第33話 魔王ギアスジーク①
(……僕にも、何か力があったらいいのにな……)
そんなことを考えている内に、光に包まれた僕はまた見知らぬ場所に転送されていた。
見知らぬというか、そこはクゥナに連れられて行った、石畳に舗装された地下洞窟とよく似た薄暗い空洞の中だった。
辺りを見渡せば大勢のメイドさん達の姿ばかり。だけど、見知ってる顔はない。本城や他のお城のメイドさん達なのだろうか。
みんなしゃがんで抱き合っていたり泣きじゃくっいてたり肩を寄せ合っていたり、やはりここが避難所だろう。いきなり現れた僕に不審そうな目を向けている子もいて、
「て、敵じゃないよ」慌てて両手を挙げた。
「えっと、ぼ、僕は」
どう説明しようか思案していると、別グループの一角から、
「ケイカ様!!」
メイドさん達の中からシェリラさんの声がした。立ち上がって僕の方を幽霊でも見るかのように瞬きをする。傍らには栗毛のメイドさん、露出癖が治らない(設定の)眼鏡のメイドさんやクッキーをくれたエミリーナもいた。
第2王城で見覚えのあるメイドさん達もそこに集まっている。
「良かった。まだ出撃してなかったんだね」
シェリラさん達のグループに近寄り、簡単に経緯を説明するなり目を大きく開いて、
「「えええぇええええええええええええええええっ!!」」
と盛大に驚かれた。
「ぼ、僕は…。その、皆にまだお礼を言ってなかったから…」
全員が瞬きをする。立ち上がって唖然としてる子もいた。うう、ごめんなさい。
冷静に考えると無茶というか、ある意味で皆の最後の希望を断ち切ったかもしれない。
「み、皆、騒がないで。ケイカ様がご決断なされたこと。そしてクゥナ様もお許しになられたことです。私達が異論を挟むことではないわ」
いち早く我に返ったシェリラさんが皆を制して、僕に説明をしてくれた。
ここは本城や戦線となる場所から遠く離れた第4王城の地下室で、ここに他城の侍女達も避難しているそうだ。
「ケイカ様、戦況はどうなのですか!」
栗毛のメイドさんがたまらずといった感じに、僕に訊ねてくる。や否や、彼女の言葉が口火を切ったかのように、皆が一斉に押し寄せてきた。
「姫様はご無事ですか!」
「クゥナ様は!」
「王都は!」
「お兄ちゃんは!」
お、お兄ちゃん!? だ、誰の事なの!?
「ま、待って。た、戦いは始まったばかりだと思う。僕は本城でユキナとクゥナを見送ってからこっちへ来たから」
そう言うと、みんな肩から力が抜けたみたいに「そんなぁ」と座り込んでしまった。
「これ、取り乱さないで。ケイカ様を困らせてはいけません」
シェリラさんが窘めるも、「だってぇ」と皆、落胆の色を隠せないでいた。あう、せめて戦況を聞いてから送って貰えばよかった。
困った顔して頬に手を当てるシェリラさんに。
「逆に騒がせてごめんなさい。全然役に立てなくて」
「いえ、滅相もございません。こちらこそとんだ粗相を致しました。メイドの中には身内が兵団に所属している者もいまして…。それよりもこのような場所では何かと不便はありましょうが、ケイカ様も私たちと共にここで待機して頂けますでしょうか」
「もちろんだよ。僕のことなんか気にしないで」
「そうは参りません。これをお持ち下さい」
彼女は腰に身につけていたポーチから小さな布袋を取り出し「非常食です」と言って僕に手渡してきた。
中には木の実やチョコレートなどの高カロリーなお菓子が入っているそうだ。
「わたくし達の出撃も取り止めにします。ここで姫様達の御帰還を共に御待ち致ししましょう」
とんでもないことに役立たずどころか足まで引っ張ってる。
涙が出そうなところでシェリラさんがクスッと笑みを零し、耳打ちしてきた。
「侍女長の立場にある私が口にするのは憚れることですが、わたくし共が出たどころでどうにかなる戦いの規模ではございません。ケイカ様がここにお出でになられたお陰で、御家族の方々から預かっているあの子達の命を無駄に散らさず助かりました」
……優しい。優しい人だ。目から水が溢れてくる。
「ケ、ケイカ様! お泣きになられてはなりません!」
栗毛の女の子が声を挙げた。
「そうですよ、不吉です!」
と、黒髪ロングな眼鏡のメイドさん。
「私のチョコレートも差し上げますから、泣かないでくださいまし!」
緑色のショートボブの女の子、エミリーナが僕の手を掴んで力強くブンブン振った。
暗がりの洞窟でカラフルに映える彼女達の髪色が、僕を勇気づけようとしてくれてるみたいで……あうう、涙が止まらない。
