第37話 魔王の脅威 ~クゥナの故郷~
「あとはここで聖鐸秤を死守しましょう」
魔物の死骸を片付けるのもそこそこに、シェリラさんがそう言った時だった。
「ケイカ様、シェリラ様、あれをご覧下さい!」
ベランダに出ていたエミリーナが空を指さし叫ぶ。
「ああっ!」
外へ飛び出て僕達が目にしたのは、王城正門の上空、そこを埋め尽くすかの如く迫り来る魔物の大群だった。そして彼等と戦うユキナとクゥナの姿、それから、
「正門にも魔物が押し寄せています!」
ロッテが手すりから身を乗り出して正門の方へ指をさす。
逃げ込んだ地上部隊が正門を閉じ、城壁際から弓矢を放っていた。劣勢は一目瞭然で、勢いに乗った魔物の群が今にも正門や城壁を破らんと波となって攻撃し続けている。
前線の砦は既に突破されて本城まで後退してるんだ。
「ま、魔王は!? えっとえっと、ギアスジークとかいう魔物の王は!?」
僕が言うよりも早くリオーネとシェリラさん、他の2人も目を素早く動かし探して空を探す。しかし、見当たらないようで返事はなかった。
空中でユキナとクゥナを取り囲むのは雑魚――ドラゴンとかシャオンタイプを雑魚と言っていいかわからないけど――そんなのばかり。
ユキナは空中360度の全角度から飛襲するシャオン雄型の魔物を蹴り払っていた。
クゥナもここまで追い詰められるともう囮は意味を成さないのか、ユキナの近くで、手にした杖から魔法を放って応戦している。背中に残った杖は1本だけだ。
けれど2人の姿はあるのに魔王の姿が見えない。後方に下がったのか?
でも言わずもがなってやつか。敵からすればあと一押し。ユキナを撃破できなくても空中戦力が守りを突破し聖鐸秤を破壊したら勝利なんだ。
4匹のハーピィがユキナの傍らから抜け出し王城の方へ向かって飛んできた。
「逃がすか!」
ドラゴン数匹に囲まれてもクゥナは見逃さず、杖を振りかざし、先端から火炎球を四発撃ち出して撃墜する。シェリラさん達もそうだったけど、指輪とか魔剣とかで相手が強化されてなければ魔法も通じるんだ。
クゥナの撃ち終わりの隙に乗じてドラゴンが顎を開き、炎かビームでも出すつもりか、彼女を狙う。が、そこへユキナが飛んできて。
「せあああああっ!」
大きく開いた顎下から、彼女は打ち上げるように蹴りを放ち、一瞬にして龍の頭が肉片を散らした。
入れ替わったクゥナはハーピィ雄型と対峙し、グルングルングルンと振り回された杖が魔法陣を生み出して、そこから稲光を数本、ハーピィ達を撃ち抜いていく。
善戦はしてる……。善戦してるけどクリムトゥシュ側が圧倒的に不利だ。倒しても倒しても後から後から涌くように魔物が現れて、あっという間に囲まれる。そして2人は下がる。下がれば隙を突かれて突破される危険は減るけど、その分彼女達を襲う敵が増えているんだ。
正門前にも魔物達の地上戦力が集結しつつある。頑丈な門扉を破壊すればひと息に王城を蹂躙するつもりだ。
モヒカン兜の兵士達も徐々に後退し、2階をとばして3階の城壁門へと移動を開始する。直上にユキナとクゥナ。そこを最終防衛ラインと定めたみたいだ。
「シェリラ様、私達も戦列に加わりますか!?」
エミリーナがシェリラさんに訊ねるも、彼女は首を横に振る。
「私達の残った魔力はすべて聖鐸秤の防衛に注ぎましょう」
テラスにいる3人のメイドは息を飲み、頷いた。
★ ★ ★
そしてついに正門が破壊された。魔物の群れが傾れ込んで来る。
3階城壁からあの大型バリスタが雨の如く矢を降らせるも、勢いを削ぐことはできず、2階城壁に張り付かれるのを許してしまった。
「いけない!」
上空にいたユキナが身体を下方に転じようとする。が、クゥナが空中で彼女を抱きとめた。
「あっちはいい。下はまだ保つ。姫の相手はギアスジークだ」
「でもお城が!」
と、ユキナがクゥナの腕を振りほどこうとした時だった。
「「――――――ッ!」」
空中でいがみ合う2人を、巨大な閃光が凄まじい勢いで襲ってきた。咄嗟にユキナとクゥナは互いに突き飛ばしあって躱す。
流れ弾となった光線が城壁、僕たちがいる8階よりまだ上の階の壁を貫いた。
「逃げる気か、ユキナ姫?」
そう言って空に浮遊する魔物の群れから姿を現したのは半裸の魔王、ギアスジーク。さっきの光線はこいつが放ったものか、太い腕を組んだ姿勢でゆっくりと空中を動き、2人の前に現れるや牙の突き出た口端をにやりと歪めた。
「逃げたければいいぞ。逃げる奴に興味はない」
ユキナの眉がぴくりと動く。あ、あいつユキナと同じことを!
「どのみち城にある聖鐸秤を破壊しそこにいる――小僧を殺せばそれで我らの勝利だ」
不意に、ギアスジークが僕の方へと身体を向けた。
「「…………え」」
驚いたのは僕だけじゃなくユキナ、クゥナも魔王の視線を追って僕の方を向く。
「ケ、ケイカ!?」
「なぜそこに!?」
リオーネが前に出て、ロッテとエミリーナが両側を挟み、ギアスジークからの視線に僕を庇うようにシェリラさんが抱きしめてきた。
「そう警戒しなくてもいい」と魔王ギアスジーク。
「ユキナ姫の判断ひとつだ。逃げずに1人で我ら全員と戦うならば、そこの小僧を敢えて殺しはせん。我らは姫か、小僧か、どちらか一方でも殺せば十分だからな」
返答代わりにユキナがぎゅっと拳を握りしめた。炎が吹き上がる。が「待て」とクゥナが止めた。
「耳を貸すな。ケイカのことはシェリラ達に任せろ。あいつはケイカを襲うことはできない。姫に背を晒すのは危険」
ギアスジークがにやっと口髭を歪めた。図星なんだろうけど、さして痛くもない、そんな風情で愉快そうに笑う。水晶越しではわかりにくかったけど、ここから見ると彼はだいぶ薹の立った、かなりのオッサンだ。
「クゥナ・セラ・パラナ。ひとつだけ訊きたい」
クゥナは応じなかったが、ギアスジークは勝手に続けた。
「ムゥジュの魔物に恐れられたパラナ一族の末裔が何故この国に固執する? 逃げようと思えば一人で逃げられたはずだが?」
すると、クゥナが吐き捨てるように笑みを零した。
「何を訊くかと思えばそんなことか。私が暮らす王国だからとしか答えようがない」
しかし、と。クゥナは言い直した。
「百年前、そろそろ百二十年になるか。ユキナ王女を有するクリムトゥシュは、貴様等に滅ぼされたムゥジュ西方の一国……パラナ公国の恨みを晴らせる国でもある」
「ほう、ムゥジュにパラナの国があったのか」
「知らなくて当然だ。公国と称するより公園と言った方がいいくらいの一族だけがフザけて暮らしていたような小領地だからな。だが、キサマの親父が真っ先に狙ったのがそこだ」
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