第39話 ユキナ VS 魔王ギアスジーク


「フフフフフ」


 ユキナの正面に対峙するギアスジークが笑う。

 クゥナを仕留め損なってもまだ平然としているのは、後方に、魔物の大群が控えているからだろう。

 ユキナは前方の魔物たちを見回し、大きく息を吸い、吐き出した。


「まだ負けてない!」

「よく言った!」


 2人が寸差と違わずに動いた。ユキナが拳をギアスジークの頬に捻り込むも「うぐっ」彼の蹴りがカウンターで腹に見舞われる。

 ユキナは避けることも防御することもしないで、ひたすら殴りかかっていた。


 僅かでも間合いを開けると魔物が乱入してくるからだろう。しかし単調な動きとなってしまう。いくら彼女の俊敏さがあっても、攻め一辺倒だと読まれるんだ。

 でもシャオン達と戦った時と違う。単調だと分かっていても戦術を変えられない彼女の苦しさがありありと伝わってくる。

 少しずつギアスジークの攻撃がユキナに命中し始め、態勢が崩れだした。と、その時。



「オェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」



 背後から、クゥナが強烈に嘔吐する声が響いた。ロッテとエミリーナが背をさする。


「む、無茶でございます。ソレを2本も飲むなんて!」

「ンなこと言っとる場合か! オ、オェ…ッ」

「2本ともなればそれは●●●みたいな味ではなくもう●●●です!」

「味の話はやめい、余計吐くわ! 急がねば王女にかけた術がすべて解けてしまう」


 エミリーナが首を横に振る。


「魔力が戻ってもそのお体で、しかも防護石を失ったままで空へ上がるのは危険です」

「ここは下がって王城内で迎え撃ちましょう!」


 シェリラさんも続けて言うけど、クゥナは「オエエエエエエッ!」と再び吐きつつ拒否した。


「だ、駄目だ。城内へ下がればケイカが狙われる」


 背を丸めるクゥナと、僕の目があった。

「………………」

 僕は目を背けてしまった。

 ごめん、って謝って済むことじゃないなんてわかってる。聖鐸秤に加えて僕まで護るのは難しいんだよね。


「ケイカ、それは違う」


 僕の表情で察したように、クゥナが顔を向けてきた。


「王城で戦ったからといって勝機があるわけじゃない」

「……え?」

「シェリラの本音は、城内の適当な場所に敵を引きつけ、兵士も侍女達も囮とし、姫とケイカ、聖鐸秤を逃がす事だ」


 その言葉にシェリラさんもロッテも、エミリーナも、リオーネも。僕から顔を背けた。


「というか先々代、姫の祖父代にあった危機から、クリムトゥシュでは最悪の時はそうすると決めている」

「………………」


 みんな、最初からそのつもりだったんだ。打って出るとか、明日の希望とか、そうじゃなくて、最初から皆、捨て駒になるつもりでここに……。

「だが」クゥナが空を見上げた。


「訓練の遅れた姫は未熟。魔王と渡り合えるとは思えなかった。だけど……」


 ユキナはまだ戦っていた。戦術を変えてる。魔王の攻撃を避けながら、迫り来る魔物を、いや、わざと隙を作って見せて、誘き寄せて蹴り返してるんだ。

 数を減らしてる。焼け石に水でも敵の数を減らしていた。

 地上部隊だって魔物からすればアウェイ。何だかんだと防壁とバリスタに手こずっているのか、3番目の防壁で留まっていた。

 希望をまだ捨ててない。ユキナも兵士たちも捨ててはいなかった。


「ケイカがいるから姫は頑張っている。姫の心が折れない内は兵士達も頑張れる。ケイカがいてくれたから被害が少なく済んでいる」

「で、でも、このままじゃ」


 このままじゃ……。その後に続けようとした言葉を僕は唾と共に飲み込んだ。


「クゥナ、僕に出来ることはないかな。囮でも何でもするよ。勝機を見いだせる方法はないの?」


 ユキナのために。そう訊ねるとクゥナはしばし思案するように瞬きをし、顔を俯けて、それからやっと顔を起こしてくれた。「ケイカ」とおもむろに背中に手を入れ。


「これを貸してあげる。使って」


 そう言って星形のステッキを差し出してきた。

 そうか、なるほど、マジカルステッキか!


