第27話 パウレルの雪 ~次代に託して~


 僕が第2王城へ戻って5日が過ぎ。

 ふらりと部屋にやってきたクゥナは腕を組み、話の途中で唸った。


「うーむ。いい流れだ。まさかこんなええ話が聞けるとは思わなんだ」


 包帯を頭や腕に巻いたクゥナが、何度も唸り声を出す。


「それで一晩中やったのだな?」

「ひ、一晩中? な、何を?」

「いや、だから。姫は自らケイカにパンツを見せたのだな?」

「う、うん」

「そしてケイカはユキナのパンツを見たのだな?」

「……う、うん」


 どうして僕はクゥナなんかに話してしまったのだろう。浮かれてたのか、誰かに聴いて貰いたいほど嬉しかったのか、とにもかくにも最初から話してしまった。


「つまり念願叶ったケイカはようやく満足し、心置きなく姫のパンツをずらし、一晩中、王女のカラダにエッチなことをしたのだな?」

「したのだなって。何だよ、その決めつけた展開は!」

「ほ、ほえ?」


 違うよ、と僕は掛けられた容疑をきっぱり否認する。


「そんな変なコトはしてないよ」

「……ヘ、変なコト?」


 目を点にし、ぽかんとするクゥナに僕はもう一度はっきり答えた。「してないよ」


「僕がクゥナに聞いて貰いたいのはその後。2人でね、いろんな話ができたんだ」

「は、話?」

「うん。ムゥジュのことや魔物のこと、ユキナの家族のこと……そう、名前の話とか」

「なんじゃそりゃぁあああああっ!」


 いきなりクゥナが仰向けにぶっ倒れて憤慨した。


「アホかお前ら! 夜中に男と女がパンツ見せて見て、することが家族の話って聞いたことないわアホ!」


 僕だけならいざ知らず、ユキナの事までアホ呼ばわりして憤慨した。


「だから家族だけじゃなくて、ユキナの名前のことも」

「一緒じゃ! 貴様の望みはいったい何なんだ!? 腰の剣はまさかの飾りか、それとも竹光か!」

「ち、違うんだよ。僕たちは話を」

「やかましい! 違うというなら抜刀して姫を刺せ!」


 ――仮に。

 竹光だとして、一体どういう意味なのだろう。


「も、もう、物騒なこと言わないで話を聞いてよ、クゥナ」

「話は要らん! 抜刀しろーっ!」


 クゥナは聞く耳持たずとばかりに、完全にキレて喚き散らす。


「姫も姫だ! 私があの夜、どれだけ大臣共から『今夜か? 今夜か?』って訊かれたと思っとるんだ! 何と答えればええんじゃ!」

「そういうの不敬だって自分で言ってなかった?」

「別・問・題・だ! 二人の子供の顔を拝んでこそ、やっとこの世代の人間は安心出来るのだ! それは私も同じ! アホアホアホアホアホ! ドアホ姫っ!!」


 ジタバタジタバタジタバタッ!

 マットを手足でバタバタ叩き、ベッドに寝っ転がったクゥナは暴れまくった。

 まるで駄々っ子みたい。あーもう。話が反れた。国とか大臣とか会った事もないのに、それこそ知らない話だよ。

 でも。国家存亡というか、世代に関わる大事な事っていうなら、そうかもしれない。




    ◆     ◆     ◆




 手すりから下りたユキナに僕は訊ねた。


「クゥナから聖鐸秤の話を聞いた時から気になってたんだけどさ。ユキナの名前。そう、君のお父さんかお母さんはもしかしてパウレルの人?」


 聖鐸秤は大概に異世界の者ばかり指定するって言ってた。シャオン達も僕のことを『お姫様と同じで変な名前』って言っていた。

 ユキナはサラサラ流れる髪を耳に引っかけながら「うん」と頷く。


「でもお父さんやお母さんじゃないよ。お父さんは私と同じでクリムトゥシュで生まれて、お母さんはケイカとはまた違う別の異世界の人。ユキナって名前はお婆ちゃんが付けてくれたの」

