊され、命がけで逃げおおせて入手した情報。その情報を無料で酒場に来た冒険者たちに流すだけなら、簡単で、リーサ自身にも危険はない。


 自分も客の冒険者から噂を聞いただけだと、たとえ捕えられて追及されたとしても、彼女はしらを切り通す自信がある。


(もしも、この情報が流されたら困るのは……冒険者ギルド……いや、むしろ、魔石を冒険者ギルドが商人に手放すとき、これが最後の魔石と高値に吊り上げて取引するなら、この情報は派手に流されたいはず……そうしないということは、もっと上からの圧力がかかっているということね)


 情報屋リーサは、この情報をまだ冒険者ギルドは曖昧にしか把握していないと判断した。

 今回使用した【呪符】【隠れ身のマント】【護身の腕輪】のレンタル費用、および破損したので商人に弁償した。その時、商人たちが扱う魔石のレートは変わっていないとわかった。

 魔力を付与した特殊なアイテムを作るために使われる魔石のレートが値上がりしていたら、金額は顔馴染みでも、もっと高額だったはずである。

 商人たちはリーサに金を払ってもらえれば、アイテムが破損してしまっていても、余計な詮索もしないし、文句も言わない。厄介事に首をつっこまないように警戒しているからだ。


 誰にこの情報を買い取ってもらうか、情報屋リーサは考えた。


 ・冒険者ギルドのトップ

 ・顔馴染みの商人たち

 ・宰相エリザ


 この中で一番、金を気前良く払いそうなのは、宰相の小娘ちゃんだと判断した。


 とはいえ、直接、王宮暮らしの宰相エリザと平民のリーサが面会するのは難しい。

 それに、ダンジョンで容赦なく殺しにかかってきた神聖教団の連中にダンジョンの調査を依頼したのが、宰相エリザなら、直接会って交渉するのは、危険かもしれない。宰相エリザが、もし情報が漏洩する可能性があるなら、目撃者を殺してもかまわないと指示を出していたら……。


 分け前は折半になっても、ただ冒険者ギルドや商人たちに情報を流すよりもおもしろそうだと、宰相エリザの御学友の貴族令嬢カレンを、この一件に巻き込むことにした。


「……エリザ様ですか?」

「そう。なんとか手紙を手渡しできないかしら?」


 情報屋リーサと密会した貴族令嬢はすぐに承諾してくれない。

 リーサが手紙を渡したいという宰相エリザは、才色兼備の美少女である。リーサが宰相エリザに惚れて、カレンはリーサが自分を捨てる気なのかと誤解した。

 一晩中、リーサにたっぷり可愛がられ、さらに冒険者ギルドのダンジョン封鎖に関する情報を、宰相エリザに伝えておきたい情報がある、これは仕事の手紙だと説明された貴族令嬢は、リーサの頼みを断りきれなかった。


(何か危ないことをしてるのかしら。商売熱心なのはかまわないですけど、心配ですわ)


 不安げな表情になっている貴族令嬢カレンに、リーサは艶かしい微笑を浮かべると、愛撫とキスを繰り返しとろけさせてしまう。


 情報屋のリーサは、女たらしという悪名が商人たちのあいだでは囁かれることがある。


 貴族令嬢がすっかり疲れ果て眠り込むと、リーサはそっとベッドから抜け出し、貴族令嬢との密会に使った安宿から、夜明けがくる前に立ち去った。

 翌朝、貴族令嬢カレンが目を覚ますと胸元の開いたドレスを着ても目立たない乳房のあたりに小さなキスマークと、宰相エリザへの手紙が残されていた。


 情報屋のリーサからあずかった手紙を持参して、貴族令嬢が訪ねてきたので、宰相エリザ様もお年頃ですなと、執事や侍女たちが噂していた。

 

(権力者がたくさんの愛人をはべらせていなければ恥ずかしいなんて、この貴族の世界の常識は、まちがってますから!)


 宰相エリザはそう思いながら、執事や侍女たちのひそひそ話を無視して、来客に会うことにした。 

 権力者の財力や特権を私利私欲のために使うのではなく、身も心も捧げてくれた相手には協力したり、援助をするのが、貴族のたしなみという考え方がある。

 また、身分の高い人物と親しい間柄ということで、嫌なことから逃れられることもあるというのも貴族の世界ではよくあることなのだった。

 こちらに転生してきて、まだまだ貴族の世界の常識に馴染めていない宰相エリザなのだった。


 以前のエリザは、人前であまり笑顔を見せることがなかった。

 女王陛下にしか笑顔は見せたりしないと周囲の貴族の中には、陰口をたたく者までいたほどだ。

 人みしりで、人づきあいが苦手だっただけなのだが、才色兼備のエリザは、妬む貴族たちからはひどく誤解されがちな少女だった。


「なるほど、手紙を届けてくれてありがとうございました」

「いえ、し、失礼致しました」


 明らかに宰相エリザににっこりと微笑されて、動揺しなから同じ年頃の貴族令嬢カレンは、情報屋のリーサから頼まれた用事を済ますと、そそくさと王宮から立ち去った。


 夜会でも宰相エリザに挨拶を交わしただけで、他の貴族たちからちやほやされるほどである。

 貴族令嬢は、面会を申し入れても断られると思っていたのに、面会できたことも、まして笑顔で話しかけられ、緊張しすぎていて、邸宅へ帰ってきてから、宰相エリザに対して失礼があったのではないかと不安になったりしていた。

 

 貴族令嬢は、情報屋のリーサから渡された手紙を、とても内容が気になっていたが勝手に開封して読んだりはしなかった。

 もしも、彼女が手紙の内容を読んでいて、ダンジョンからモンスターが消えたことを親に話していたら、彼女の親や一族は、魔石か魔石を使って作られるアイテムなどを収集して、ひと儲けを考えていたかもしれない。エリザの御学友の貴族令嬢や、その一族は儲け話をつかみそこねた。

 情報屋リーサは、貴族令嬢カレンが手紙をこっそりのぞき、情報を漏洩するとふんでいた。


(ダンジョンに侵入して調査団に見つかったのは、このリーサという人だったのですね)


 冒険者に関わるいろいろな仕事をしている人たちがいる。モンスター消失は、そうした人たちにも経済的に大きな影響があると、宰相エリザはこの手紙を読んで、深いため息をついた。




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