「ああん、駄目ですってば。ケイカ様、御遊戯をしましょう!」
「こ、こんな時に不謹慎だよ。ユキナやクゥナも戦ってるんだよ」
「こんな時だからこそ元気を出さないと駄目なんです! さあ、何がよろしいですか。鬼ごっこですか、隠れんぼですか、他城のメイドも混ぜて全員でお医者さんごっこを再開するのは如何ですか!」
そのレパートリーを全員で消化したら僕は出血多量で死んじゃうよぉ。
「ああ、そうだわ」
助け船を出すように、シェリラさんが閃いたみたいにポムッと手を叩いた。
「戦の前にあまり魔法を使いたくないと忘れていたのですが、これがございました」
そう言うと、ベルトポーチの中から小さな水晶の球を取り出した。僕も、メイドさん達も彼女の掌にある水晶球を覗き込み。栗毛のメイドさんが「あっ」と声を出した。
「シェリラ様、これはシーラフスの結晶ですね!」
「ええ。これを使えばあちらの様子を見ることが出来るわ」
「では私が使います! シェリラ様の魔力はケイカ様のために温存してくださいまし」
…魔力? じゃあやっぱり彼女も魔法使いなのか。
シェリラさんは少し考えて「ええ、そうね」と栗毛のメイドさんに頷いた。
「じゃあお願いしてもいいかしら」
「はい、お任せください! 使い方はクゥナ様より教わりましたから!」
栗毛の女の子は元気よくシェリラさんから球を受け取ると、目を瞑り、水晶に向かって呪文を唱え始める。クゥナから魔法を習った、ということはこの子も魔法使いなの?
「ラーセー・パッラシーラ、シーラフスの霊鏡よ。我、甲魔の子、ロッテ・ナ・アルセが願う」
しかもロッテって名前なんだ。今まで名前も覚えず栗毛のメイドさんなんて適当に呼んでごめんなさい。
「映せ、我らが求めしその姿を。示せ、アルトス暗き遠方のあるべきを」
たちまち水晶球が紫色の光を放ち始め、
――パチン
ロッテが指を鳴らすと、無機質なはずの水晶が風船みたいにバスケットボールくらいの大きさまで膨らみ、手品のように宙に浮く。そして、
「「あああああああああっ!!」」
僕達は、水晶に映し出された光景を見て同時に声を挙げた。
水晶に映ったのは戦うユキナの姿だった。画面にはいないけどクゥナが魔法を掛けたのか、宙に浮いている。
でも皆が驚き、声を挙げたのは彼女の様子に対してだ。
明らかに苦戦している。既に左の肩アーマーが破壊されていて、レオタードや腰を覆うパレオの一部が擦り切れていた。あのユキナがダメージを受けている。
何がどうなっているんだ。映像が近すぎて見づらい。
「お待ち下さいまし」水晶を操るロッテが呪文を唱えた。
「ラーセー・パッラシーラ、座標変更……えっと……ティジェ313……」
水晶が輝き、映像が遠ざかっていく。広角に映し出されたのは、黒くたれ込めた分厚い雲と森林。見覚えがある、前線の砦上空で戦っているんだ。
「あ、あれは」
そして広がった画面にユキナと対峙する男の姿が映し出される。
灰色がかった長い髪を後ろで束ねた半裸の男。陽に灼けたというよりは燻されたかのように渋みのある褐色の肌。筋肉質に隆々と盛り上がる肩と腿、長い足。
体付きだけを見れば人間に見えるけど顔が尋常じゃない。
口の端から刃のような牙が顎下まで伸び、猛禽類のような眼の中が曇暗の中で不気味に光っている。
「――ギアスジーク」シェリラさんが言った。横目で僕を見据え、
「恐らくあの者こそクゥナ様が仰っていた【魔王】です」
「ま、魔王……っ」
ユキナと同じくらいの強さを持つであろう魔物の王にして統率者。まさか最前線の先頭で戦う魔王などとは思わなかった。
ユキナでもその話を詳しくは知らないと言っていたけど、
「シェリラさんは知ってるの?」
「そうですね。個人的にクゥナ様から相談を受けた時に少々…」
個人的に? と訊ねようと思ったけど、戦場はそれどころではなかった。
ユキナが先に動く。炎を散らし、加速し、肩上まで引き絞った拳を、魔王と称された男、ギアスジークの顔面めがけて打ち込む。が、僕達はまた声を挙げた。
「なにっ!?」
「そんなっ!?」
驚くべきことにギアスジークは横っ面にユキナの拳をまともに受けながら、重ねるように右拳をユキナに返してきた!
まさかのクロスカウンターに、ユキナが弾き飛ばされ『きゃあっ!』と、水晶を通じて悲鳴が響き渡る。
「ユキナが……打ち負けた?」
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