第28話 異性に慣れてみましょう


「ユキナはね、魔物との戦いに終止符を打つ覚悟なんだよ」

「ふーん」


 僕はベッドで寝っ転がり本を読んでるクゥナに声を荒げた。


「大事な話なんだからちゃんと聞いて! ユキナは世界を救いたいんだ!」

「そうしてくれると私も助かる」

「ムゥジュの大地に魔物はどれくらい潜んでいるの?」

「星の数ほど」


 ページをめくりながら、クゥナは興味無さそうに生返事で返してくる。

 もう、拗ねてないでやる気出してよ! って、それ僕の机の引き出しに入れておいたノートじゃないか!


「いつの間に! 返して!」

「だめ、ぜんぜん笑えない。姫の顔ばっかり」


 クゥナは体を起こすなりページを閉じて、あっさりノートを投げ返してきた。


「センセ、そういうコトは自分の日記でやってください」

「これ僕の日記だよ!」


 ……あう、油断も隙も無いな。


「まあそれはそうと、今日はこれを診て貰いたくて来た」


 机の引き出しにノートをしまう僕の背後で、カシャンッとスプリングが跳ねる音がした。クゥナはいつの間にか取り出したマジカルステッキを見つめている。

 頭の星が付いた部分を押して引っ込め、ボタンを押し、またカシャンッと伸ばしたが「光らなくなった」と悲し気に先端の星を見つめる。


「城の技術者に見せても直せないと言われた。パウレルの技術で作られたステッキ……ケイカでもわからない?」

「ど、どうかな。僕は普通科だし」


 差し出されたステッキを僕は受け取って天井に翳してみた。

 シャオン達との戦いで付いた擦り傷みたいなのはあちこちあるけど、汚れは丁寧に拭き取られている。大切にしてるのが一目でわかった。


「……ステッキは死んじゃったの?」

「ま、待って」


 軽く振ってみる。内部に仕込まれたスプリングが僅かに振れる音がするだけで、配線が切れてたり中の基盤が割れてる感じはしなかった。

 僕はカバーを外して電池の配置をローテーションさせてみる。科学的根拠はない。うちではそうしてるだけだ。けど、何故かこのやり方は上手くいく。


 ―――ピコピコピコピコッ。


 カシャンと伸ばしたステッキの先端部が音を鳴らして光った。クゥナが「おお!」と驚いた声を出す。

 よく考えてみれば子供が無茶な遊び方することを想定された玩具だし、衝撃には強いはずだ。原作アニメは知らないけど8980円もしたなら本格品。クゥナは何気に良い物を持ってるね。


「電池が切れかかってたんだよ」

「デンチ?」


 受け取ったステッキを膝の上に載せたクゥナが首を傾げた。変な言葉は知ってるのに、電池を知らないのか。

 まあ僕だって規格品の乾電池を無から作るなんて出来ないから多くは言わず、


「パウレルの魔力を封じ込めた石のことだよ」

「なんと!」

「いつか家に帰ることがあったら備え置きの電池を持ってくるよ」


 そう約束した。

 クゥナはステッキが蘇るのがよっぽど嬉しいのか愛おしそうに胸に抱きしめる。

 その姿は妙に愛らしく…彼女は子供か大人かわからなくて、つい僕は彼女と一緒に笑顔になってしまった。


「――では、私は本城へ帰る。新しいノートも置いていく」


 上機嫌で立ち上がったクゥナは背中から《ケイカの書第6巻》と銘打たれたノートを取り出して「そうそう、先生」


「パンツだけじゃなく、きちんとブラジャーも描いてくださいね」


 誤解を招くことを言うんじゃない!


「ブ、ブラジャーなんて知らないよ」

「見たことないの?」

「全貌はね……。デ、デザインとか、サイズとか、複雑そうだし…」

「ならば侍女達に見せて貰って研究すればいい。ケイカが望めば第1回メイドさんブラジャー大会を開いてくれる」

「なに、そのバカなネーミング」

「《ケイカの書5巻》にあった、第1回お姫様ぷるるん大会のオマージュ」


 …………ぐほぅっ!

 ごめんなさい、バカネーミングの主犯は僕でした。


「私、ミーティア姫のオッパイがぷるるんしちゃう♡」

「……お願い、謝るから台詞を喋らないで」

「プルルンしちゃう♡」

「やめて!」

「じゃあ第2回はユキナ姫中心でいこうか」

「絶対やらないから!」


 そんな僕の反論どこ吹く風。

 クゥナはくるんと踵を返し「るんたったーるんたったー♪」足取り軽ろやかにステッキを振りながら部屋を出て行ってしまった。



「描かないからね! 絶対描かないからね!」



 ユキナを穢すことも失望されることも裏切るようなことも、もう2度と絶対の絶対にしないからね!




    ◆    ◆    ◆




 ――まったく!

 これをまったくと言わずして何をまったくと言えばいいのか!

 夕食を終えた僕はいつものようにノートを開いて描き始めた。けど途中でペンが止まってしまう。


(ユキナの……胸の部分が描けないぞ)


 クゥナがあんなコトを言うから、変に意識してわからなくなったんだ。世界を救うユキナを邪な想像で穢すつもりなんてないよ。でも実際より小さいと悪いし、変に大きいと失礼だし、描くなら綺麗に描きたいだけなんだ!


