探し屋と常勝無敗の武神 中編

話はこうだった。

まずサミリフとセシーラはこの街最大の傭兵団に所属する者だという。そしてその傭兵団の団長を務めるクレマという女性が行方を晦ませている。その情報は現在は傭兵団の中で内密にされているらしい。クレマは団長の地位に相応しい実力を持つ人物らしく、力強い体術や、美しさを感じさせるほどの剣技に加え、指揮能力も非常に高い。最強の呼び声も納得の優れた戦士だ。その最強たる所以は決闘の戦績に現れていると彼らは言う。クレマはいかなる決闘であろうとも決して逃げず受けて立ち、そして一切の敗北なく勝利を続けてきた。その数は近く四桁を見据えるとサミリフは興奮した様子で話す。そのことから、この街ではクレマは「常勝無敗の武神」と敬意を持って呼ばれていると、恍惚とした表情でセシーラは語った。


◇◇◇


「では早速ですが、クレマさんを探します」

「え?今からですか?」

「はい。今からです。どちらかこのあたりの地図はありますか」

「えっと、これでいいですか」

探し屋はセシーラから地図を受け取る。

そして目をそっと閉じ能力を使用する。


探し屋。

其の人物はありとあらゆるものを探し当てる。

それはまさに奇跡が織り成す力。


この世界には極稀に特別な才能を持って生を受ける者がいる。彼らの持つ特別な才能は、人より運動が得意だとか、勉強ができるだとか、そういった人が持つ基本能力の延長線上にあるものではない。原理など到底解明できない特別な能力。探し屋の持つ能力もそれに当たる。尤も、情報伝達があまり発達していないこの世界では、そういった特別な能力を持つ人物たちを実際に目にしない人間のほうが多く、そういった者たちからは眉唾もの、想像上のお話であると認識されることが多い。

しかし探し屋がそうであるように、特別な能力とそれを持つ人物は実在している。


探し屋が持つ特別な能力は、発動すると主に二つのパターンに分かれる。

一つ目は明確に"わかる"場合。これはサーチ対象が存在する場所等を探し屋が認知していなくとも、はっきりと見通し、そして理解できるパターンだ。例えば落とし物を探す際にこのパターンに当たると、どの場所にあるかはもちろん、どのような形で落ちているか等の細部の情報まで判明する。つまりは発動した時点で確実に探し当てることができるということだ。このパターンは探しているものの存在の"価値"が優れている場合が多い。


二つ目は光景が"見える"場合。これはサーチ対象が存在する場所の光景が見えるが、一方でその光景に当たる場所等を探し屋が認知していない場合は、ただ存在する場所が見えるだけのため、その時点では発見することはできない。そのため探し屋自身が足を運びマッピング、見えた光景に重なる光景を見つけなければサーチ対象を発見できない。しかしこのパターンは探しているものの存在の"価値"が優れていない場合が多く、そもそも探し屋が引き受けるほどの依頼にそのレベルの価値のものは含まれないことが多いため、滅多なことがない限りは起こり得ない。


そして今回のサーチ対象、常勝無敗の武神と称される傭兵団団長クレマは予想通り前者のパターンだった。


「"わかりました"。団長のクレマさんはこの街の北西部の森林の奥深くにお一人でいらっしゃるようです。外傷等はないようですので、健康状態の問題はないと思われます。拘束されている様子でもありませんので、何者かに拐かされた線もないでしょう。恐らくはご自分でこちらに向かわれたのだと思われます」

