第34話 魔王ギアスジーク②
「ユキナが……打ち負けた?」
信じられない光景だった。彼女の拳を避けることもせず、強打で生じる隙を狙うなんて。いつも穏やかな笑みを湛えるシェリラさんも表情を強張らせていた。
気がつくと、僕達の後ろに他の王城のメイドさん達も集まって水晶に映る映像を、信じられないとばかりに覗き込んでいる。
「ケイカ様! 姫様は無事にございます!」
メイドの一人、エミリーナが声をあげた。
彼女の言う通り、ユキナが舞い戻ってくる。カウンターの直撃を受けても炎が守っているのかまだ大丈夫だ。ギアスジークは動じる事なく拳を構え、にやりとするだけ。
彼もまた無手が流儀なのか、それとも相応な装備が存在しないのか、とりあえずユキナと同じ素手だった。そして気のせいかもしれないけど、その笑みは砦で獣人と戦った時にユキナが見せた笑みに似ている気がした。
けれど、ユキナの表情に余裕は感じられない。
「でやぁああああああ!」
「ぬぅおおおおおおお!」
激しい乱打戦が始まった。
ユキナも大振りな攻撃はやめ、的を絞り細かく拳をまとめていく。ギアスジークの防御を散らし、致命打の機会を狙う。彼もまた、攻撃をさばきながら、長い足を利して使い、ユキナの攻撃を妨げる。拮抗している。
しかし、すぐにその拮抗は崩れた。
真下、ユキナの死角から槍を構えた鳥人間調の魔物が襲ってきた!
ユキナは体を捻り、反動で繰り出した後ろ回しの踵で一蹴するが、その瞬間にギアスジークに肩からの体当たりを浴び――また画面外に吹っ飛ばされた。
「ユキナ!」
慌てて追う水晶の映像に映ったのは、鳥人間に囲まれたユキナ。鳥頭人間、そう呼ぶのが相応しい、鳥の頭をし、背中から大きな翼を生やした魔物たちに囲まれていた。
魔物なのに槍を構えているのは人間から奪った物だと一目でわかる。
けれどユキナは――クゥナがいつか言っていた『囲んでも無駄』という言葉を体現するかのように――残像を生むかの素早い動きで四方八方から突き出される槍を回避し、
「せあああ!」
振り回す足で1匹残らず宙から叩き落とした。が、次の瞬間、生じた隙にまた魔王の不意打ちを許してしまう。腹を狙う彼の膝蹴りをきっちり両腕でガードしたけど、飛ばされた彼女は、再び飛行生物に囲まれてしまった。
くそ、駄目だ。あれじゃいくらユキナが魔王と互角だったとしても……。
「ズルい!」
「姫様になんてことするのよ!」
「魔王のくせに!」
「堂々と戦え!」
僕の背後からメイド達の怒声が挙がった。いいぞ、もっと言ってやるんだ!
メイドの一人がロッテの肩を揺する。
「クゥナ様は! クゥナ様はどうなさってるの!?」
そうだ、クゥナは何処にいるの!
「ちょ、ちょっと、動かさないで。これ操るのすっごく疲れるんだから」
ロッテは揺すられながら呪文を唱え直す。水晶からユキナの姿が消え、背景が二転三転と幾つか入れ替わっていく。
中には地上でごっそり半身を囓られた兵士の姿が映っていて…「はうっ」メイドさんの一人が倒れる音が聞こえた。
「いた、クゥナ様よ!」
クゥナは空で戦っていた。そうか、空を飛ぶことができる人なんてこの世界でも殆どいないから、魔法使いの彼女が空の敵を相手してるんだ。
けれどそのせいか、クゥナはユキナ以上の数の魔物ににまとわりつかれていた。
しかも相手は超特大のドラゴン。それから雄雌のシャオンタイプが十数匹。様子からして画面に収まり切らない他の魔物も混じっているかもしれない。
ドラゴンが蛇状の体を畝らせ、小さなクゥナに巻き付こうとしてくる。クゥナは杖を握りしめ、呪文を唱え、さらに上昇し、難なく躱した。だけど空高く逃げた彼女を追う魔物の数が……。
「クゥナッ!!」
その酷い数に思わず叫んでしまった。
ドラゴンを先頭に魔物の大群が連なって続く。魔物の群れは黒い霧のごとき塊となり、彼女を追い回している! あいつら、クゥナ1人に何百匹つけてるんだよ!