『ぷるるん』


 クゥナが発した変な擬音が耳に残響する。何がぷるるんだよ。

 でも、ぷるるん、ぷるるん、ぷるるん……ぷるるん、ユキナの、ぷるるん。


「――ってダメ!」


 僕は自分で自分の頬を殴って妄想を止めた。あう、痛い。

 窓の外、月が海に揺らめいていた。惑星のような球体かどうか知らないけど、ムゥジュの月も東から登って西へと沈む。ということは、もう深夜か。さっき夕食を終えたばかりのつもりだったんだけど、絵を描いてると時間が進むのを早く感じる。

 気分転換に僕は部屋を出た。


「わ、綺麗だ……」


 夜の神秘的な水の上に張り巡らされた回廊。空と水面に、星と月が瞬き煌めいている。そう言えば、夜中に回廊へ出るのって初めてだっけ。


(あ、シェリラさんだ)


 中央宮殿の回廊から西房へ向かって歩くシェリラさんの姿を見つけた。角灯を提げて、夜の見回りだろうか。

「まあ、ケイカ様」シェリラさんは僕を見つけて足早に近づいてきて。


「いかが致しましたでしょうか。御用がございましたら呼び鈴を鳴らして頂ければ」


 困った顔で僕に言ってきた。夜は警備が薄くて、出歩くと危ないと言われてたのを忘れていた。いつもは部屋で絵を描くから気にしてなかった。


「ご、ごめん。ちょっと頭を冷やし……じゃなくて、外の空気を吸いたくてさ」


 シェリラさんは困った顔のまま、頬に手を当てた。


「それでは、わたくしと一緒に見回りをして頂くというのは如何でしょうか」

「いいの?」


 彼女は首を縦にも横にも振らず苦笑いを浮かべるだけで。そうか、彼女の立場を考えると、あんまり言及しない方が良さそうだ。

 僕は黙ってシェリラさんの隣を歩く。


「シェリラさんは侍女長なんだよね。見回りもするの?」


 彼女は注意深く周囲に視線を馳せながら「そうですね」と言葉を濁すように言った。


「今時分、夜の見回りは武術か魔術の心得がある者でするようにとクゥナ様より仰せつかっておりまして。わたくしと、あと何人かで交替で致しております」

「そ、そうなんだ……」


 シェリラさんは見かけによらず強いのかな。もしかしたら魔法使いなのかもしれない。


「ユキナから聞いたんだけど、シェリラさんのお母さんも侍女長だったの?」

「恐れ多いことではございますが……そうですね、わたくしの家系の者が代々その役を務めてさせて頂いております」


 へえ、ここでも家系とか一族なんだ。

「もっとも」彼女は控えめに笑った。


「私だけではなく城の侍女は大抵、親類に限られる傾向にあります。能力も大事ですが、家柄由緒の方が重んじられます。王族の方々の身辺をお世話させて頂く仕事ですから」

「王族ならわかるけど、僕みたいな人間には勿体ない話だね」

「そのようなことを仰らないでくださいませ。あ、お待ち下さい」


 ふっとシェリラさんは立ち止まり、振り返って角灯を翳した。照らされた遠く先、小さな影が慌てて走っていく。リスかネズミに似た影だった。その後、チャポンと水に飛び込む音が聞こえたから知らない未知の小動物かも知れない。

 すごい、あんな擦る程度の足音で気配を察知できるんだ。魔法使いじゃなくて武術家かも。

 危険は無かったのかシェリラさんはまた歩き出す。


「王城に仕える者がみな一枚岩な考えとはさすがに申せませんが、名誉やお給金のためだけに務めているわけではありませんよ」


 親しみやすい、心が和らぐような口調で僕に続けた。


「もしも、です。もしもユキナ様とケイカ様、お2人の間に御子が授かることがなければ、わたくし達はいずれも皆、魔物の手に堕ちるでしょう。ユキナ様が今日の希望であればケイカ様はわたくし達の明日の希望なのですよ」


 あう。そんな風に優しい笑顔で言われると……あう。


「ケイカ様は女性が苦手なのでしょうか」

「う、うん」


 どちらかと言えば人間が苦手なのかも。いや、他人じゃないか。いちばん嫌いなのは自分なんだ。だから人間が嫌いってわけでもないし。うう、説明が難しい。

 たぶん、僕もよくわかってない。誰かと本心で言葉を交わすのが苦手なんだって思う。

 男のことだったら何でもわかるのかと言えばそれも違うし。


「どっちがなんて言えないけどさ、特に……女の子は……ね」


 シェリラさんは「それは困りましたね」と癖なのか片手を頬に当てた。


「ユキナ様はお強いですが、ケイカ様を傷つけたり害されるようなことはなさいませんよ。ええ、肌を触れあうことも決して拒んだりはなさらないと思います」

「それは、何となくわかってるんだけどね……。あ、僕だってその、ユキナのことが嫌いじゃないよ。でも触ったらいけないって。ううん、ユキナだけじゃなくて、その」


 しどろもどろな僕の言葉にシェリラさんは「なるほど」と、口にしないまでも納得したように頷いてみせてくれた。


「ケイカ様にとってユキナ様が初めての異性なのですね」

「……そんな感じだよ」


 するとシェリラさんは立ち止まった。


「明日、第2王城の侍女達に協力を呼びかけてみましょう」

「み、皆の協力?」

「はい。ケイカ様の異性に対する免疫力を高める……いえ、そんな大仰なものではありませんね。苦手意識を克服するための、ちょっとした御遊戯、ごっこ遊びですよ」

「……ごっこ遊び?」

「はい、少しだけ異性に慣れてみましょう」


 と、シェリラさんは微笑んでくれる。

 第2王城の皆と遊ぶのはいいけど、僕はいつもごっこ遊びで雑魚キャラにされてたから良い想い出なんてないんだけどな……。




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