第26話 恥ずかしいことじゃないんだよ
「…………うわ、これが本城なんだ」
僕はユキナの自室の外、広いベランダの手すりから身を乗り出し、その規模と荘厳さに肝を潰した。
山岳の丘陵一帯、斜面沿いに城壁が段違いに建ち並ぶ壮大で頑丈な西洋風の城。それが、クリムトゥシュ本城。
でも知ってる西洋風の城とは城壁の高さも規模もまるで違った。写真や資料の本でも見たことがない。
『――趣が違う』
なるほど、城というよりは優雅な宮殿の第2王城とは違い、言うならばこの城は敵を迎撃する一大要塞だ。
ユキナの自室は、下から数えて8段目の城壁部。下界が視界の遙か下に広がっている。夜勤の警護兵らしき人が豆粒みたい(し、失敬)。心なしか、暗闇に流れる雲や月さえ近くに見える気もした。
背後で、ドンッと重い音がする。
ユキナの部屋は僕が寝泊まりする第2王城の東房と同じくらいの広さだけど、それ以上に天井がやたら高く。燭台は楽に入ったけど、クゥナが転送させた場所は部屋のド真ん中でさすがに邪魔だった。ユキナはよいしょよいしょと隅へ運んでいる。
クゥナの転送魔法は対象物の質量ではなく接地面積が消耗する魔力に影響を与えるらしい。でも詳細を知っているのは召喚獣シュタイフェルだけだとも言った。
廃墟同然となってしまった神殿の跡地で、巨大な燭台を背負うユキナと、彼女の隣に立つ僕に向かってクゥナは左手を向け。
『先に戻っていて。転送先は……うむ、とりあえず姫の部屋にするか』
世界一、安全な場所だと苦笑していた。
クゥナも後から一人で戻ってきたらしいけど、仕事が山積みでここへは来ないらしい。
「でね。今夜はその…もう遅いから。私の部屋に泊まって欲しいんだけど…いい?」
燭台を片付けてベランダに来たユキナが恥ずかしそうに僕に言った。
「し、仕方ないよね」
結局、シャオン一味か一家か分からず終いだったけど、領内に魔物の侵入を許した事が城を騒がしくさせて、クゥナがやってるのは事後処理というやつだと聞く。
だから僕も聖鐸秤と同じ。今は世界一安全なユキナの部屋にいた方がいいみたいだ。
「広いベランダだね」
ユキナは「うん」と頷き、手すりから身を乗り出して一緒に階下を覗き見て。
「監視塔から連絡が入ったら、ここから飛び降りるの」
なるほど、僕がやればただの投身だが、彼女にとって並ぶ8層の城壁はさながら8段に組まれた階段のような物か。
「ベランダも、助走用に改装して貰ったの」
やたらと広いベランダなのにプランターとか飾りがないのはその為だろう。けれど、ベランダはわかるけど、彼女の部屋の方が気になった。
レースのカーテンや姿見の立鏡、という申し訳程度のお洒落で、やたら広い割に最低限の家具しか無い。
ちらっと隅に見える鉄の塊はダンベルかバーベルの代わりなのかな。
(女の子の部屋をじろじろ見て詮索するのも失礼だよね)
と、僕は視線をユキナに戻す。
ベランダを抜ける風に、ユキナの肩に掛かる髪がサラサラ揺れていた。抑える仕草が可愛くて、色香の方に心が奪われてしまう。助けてくれたお礼くらい言わなきゃ…と思うのに胸がドキドキして言葉が出なかった。
すると、ユキナは手も使わず「よっ」と手すりの上に飛び乗る。
「あ、危ないよ!」
「大丈夫だよ、落ちても平気だもん。ケイカも来てみる? 気持ちいいよ?」
「そ、そうじゃないよ」
そうじゃなくて…短いスカートでそんな所に上がったら、また見えるから…。
ベランダは風が強くてユキナのスカートの裾がヒラヒラと、見えるか見えないかギリギリのところで僕の目を誘うようにはためいていた。
言いたいことが伝わったのか、ユキナが慌ててスカートを抑えて。
「ご、ごめんなさい! 私、つい……」
「だ、大丈夫だよ。見えてないから」
「…………うん」
「………………」
「………………」
そうして、また二人して沈黙してしまう。
魅力的だよ、すごく魅力的だよ。君のスカートだから、目が向いちゃうんだってことなんだよ。そう伝えたいのに、すごく間が悪いんだ。
あんなにいっぱいユキナと話をしたいと思ってたのに、どういう教育方針だったのか知らないけど彼女は無防備過ぎて、僕はとんだ変態で、意識しなきゃいいのに目がどうしても行っちゃうんだ。だから僕は俯いてしまう。すると、
「……ふふ」不意にユキナが笑った。
「あはは、おかしいね」
シャオン達に向けた冷たい笑いじゃなくて、本当におかしいって笑った。
「子供を作りましょうって言ってるのに、こんなことで恥ずかしがって」
「う、うん。でも恥ずかしいよ」
「そうだね」
私ね、とユキナが続けた。
「昨日まで。今度ケイカに会えたら、ケイカの前でちゃんと裸になる! って決めてたのに」
――ブシュ。僕の鼻奥は7ポイントのダメージを受けた。
「ケイカ」
彼女が僕の名を呼んだ。顔を上げると、
「――――――ッ!」
手すりの上で、ユキナがスカートの両端を摘み、パサッと左右に広げていた。大胆に、彼女は自分の下半身を僕に見せていた。
空で戦うから丸見えだった両側を紐で蝶結びになってる水色のショーツ。
だけど、近くで見ると、彼女の下着は薄く細いレースに縁取られていて…エッチというよりは可憐で…。
「ね、ケイカ。ぜんぜん恥ずかしいことじゃないんだよ」
ユキナがそう言った。恥ずかしくないって言ったのに、彼女の顔は月明かりの逆光の中でもわかるくらい赤く。
彼女の意図がわかるような、わからないような…。
けれどいつしか、僕の視線はユキナがせっかく惜しげもなく見せてくれる下着から外れ、彼女の瞳の方を向いていた。
ユキナもはにかんだ表情で、だけど僕の目をじっと見つめ返していた。
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