第38話 魔王の脅威 ~クゥナの故郷②~


 ……クゥナの故郷。

 考えれば魔王が疑問を持つのも分かる気がした。

 ムゥジュで名を馳せる魔法使いがどうして身を粉にしてクリムトゥシュに仕えてるか不思議だった。逃げるなら、彼女だけは異世界でも何処でも自由に逃げられたんだ。

 が、話をするクゥナの、杖を掴むクゥナの指が微かに動いている。ギアスジークは気づいて無い様子で、


「面白い話だ」

「なにも面白くない。どいつもこいつも戦いの前にくだらない話ばかりする」

「しかし残念だな。頼みの綱であるクリムトゥシュの姫君もここで死ぬ」

「うるさい!」


 タイミングを計ったようにクゥナが杖を掲げた。


「喋りはもう沢山だ。ほとんど顔も知らん祖先のことだって正直どうでもいい! 私は友人と、その約束を守りたいだけだ!」


 魔王の背後にいた魔物たちが後ずさるかのように翼をバタつかせる。


「ラー・セー・クルセ・ド・リアース!」杖の先端部に白色の十字光が輝き、

「ゆけ、ユキナ! 退魔魔法で道を開く!」


 そうクゥナが声を発した時だった。平然と腕組みの構えてるままギアスジークの姿がふっと消える! 全員が彼を見失っていた中、


「クゥナ! 上っ!」


 聞こえたのはユキナの叫び声だった。しかし遅く。次に彼が現れたのはクゥナの頭上、ギアスジークが彼女の杖を掴んでいた。

 そして――バキィイ! クゥナのロッドがへし折られた。


「――なっ!」


 すかさずクゥナは杖から手を離し両手で印を結んで呪文を唱えようとするが、魔王が再び姿を消してしまう。ユキナが絶叫した。


「クゥナァアアア!」


 駆けつけようとしたが間に合わなかった。現れたのはクゥナの背後。そして、


「パラナはこれで終わりだ」


 無防備になったクゥナの後頭部に組み合わせた両手を叩き込んできた。一撃が彼女の意識を刈り取ってしまったのか「ぁぐっ!」浮遊の術が解けたクゥナが落下していく。

 待ってましたとばかりにハーピィやドラゴン、蜥蜴魔物たちが彼女に群がる。


「やめてえええっ!!」


 ユキナが叫び、炎を吹き上げ追いかけようとするが魔王が見逃してくれなかった。

 正面へと回り込まれ、殴撃を繰り出してくる。うまく躱して殴り返すユキナだけど、駄目だ、クゥナが!

 彼女が埋もれた魔物の群から容赦ない暴行の音が聞こえる。何かが砕ける音もあった。


「ケイカ様、御無礼をお許し下さいっ!」


 シェリラさんが抱きしめていた僕を突き飛ばす。

 すかさず前に出たリオーネが手すりを切り裂き、開けた前方にレイピアを魔物達に向けた。メイド達は合図も無く彼女の背中に手を置き、声を揃える。



「「ラー・セー・クルセ・ド・リアース!!」」



 その魔法はさっきクゥナが使おうとした魔法だ!

 リオーネは祈るように柄を握りしめ。


「お願い、霊剣ティルファン! クゥナ様を助けて!!」


 彼女の叫びに呼応するように細剣の刀身が白く輝き、ガタガタ圧迫されたみたく暴れ始めた。発する白い光に空気が震え、リオーネの眼鏡が弾け飛ぶ。


「リオーネ、ちょっと右!」


 彼女の肩を支えていたエミリーナが腕を引っ張り。照準の修整を確かめたシェリラさんが頷くや、途端に4人の身体が白い輝きに包まれた。


「「オーゼス・サン・ソリューシュ!」」


 剣先から十字光が発射された。ほぼ同時にリオーネの持つ剣の刀身から柄へ亀裂が走り、砕け散った。


「きゃあっ!」


 反動で4人がベランダに倒れる。

 しかし発射された十字光は空中でクゥナをリンチにしている魔物達に向かっていき、直撃するなり光が大きく広がって、強力な磁石で吹き飛ばすみたいに魔物達をクゥナから次々と引き剥がしていく。


「クゥナ様!」


 倒れた4人の中からシェリラさんだけが身体を起こし、手すりから身を乗り出して印を結びクゥナに向けた。彼女の身体がふわっと浮き、ベランダへ寄せられ軟着する。

 慌てて皆で抱きかかえた。


「クゥナ様っ!」

「クゥナ、しっかりして!」

「…………うう」


 よかった! 息してる! 衣服が乱暴に引っ張られて破れた箇所もあるし、宝石も千切られていたけど、その身は無事そうだった。顔も擦り傷だらけになってるけど出血はない。彼女は首だけを動かし、自分の服を見て、


「おぅ……防護石がぜんぶ壊された」


 あ、宝石ってそのために。よくわからないけど彼女の身を守っていたのか。


「……………けど」


 ロッテがぽつりと零し、空を見上げた。

 空にはユキナただ1人。

 地上戦だってとても穏やかとは言えない状況だ。メイド達は膝を着いたまま、クゥナ共々起き上がれそうにない。

 僕達はユキナを見つめた。


「勝負あり、か」


 正面に対峙するギアスジークがにやりと笑みを浮かべた。



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