第2話 來山 大智 25歳

 高校は地元の有名な進学校だった。

 だから、俺の進路を聞いた担任は「冗談言ってないで真面目に自分の将来を考えろ」と言った。

 高校を出てすぐ、トリマーの養成学校に入った。専門学校に入る手もあったけど、すぐに働きたかった俺にとって2年間という時間は長すぎる。とにかく、手に職をつけて早く働きたかった。


 高校を出たら、一人で生きていくと決めていた。


 家を出たいなら遠くの大学に行く手もある。実際、両親からはそう提案もされていた。だが、それではダメだ。一刻も早く、両親の手の届かない所で、一人になりたかった。

 特に家柄が良い訳ではない。普通のサラリーマン家庭。4歳下に妹が居る。

 傍から見ればごく一般的で幸せそうな家庭だったと思う。そう見えるように努力していたから。

 でも、偽りの家族の中に居る息苦しさに、俺はもう耐えることができなかった。


 自分は女性に興味が無いと気づいたのは中学生の頃だったと思う。自分は男が好きなのか、と愕然とした。

 一生一人で抱えて生きていくつもりだった。だけど、偶然見つけたブログで、両親に打ち明けて受け入れられた話を読み、思い切って母に話してみた。

 俯いたまま話をして、恐る恐る顔を上げた。憐れんでいるだろうか。悲しんでいるだろうか。それとも、受け入れてくれるのだろうか。


 母の顔には何の感情も浮かんでいなかった。


 その夜、母は父と大声で怒鳴りあっていた。怖がる妹を部屋に連れて行き、眠るまで側に居た。

 妹が眠ってからリビングに戻る頃には、2人の声もトーンダウンしていた。母は泣いているようだった。


「なんで私があの女の分まで背負わなくちゃいけないの!」


 あの女、って誰だろう。何を背負うと言うのだろう。


「あの子は私への呪いなのよ。あの女が私を羨んで……」


 呪い? 自分が?


「あなたにとっては血のつながった息子でしょうけど、私にとっては赤の他人も同然。しかも、あの女が産んだ子よ? 今日まで育ててきたことを、むしろもっと感謝してくれてもいいと思うけど!」


 これ以上、聞いてはいけない。リビングの扉の前から離れて、足音を忍ばせて部屋に戻った。

 布団の中でいくら目を閉じても、眠ることなどできなかった。



 どうしてトリマーかと言われると、特にこだわりがあった訳ではない。昔飼っていたプードルが人懐こくて利口だったからかもしれない。スクールが家から近くて、できるだけ勉強以外の時間をアルバイトに充てられるからだったかもしれない。

 学費ぐらい出すと言った父に、その金は妹に使ってやって欲しいと言ったら、酷く悲しそうな顔をした。

 大学ぐらい行けとヒステリックに怒った母も、就職先が決まって家を出ることになったと伝えると「寂しくなるわね」と言いながらもホッとした様子だった。

 順調に進学していれば、妹も就職活動でソワソワし始める頃に違いない。あれから連絡を絶っているから、知る由も無いが。


 就職先は地元のペットショップになった。ホームセンターにテナントとして入っているので、店舗数も多い。

 トリマーの資格を持っているから時々トリミングにも入るが、偏らず全ての動物に目を配り、店舗の運営にも興味はあった。

 若い従業員が多い社内でテナントの運営を任されるようになるまで、さほど時間はかからなかった。

 今は郊外のホームセンターに入るテナントを任されている。

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