探し屋はそう言って、先程受け取った地図に星印をつけた。


「…え?」

サミリフは目の前で起きた一連の出来事が理解できず、情けない声を漏らす。セシーラに至っては驚きの表情で固まっていた。


「いえ、ですから、クレマさんは北西部の」

「そういうことじゃなくて!…なぜわかるんだ!?」

サミリフが探し屋の言葉を遮り疑問を呈す。


「そういう体質なので、としか」

「も、もしかして探し屋さんって特異者ユニーカーなんですか?」

「そう呼ばれることも、ありますね」

「うそ、本当に実在していたんだ…」

セシーラの推測を肯定する探し屋。


「…なるほど。先程は驚きのあまり声を荒げてしまいます失礼しました。正直、心の底では未だ信じきれてはいませんが、信じます。ここに団長はいらっしゃるんですね?」

「はい。間違いありません」

「しかし、この場所は」

少し不安げな声色のセシーラ。それに頷いたサミリフはこう続ける。


「そうだな。この北西の森林のあたりは野盗の多い地域。だから今日は準備に徹して明日出発しよう。距離は然程ないから、早朝に街を出れば日が落ちる前には団長と共に帰ってこれるだろう」

「だね。では探し屋様。明日の早朝、宿にお迎えにあがります」

「はい。………え?私も行くんですか?」

「そりゃあそうですよ。3は後払いと言えども、2は先に支払うんです。私たちは探し屋様を信頼していますが、万が一のことがあれば…ね。2は我々にとっては安くありませんから」

「それにもし団長が移動なされた場合、探し屋様がいなければ見つけられない可能性があります。是非ご同行を」

「えっとあの、野盗がいるのなら私は足手まといになると思いますよ。戦闘能力はノミ程度にしかありませんので」

「大丈夫ですよ。我々はこう見えても傭兵団の中ではかなり評価が高いですから」

「そうです。ですから代表としてお願いに参ったのですよ」

「はぁ」


♢♢♢


思わぬ急用ができた探し屋は、溜息をつきながら街に出る。眠気はあるが、明日という一日が潰れるのなら、明日できたことを今日やらなければいけない。


「この街は都市部なだけあって環境が整備されていますね。治安も悪くない。良い街です」

子供が一人で買い物をしている様子を見て、探し屋はそう感想を呟く。争い事を好まない探し屋にとって、平穏は美しいものでしかない。


(次の街に早く向かわなければいけなくなりそうなのは、少し残念ですね)

探し屋がそんなことを考えていると、ある会話が耳に入ってきた。


「俺は大きくなったらクレマ様に勝つんだ!」

「俺だって!もっと大きくなってクレマ様に勝つぞ!」


渦中の人物、探し屋の体は傭兵団団長クレマの名前に無意識に反応したようだ。


「お!クレマ様に意気揚々と立ち向かって秒殺された負け犬くんじゃねぇか!」

「えっとあれは…そう!運が悪かっただけだ!」

「はっ!なわけあるかよ」


「クレマ様は美しいのに本当にお強い方ですわよね」

「決闘を受けて立ったクレマ様、凛々しくて格好よかったですわぁ…それに比べて私の旦那は…」


「実は俺はクレマの幼馴染なんだけどさー」

「お前遠い田舎出身だろ。見栄張るな。つか俺もお前と同じ田舎から来てんだよ!どんな嘘だ!」


「『常勝無敗の武神』とやらを倒しに来たんだけど、ソイツァどこにいんだ?俺が記念すべき一敗目を刻んでやるよ」

「お前じゃ勝てないから安心しろ」

「あ?やんのか?」


それから街を数時間歩くだけで、探し屋は耳が痛くなるほどクレマの名前を聞くこととなった。それ程までにクレマという人物は、この街のヒーローであり語り継がれる伝説なのだ。そんな彼女が消えたことが公になれば、間違いなく大騒ぎになるだろう。特に思い入れのある街でもないが、せっかく立ち寄った街。不幸であるより幸せのほうがいい。探し屋は乗り気でなかった明日の捜索に、少しの使命感のようなものを感じ、自身を奮い立たせるのだった。


そうして更に数時間ほど経ち、ついに眠気の限界が来た探し屋は、宿へと帰りベッドへと雪崩れ込み、時計の針は次の日の早朝へと回った。

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