第36話 激闘 ~第2王城の侍女たち~
(――はて。ユキナ達が戦っているのは前線の砦のはず)
空気を乱したくなかったから突っ込まなかったけど、なぜ本城に……?
転送した場所は本城の中庭、城壁と城壁の狭間のようだ。何階かわからないけど、ユキナの部屋から突き出てる、シャトルの発射台みたいなベランダがずっと高い処に見える。ここは4、5階くらいだろうか。
「申し訳ありません。少しズレました。姫様の御部屋を指定したのですが、おそらくクゥナ様が結界魔法を施されているものかと」
「そ、そっか」
魔物もこうやって魔法や異能力で直接、城内へ侵入してくる可能性があるんだ。
転移魔法の疲労のためか片膝をついてそう言ったリオーネを、エミリーナが肩を支え。
「シェリラ様、ここは4階の中庭のようです。非常階段を使いましょう」
僕がどういうこと? って顔をしていると栗毛のメイドさん、ロッテが教えてくれる。
「あのような乱戦の中に私達が出向いても焼け石に水ですよ。それよりも私たちは本城の、姫様の部屋に置かれている聖鐸秤を守らなければなりません」
「ユキナ様とクゥナ様が敵の空戦部隊を引きつけていらしても、幾らかは城内へと抜けてきますから」
リオーネの肩を支えるエミリーナもそう言った。そうか、クリムトゥシュが守るべきものはユキナと僕と、それから聖鐸秤。
「姫様の御部屋へ向かう! みんな、気をつけて!」
「「はっ、シェリラ様!!」」
シェリラさんが先頭を切って非常階段に向かって走る。僕達も後に続いた。
階段を駆け上がって5階、非常口を開けた途端、そこに。
当然のように魔物が待ち伏せていた。
「キシャアアァアアアアアアアアッ!」
翼の生えた蜥蜴の魔物! 彼女達の考えた通り、既に城内に侵入していた!
魔物は先頭のシェリラさんには目も暮れず、僕を目がけて突進しようとした時、
「させるかっ!」
接近する魔物に、剣を構えたリオーネが真横から飛び込み、その胴体に切っ先を突き立てた。魔物が体の向きを変え、彼女の剣を尖った爪で挟みこむと、
「ロッテ!」
「まかせて!」
リオーネの掛け声にロッテがすかさず胸元で印を結び、
「輪廻たゆたう泡沫の精霊よ、その身を矢とし、敵を討て!」
重ねた指先からバキュンっと火炎弾を放たれた。
リオーネの剣を受け止めて制止していた蜥蜴魔物はモロにその炎を浴び、丸焦げとなって倒れる。
だけど、侵入したのはその1匹だけじゃなかった。
柱に隠れていた者、天井に潜んでいた者。魔物の群れが僕達の行く手を阻む。
――しかし。
「どけっ!」
普段のシェリラさんからは想像できないほど怖くて乱暴な言葉と共に。
単騎で敵の前に突っ込み、一瞬の貫手で魔物の腹を刺し貫いた!左右から迫る魔物にリオーネの剣が舞い、制し、さらに背後へ回るシェリラさんの手刀が魔物の首を刎ねていく。
(こ、この人、めちゃくちゃ強い…)
さらによく見ればシェリラさんの手先からは、魔法なのだろうか、ブウウウウンと何かが細かく振動する音がしていた。光の粒のような物も見える。
魔法の手刀……なんかすごい。本職の兵士さん達でも敵わない魔物を秒殺した。
こんな人達が僕を護ってくれていたんだ。
「ケイカ様、私達の側にいてくださいましね!」
ロッテとエミリーナが印を構えた状態で僕の両脇を固め、離れた位置から魔法での援護射撃。それらが尽く魔物を殲滅した。
シェリラさん、リオーネの2人を先頭に魔物の巣と化した城内を突き進む。
僕の左側にやや魔力を消耗気味のロッテ、殿にエミリーナ。おぅ……僕は中央、騎士に護られるお姫様ポジションだ。
6階、7階、と彼女達は次々と敵を撃破し、ついに8階。廊下の果てからドゴオン、ドゴオンと重々しい物同士を激しくぶつけ合う音が聞こえてきた。
「あ、あれは」
ユキナの部屋の前に魔物が何匹も群がって、扉を破壊しようとしている。
群れの中には獣人タイプ、それと、獣人に比肩する巨躯をもった魔物もいた。豚の頭にでっぷり膨れた腹、オークとかいう怪物に似てる。
獣人はサーベルを装備し、オークは大きな斧。そして床には……ぐちゃぐちゃに潰されてしまった兵士の死骸があちこちに散らばっている。壁にへばりついた肉塊もあった。
だがシェリラさんもリオーネも迷いもなく足を止めず、2人はそれぞれ手刀とレイピアを構え、魔物に立ち向かっていく。
「リオーネ、トヌルジン型をお願い。私は獣人を!」
「承知しました!」
指示を受けたリオーネがオーク――トヌルジンと呼ばれた方――に向かって走る。姿勢を低くし刺突剣を突き出す構えを取る、
が、しかし相手はその二匹だけじゃない。他の魔物にたちまちリオーネが挟撃されそうになる。や、いなや、
「ロッテ!」
「エミリーナ!」
僕を挟む二人のメイドさんが互いに頷き合い、手を前に出した。
「クゥナ様直伝の召喚魔法、受けてみなさい!」
「そして受けたら死になさい!」
――みんな怖ッ! って彼女達にビビってる時じゃない、今は死闘中だ。
二人は翳した掌を重ね合わせ、魔物に向かって呪文を唱和する。
「アーサム、レ、シアハル、サラレル!」
「我は第4級甲魔士、エミリーナ・ラテス・ミテス!」
「我は第4級甲魔士、ロッテ・ナ・アルセ!」
重ねる2人の掌から紫色の魔法陣が現れた。
「魔を滅する静兆なる雄々しき尾よ! 拡せよ光の翼!」
「汝、汝、汝、精霊獣サウルアルムーンに命ずる! 目覚めよ、かつて天空を駆けし姿をいまひとたび現世へとあらわし給え!」
魔法陣が回転し中心から光の獣サウルアルムーン、見たまんまで言えば天馬が出現した。光のペガサスは飛び出た瞬間に3つの光の珠となり、リオーネの三方向から迫る3匹に命中し――ドォンっと空気を震わせる、光が一瞬にして3匹の魔物を掻き消した。
「行って、リオーネ!」
「はああああっ!」
リオーネが開いた道をまっすぐ、オークへ向かって突進する。
――ガキィッ 彼女の細剣と、重たそうな戦斧が衝突し、火花を散らした。
リオーネはいちど剣を引くや、喉、脇、心臓。急所に向かって剣を突き出す。だがオークの戦斧がそれらの刺突をぜんぶ打ち落としてくる。取りまわしが難しそうな武器なのになんて素早いんだ!
