第1話
毎月、銅貨30枚を支給すると告知しても、1日あたり銅貨1枚じゃ、酒場で果実酒一杯も飲めやしねぇよと、もらっておいて文句をつける民衆はいて、ダンジョン探索の収入で暮らしていた冒険者たちの不満に火に油を注ぐようなものなのはわかりきっている。
果実酒1杯あたり、銅貨4枚~5枚が相場の金額である。
銅貨を金貨に錬金術で変える作業を今よりも早めなければならないと、宰相エリザは感じている。
ダンジョン探索のあとの食事と果実酒の1杯が格別なのは、モンスターとの戦闘で最悪の場合、生還できずにダンジョンに吸収されて、髪の毛一本残さずに消え去る可能性があるからだった。
所持品や衣服は、次にやってきた探索者が回収できる場合があるが、ダンジョン内で亡くなってしまった瞬間に、パシュっと音を立て、遺体は消滅してしまう。
ダンジョンの階層といっても階段があるわけでない。石扉にふれて、一瞬だけ意識が途切れる。石扉にふれる時は、思わず目を閉じる者は多い。目を開くと次の階層の迷宮が続いている。目を開いておいても一瞬だけ暗さを感じるのは変わらない。だが、目を開いておくほうが、すぐに通路の先を見ることができる。
ダンジョンの壁が淡い青白い仄かな光を放ち、石扉にふれると次の階層へ人を運ぶのは亡くなった探索者の肉体を吸収して得た魔力が使われていると言われている。
階層と呼ばれるのは、先へ進むほど威圧感を感じるからだ。
うかつに先へ進みすぎれば、一歩踏み出すたびに疲労感を感じて動けなくなってしまう者もいる。
異界とダンジョンは呼ばれることがある。探索を終えて外へ生還すると、かなりの空腹感や倦怠感を感じるものなのだ。
ダンジョンには、古代エルフ族が地上から駆逐したモンスターの情報が記録されていて、ダンジョン内で徘徊している。
神話では地上からモンスターは駆逐できたが、蛇神ナーガは人間の男性の性欲の神でもあるので、滅ぼせず追放されたという。
探索者がモンスターを退治すると、バシュっと音を立て消えてしまうが、ドロップ品が残されることがある。
酒場で密売されているダンジョンの地図はあてにならない。通路や部屋は行くたびに変わってしまう。
ダンジョンが発生する理由は、よくわかっていない。そして、突然消滅することもある。
しかし、ダンジョンで獲得できる魔力の結晶の魔石を、地上で作り出す技術は伝えられていない。
ダンジョンにモンスターが出現しなくなったにも関わらず、ダンジョンが残されているのは、どんな意味があるのか?
帝都へ神聖教団の本部がある北方の山岳の古都ハユウから、神官と助手の僧侶の調査団が、近隣の地域をふくめた調査のために訪れている。
宰相エリザは、調査団のリーダーの神官と面会し、ダンジョンをどうするべきか、調査を行った神官たちの意見を聞いてみた。
モンスターは出現しないが、威圧感や倦怠感、通路や部屋の自動生成は変わらない。危険はあるので立入禁止にするほうが無難。
ダンジョン内で、冒険者のパーティーがモンスターが出現するのを期待して、ギルドからの依頼ではなく侵入していたところを、調査団は見かけていた。
神聖教団の調査団なので、侵入者を捕縛もできる実力があるはずなのに、頼まれた仕事しかしてくれない。
どうやら、階層転移の魔法の石扉からダンジョンに侵入と離脱を冒険者たちは呪符のようなアイテムを使い行っているらしい。
空間転移の魔法陣を使い調査団は、神聖教団の本部がある大陸北方の山奥から帝都まで行き来している。
瞬間移動の魔法は神聖教団で使われている。モンスターが地上に出現すると、各地の魔法陣の設置された都へ派遣された人材が派遣されてくる。
ダンジョンの正規の出入口は洞窟っぽいのだが、冒険者ギルドの見張りの番人が立っている。
ギルドの依頼を受けずに、ダンジョンの探索をすることは禁じられている。
たとえばダンジョンに住み込みしようとする冒険者に警告して追い返したり、離脱してきた冒険者が疲労困憊していて、その場でポーションを服用させるなどの応急処置が必要な場合には、門番が対応する。
どうやら、正規の出入り口を使わずダンジョンに侵入したり、調査団を見かけて逃げ出したりしている冒険者がいるらしいことが、調査のついでに判明した。
(不法侵入者から罰金を徴収……というわけにはいかなそうです。侵入しても、ダンジョン内にモンスターが以前のように出現しなくなったことは、すでに噂になっているでしょう。半年後に給付するつもりでしたが、時期を早める必要がありそうです)
瞬間移動の魔法に失敗して、大陸の僻地や海上などに転移してしまった事例は、神聖教団の記録には残されている。また古くは群雄割拠の時代に、罪人の流刑の方法として使用された歴史もある。
「ダンジョンの石扉に貼られた呪符は回収することができました。しかし、脱出用の呪符とおそらく侵入用の呪符は、連携して使われているものと思われますが、どこから侵入したものかは、残念ながらわかりませんでした」
ダンジョンへ侵入した場所へ無事に脱出できているのかは、保証できない。神聖教団の神官はそう言っている。ダンジョンについては、わかっていないことが多い。
「この手のアイテムは、取り締まっても新しいものが使われるので困っものです」
宰相エリザはそう言って、肩をすくめた。ダンジョンへ侵入できるのなら、王宮にも侵入可能なのかを、神官たちに確認してみた。
「女王陛下の結界に、呪符で侵入しようとすれば、おそろしいことになるでしょう」
宰相エリザはそれ以上、侵入者がどんなおそろしいことになるのかを詳しく聞くのを止めた。
神官の生真面目そうな中年女性は、とても話したそうな微笑を浮かべていたけれど。
今のところ、ダンジョンにモンスターが出現しなくなった原因はわからなかったようだ。
宰相エリザは、ダンジョンを再利用できないかと考えている。しかし、侵入すると疲労困憊してしまうのでは、使い道はすぐに見つからない。
倉庫にしたとして、広さは充分だとしても、簡単に侵入されるようなら、あっさり持ち逃げされるだろう。
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