「お婆ちゃん?」

「うん。お婆ちゃんはケイカと同じ、パウレルから来たの」


 お婆ちゃんが……僕と同じパウレルの人。

 不意に「ね、ケイカ」とユキナが僕の方を向いた。


「ケイカはパウレルの雪って見たことある?」

「パウレルの、雪?」


 頷いた彼女は両手の掌でハラハラハラっと、花びらのようにゆっくり舞い散る粉雪の仕草をして見せてくれる。


「私は雪を見たことは無いんだけど、私が生まれた月。パウレルでその季節には、お婆ちゃんが住んでた街に綺麗な雪が降るんだって」


 ユキナのお婆ちゃんはパウレルの人…。そうか、それで。


「綺麗な粉雪か。お婆ちゃんは東北とか雪国の育ちだったのかな」

「トーホク?」


 僕はなんでもないよ、と首を横に振った。寒い地方でしか見られないという雪。僕もその類のは見たことないから詳しくないんだ。


「ユキナは雪が降るところを見たことないの? この世界では降らないの?」

「うん、珍しいかも。ムゥジュでも降る所では降るらしいんだけど氷雪地帯で、吹雪って感じらしくて。それに、私はクリムトゥシュを離れられないから」


 ユキナはふっと僕から視線を外し、城塞都市の頭上、暗い雲を見た。


「あ、そっか。変なこと訊いてごめん」

「あはは、私だけじゃないよ。魔物がいるからみんな領外には出られないの。各国の行き来はしっかり護衛を付けたキャラバンか、クゥナみたいに転送魔法が使える人だけ」

「……魔物、いっぱいいるんだね。どうして襲ってくるのかな」


 するとユキナはまた僕の方を見た。ボロボロに引き裂かれた服を見て。


「魔物は人を食べちゃうから」悲しそうな顔をした。

「百年くらい前までは今よりずっと往来があったみたい。魔物も人里を襲うようなこともなくて、獲物を捕まえて食べるような感じで。でも、ある時を境に魔物も組織だって王都規模の街を攻めてくるようになったの」

「ある時を境に?」


 ユキナは「わからない」と首を横に振った。


「クゥナだったら詳しく知ってると思うんだけど、クゥナも『憶測に過ぎない』とか言って教えてくれなくて。でね、それからは沢山の国が襲われていったの」

「襲われて、みんな食べられちゃった?」


 ユキナは長い睫毛を伏せ、また挙げた。


「滅した国の人間を家畜化して、食糧の無限生産が目的なんだって。既にいくつかの国が魔物の手に堕ちてるみたい。でも無限っていうのは無理で、魔物が放つ特殊な妖気に長く触れると、抵抗力がない人間は身も心もだんだん魔物になってしまうの」

「だ、だから魔物は増えて、人を襲い続ける?」

「うん、それに対抗できるのは魔物に反発する異世界の血を持った人間だけ」


 異世界の……反発……あああっ! 思い出した!


『ケイカは異世界の人間。捕食しても貴様等の栄養にはならない』


 あの時はもう死ぬかと思ってたし、クゥナの時間稼ぎのハッタリかと理解してたけど。


「反発する力だけが私に受け継がれてるわけじゃないけどね」


 腕力、跳躍力、耐久力、あと蒼い炎の力と使命。いろんな力が凝縮された結晶を持っているんだ。

「お婆ちゃんはね」とユキナが続ける。


「パウレルに恋人がいたの。だからこっちへ来てお爺ちゃんと出逢ってもすぐには打ち解けられなかったってシェリラのお母さんが教えてくれた」


 シェリラさんのお母さんもまた、当時の侍女長だったそうだ。

 なんとなく、お婆ちゃんの気持ちもわかるよ。いきなり連れてこられて、さあ子供を作れって言われても工作じゃないんだからさ。


「お婆ちゃんはお城にいるのかな?」

「私が生まれてしばらくして…病気で死んじゃった」


 ……そうか。ちょっとだけ逢ってみたかったな。


「街は次々と襲われる。難民は命からがら、お爺ちゃんの守るこのクリムトゥシュに逃げてくる。ううん、それだけならまだいいけど」

「魔物は人間から神器を奪っていく?」


 うん、と彼女は頷く。


「その頃に奪われたのは神器じゃなくて普通の武器や防具、あとは戦術。神器は聖鐸秤みたいに辺境の神殿や塔や洞窟に封印された物も多いから。それでも武装した魔物の軍団に次第に追い詰められていく王城やお爺ちゃん達を見て、お婆ちゃんは側室に入ることを決意したの」


 決意だなんて一言では云えないかもね、とユキナは苦笑した。

 そうしてユキナのお父さんが生まれ。彼の側室との間にユキナが生まれた。


 今となってはわからないことだけどお婆ちゃんは世界に身を捧げる想いだったのかな。


(…………………………)


 駄目だよ、お爺ちゃん! メイド遊びなんかに夢中になったら!



「もしかしたら、お婆ちゃんはその時、この戦いはますます熾烈なものになっていくって想像したのかもしれない。自分と同じ女の子で生まれた私に、いろんな願いや想いを託して、パウレルの名前、自分のセツナの字を分けてくれたのかもしれない」


 ……セツナ。古風だけど微妙に今風の名前にも感じる。

 いや、そうか。彼女が仮にムゥジュで50年を過ごしていてもパウレルでは数ヶ月。僕と変わらない、同世代の人だ。

 同じ異世界のパウレル人って言っても僕とは違うセツナさんはどんな人で、どんな想いだったんだろう。話を聞きたくても……もう逢えないんだ。

 不思議な感じがした。

 きっと僕とそう変わらないテレビ番組を観て、似たような教育を受けて育って、同じ時を過ごした人がもういなくて……彼女の孫娘に僕が出逢ってる。


「できるなら、私の代でこの戦いを終わらせたい……」


 ぽつりとユキナは言葉を漏らし、溜息をつくように「でも無理かもしれない」


「だからその時は、もしケイカが気が向いたらでいいから……私とね……」


 彼女はそう言って「次の世代に託さないといけないね」と、寂しそうに笑った。




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