ふたたび刃が交わる衝撃に、彼女の眼鏡が飛んだ。ゴシゴシ左手で目元を擦り、
「う……目が」
ええええ、剣士って感じなのに目が悪いの!?
と、そうしてる傍らでシェリアさんが獣人、それから残る4匹の蜥蜴魔物と対峙していた。あの獣人ってユキナと砦で戦ってた魔物だよ! 首のところに傷跡がある。
まさか首から胴体の方が生えたのか!? 映画なんかで胴から首の生える逆のパターンは見たことあるけれど、
「ふっ!」
シェリラさんは小さく息を吹くだけで怯みもせず、自分より倍以上はある大きな獣人に向かって果敢に貫手を放った。獣人のサーベルが応じ、ガキィ、と鈍い音を響かせて彼女の手刀と曲刀が弾け合う。いくらなんでもあのサーベルが希少な魔剣ってわけじゃないと思うけど、互角ってことか。
ロッテとエミリーナは魔力を使い過ぎたみたいで胸を抑えて苦しそうに喘いでいた。
くっ、分が悪い。シェリラさんは多勢に無勢だし、リオーネは眼鏡を落としちゃったし。獣人もオークもグヘェと気味悪い笑い方してるし、
「ぐひ、ぐひ、ぐひぃ!」
オークが容赦なくリオーネに斧を振り下ろした。彼女は華麗なバックステップで躱す。けど駄目だ、間合いがうまく掴めてないんだ。シェリラさんも獣人の曲刀を躱しているけど、段々と四方からの攻撃で逃げ場を詰められていく。
二人の背中がトンっとぶつかった。
「ぐひひっひひひ!」
斧が、そして曲刀が彼女達を襲う。もう逃げられない、と思いきや!
「リオーネ!」
「はっ、シェリラ様!」
リオーネが腰を屈めるや、丸くなった彼女の背中に、シェリラさんが背を載せて後方回転した。バサアっと広がったシェリラさんのメイドドレスのスカートがリオーネの姿を隠す。次の瞬間、
「はあああ!」
閃く刺突剣の輝きと共に、スカートの中からリオーネが飛び出してきた。
曲刀の斬撃を紙一重で掻い潜り、懐深くからレイピアを獣人の喉元に突き立てる!
「ン、グォ……ッ!」
動脈を切り裂いたのか、噴水のように血をまき散らし、獣人が倒れた。
そうか、シェリラさんは眼鏡を落として視野の狭くなったリオーネのために敵を引きつけていたんだ。さらにシェリラさんもオークの真正面で戦斧を手刀でいなし――オークの片腕を切り落とす。返す刀で反対側の手首も切り落とした。
そこへ――両手を失いのたうち回るオークと、喉を刺し貫かれて藻掻く獣人に向かい、追撃の火炎珠が飛んできた。ロッテとエミリーナの火炎術に、
「アガバアァアアアアアッ!!」
廊下中に響き渡る断末魔。
2人は荒々しく肩で呼吸をしつつも「よし」互いに頷きあった。
僕は急いで床に落ちていた眼鏡を拾い「眼鏡、眼鏡」と探しているリオーネに渡すと。
「お、恐れ入ります」
リオーネは恥ずかしそうに眼鏡を掛け直した。
彼女は美人だけど眼鏡が劣等意識なのだろうか。人は何がコンプレックスになるかわかんないな、などと、そう思ってしまうほど可愛い仕草にドキッとした。
もしかしたら僕の稚拙なノートのイラストも、他人から見れば可愛い趣味なのかもしれない……いや、無いな。
「シェリラ様、聖鐸秤は無事です!」
先にユキナの部屋に入ったロッテが叫んだ。シェリラさん達も、僕も、ふうっと息を吐き出し肩から力を抜く。
ユキナが今日の希望で僕が明日の希望というなら、聖鐸秤は明後日の希望だ。
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