「クゥナ様は敵を引きつけているのです」
と、シェリラさんが努めて冷静な声で僕に言った。
「少々の魔物を減らしたとて敵は6千以上。ですが、ただの魔物であればドラゴンであれ何であれ姫様が倒せます」
「じゃあ、クゥナは…」
水晶から目を離し、シェリラさんは頷く。
「恐るべきは魔王ギアスジークです。クゥナ様はできるだけユキナ様に彼との一騎打ちに専念できるようになさっているのです。あの方は魔物にも恐れられる魔法一族の末裔。自らの御名を囮に、魔物を引きつけておられるのです」
強さによるヒエラルキー。己が強さを示したい魔物の本能を逆手にとった作戦だ。
だけど、そんなの。地上からも空からも、まだまだ飛行可能な魔物が合流してきて、エライことになっていた。
「危険だよ。危険というか、魔力が尽きるまで逃げて、それで尽きたら殺されるしかないじゃないか!」
「覚悟の上でございましょう」
覚悟……。
『かくなる上は私も覚悟を決めた。姫のことは私が何とかしてみせる』
クゥナ……。クゥナって。クゥナって……何とかしてみせるって。
そうだよ。クゥナは、言ってることもやってることも無茶苦茶だけど、ぜんぶ自分が住む国のことを思ってやってるんだよ。でも、帰ってきてくれるって約束してくれたのに。帰ってくるって約束したのに。
映像に目を戻す。
クゥナの手にしていた杖が光の粒となって霧散した。杖の精力が尽きたんだ。
すかさず背中からもう一本取りだし、さらに、遠くへ遠くへと空を飛行していく。たぶん、誰もいない、誰の援護も届かない遠い場所へ。
と、そこで――――ブツン。突然水晶が輝きを失い、画面が途絶えた。
膨らんでいた水晶珠が小さな掌サイズに戻り、コロンと床を転がる。
「……はう。ごめんなさい、少し休憩させてくださいまし……」
ロッテがフラっと体を揺らし倒れた。水晶球の操作で力を使い果たしたみたいだ。
「では、私が代わりに致します」
転がった珠をエミリーナが拾おうとするのを、僕が……その手を止めた。
「ケイカ様?」
僕は首を横に振り。
「シェリラさん。僕に、僕に力はないの? 魔法って呪文を唱えるだけじゃ出来ないの?」
しばらくして「……できません」シェリラさんが答えた。
「呪文は魔法を行使する際に集中力を高めるため、もしくは召喚のキーワード。どちらにしても体内に魔法の資質が必要です。ケイカ様にはそれが……」
「だ、だったら。クゥナが言ってたんだ。僕は異世界人で、だからユキナと同じ魔物に反発する力があるって言ってたよ? そういうの、引き出すことはできないの?」
シェリラさんは口を閉ざしたまま、首を横に振るだけで何も答えようとはしない。
「……僕には何もできないの?」
慌てて彼女は言った。
「滅相もございません。ケイカ様には次世代の、ユキナ様と後継者を生む力が備わっておられます。たとえこの戦いに勝利を収めてもケイカ様がおられなければ私共は」
「じゃなくて、今すぐにはできないの!? 僕が使えなくても誰かに、僕のそういう力を誰かに渡して、ユキナと一緒に戦ってくれる人を作り出すとか!」
「ケ、ケイカ様。ご無理を仰らないでくださいまし……」
気を失っていたロッテが目を覚ましたのか、僕の肩を抑えていた。
頭を深く下げるシェリラさんに、僕は視線を反らしてしまう。
「ご、ごめん。責めるつもりなんてなかったんだ……本当にごめんなさい」
「いいえ、私の方こそ出過ぎたことを申しました。お許し下さいまし」
ロッテの、僕の肩を掴むその手は震えている。
今、いちばん飛び出したい気持ちなのは家族や、自分の国を案じる皆の方だ。命を落とすとかの恐怖よりも、何とかしたいって気持ちでいっぱいなはずなんだ。それでも僕の護衛をしなきゃいけないから皆はここに残っているのに。
滑稽だ。いちばん何も出来ない僕がいちばん喚いている。
「ケイカ様! 無礼を承知でお訊ね致します!」
遠く離れた別グループの輪から一人、メイドさんが立ち上がって、ぐっと握りしめた両拳を震わせながら声を張り上げた。
知らない、記憶にはない女の子だった。
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