「って、これでどうするのっ!?」

「そのステッキを王女に向けて振って、名前でも呼んであげて」


 ――――え。

 それはちょっと……どうなの?


「姫はあれでもまだどこか相手に手加減をしている」

「て、手加減!?」


 ドラゴンに巻き付かれ、なんとか四肢を伸ばして引き千切り、ハーピィを思いっきり蹴り飛ばし、……魔王からの直撃を浴びて、ぜんぜんそういう風には見えなかった。

 けれどクゥナは。


「ユキナは天才児だ。まだ自己暗示で眠らせてる力があるはず。呼び起こす可能性があるとするなら彼女と対になるケイカの声とマジカルステッキの力かもしれない」

「ほ、他にはないの?」

「――ない」


 そこはきっぱりと断言された。

 彼女に眠ってる力があるかどうかは別として、マジカルステッキの意味はあるの? 


「だってこれって魔法が存在しないパウレルの玩具でしょ?」

「ううん、私が密かに改造を施した。ケイカの聖剣パワーがユキナに宿るだろう」


 改造って。それ本当なの!? マジカルステッキとか聖剣パワーとかさっきから説明の語尾がぜんぶ怪しすぎる!

 だけど、


「あう。えっと……」

「早くして。ユキナが殺される。あ、でもあんまり手すりより前に出たら駄目」

「うう……ぐ……」


 言葉が出ない。出ないけど、傍らにいるシェリラさんや、クゥナを支えてるロッテ達が僕の方を見ていた。だから



「…………………………ユ、ユキナァ…………」



 僕が小さく振ると、クゥナが怒ってきた。


「もっと大きな声で。ユキナに届いてない!」


 やだ、恥ずかしい。


「ケイカ! 今こそ聖剣全開でステッキを振り回す!」


 ここで聖剣全開にしてステッキ振り回したら言い逃れできない変態だ! 聖剣パワーの言い間違いだよね? パワーの意味がわからないけど――聴き直したくてもクゥナは僕に背を向けて薬を飲み始めてしまった。

 ところがメイドさん達は真に受けてしまっているのか、僕に強い眼差しを向けてくる。


「ケイカ様。やってくださいまし!」


 ロッテが僕の背を押す。あう。


「ケイカ様、私達の未来をお願いします!」


 エミリーナが僕の腕を掴み、手すりまで引っ張ってしまう。あうう。


「姫様の御名を呼んでさしあげてください!」


 リオーネが僕の腕を掴んでステッキを高々と挙げさせた。あううう。

 なんて、僕達がベランダでバカなことをやっているときだった。


「きゃぁああああっ!」


 空に、ユキナの悲鳴が響き渡った。

 上空でハーピィに両腕を捕まえられたユキナが、腹に魔王の膝蹴りを受けていた。


「姫様の炎が!」


 ロッテが叫ぶ。ユキナの纏う炎の勢いが弱まっていた。そうだ、魔王が相手ならともかくシャオンタイプなんかに捕まるユキナじゃないのに、ふりほどけてない。


「……マズイ」


 下唇から気味悪い深緑の液体をダアアっと垂らしながらクゥナが言った。


「補助魔法の効果も限界にきてる」


 もちろん浮遊の術も、と付け加え、クゥナは何本目か、薬剤の瓶を捻り開けて一気飲みの態勢に入った。だけどクゥナも限界なのか「ブホッ」と吐き出し。


「うああああああああぁっ!」


 魔王の二撃目の蹴りがユキナの腹に入り、悲鳴が響き渡った!

 恐らく誰も聞いたことの無いユキナの悲鳴。彼女を抑えていたハーピィの腕が衝撃で千切れていた。宙へ投げ出されたユキナを、さらに新たに現れた蜥蜴が捕まえ、また空中で貼り付けのように抑えつけてくる。


「ケイカ様! どうか、どうか、姫様をお助けくださいまし!」


 ロッテが僕の腕を揺すりたくってきた。さらにエミリーナも、


「お願いします! どうか、そのステッキと聖剣のお力をお貸しくださいましっ!」

「ぼ、僕だって助けたいよ! 助けてあげたいよ!」


 みんな知らないと思うけど、マジカルステッキはただの玩具なんだよ!

 改造したとか言ってるけど嘘なんだ。持っていても何の手応えも感じないんだ!


「――ケイカ様」


 シェリラさんが僕の正面に立った。



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