第24話 蒼炎のユキナ姫③


 地面に叩き落とされたシャオン達は信じられないとばかりに。


「そんな……バカな」

「な、何なのよ、あの子」

「ラ、ラムウェルから聞いてた話より、ぜんぜん強いじゃない」


 しかしそれでも戦意は削がれてないのか、地を這いずり、再び空へと舞い上がった。

 魔剣も砕くユキナの打撃を受けて動けるなんて。


「クゥナ、これを飲んで!」


 着地したユキナがスカートのポケットに手を入れた。うん、見たことないけど女の子のスカートには、ヒダヒダの間に秘密のポケットがあるらしいんだよ。

 そうして墨汁入れみたいな形をした小瓶を取り出すと、地面に倒れてるクゥナに投げた。キャッチしたクゥナは、瓶のラベルを見てゲッと呻き。


「ヤダ、これは飲みたくない」


 いきなり投げ捨てようとしたクゥナの手を「駄目だよ!」僕は急いで止めた。

 そうか、なんとなく空気でわかった。

 人間離れしたジャンプ力を持っていてもユキナは空を飛べないんだ。


 クゥナみたいな空中走法ではなく、膝の力を使った純粋で超絶なジャンプ。でも空中だと足場とか力場ってやつがなくて技の威力が半減してるんだ。加えて相手はなんだか強くなってる。 

 とすれば、ユキナがいま欲しいのはクゥナの援護射撃か何か。

 つまりこの液体は、いわゆる魔力回復のポーションなんだよ!


「いや、それ本当にゲロマズだから。はっきり言えば●●●みたいな味で」

「いいから、飲んで!」

「ふごっ!」


 僕は解説を待たず、クゥナを仰向けに抱き起こし、彼女の口に瓶を突っ込んだ。ゴキュゴキュっと飲み込んでくれたと思ったら、


「オェエエーーーッ!」


 クゥナは嗚咽と共に、せっかくの液体を吐き出してしまった。


「駄目だよ、ちゃんと飲まなきゃ」

「飲めるか、んなモン! 放っておいても王女なら大丈夫だから」

「ワガママ言ってる場合じゃないよ! ユキナが!」


 そう、ユキナはまた空中戦に持ち込まれて手こずっていた。1匹ずつなら問題ないかもしれないけど、1匹殴っても、後ろから別の1匹に攻撃されてる。口からの怪光線を背中にまともに浴びていた。


「ユキナ!!」


 彼女の身に纏う炎が一時的に弱まる。

 ダメージよりも面倒なのが反動なんだ。地面へ落ちてしまう。くるんと受け身を取って、炎を吹き上げ、また空を飛ぶ、この動作が手こずる原因みたいだ。


「姫はアホ。なんであいつらの得意な空中戦に付き合ってやる必要がある」

「一生懸命やってる人にアホなんて言っちゃダメ! 早く飲んで」

「や、やめて……オオ、オエ、オエッ!」

「オウイエー? 美味しいんだね!?」

「マズイわい!」


 少しずつ、少しずつ、クゥナに薬を飲ませる。青ざめていた顔色が少しずつ回復しているみたいだ。やっぱりこれは回復薬。血色が良くなってきた!


「さあ、もっと飲んで!」

「も、もう無理、もう……オエ、オエ……ウロォッ!」

「吐いたら駄目だ!」


 僕は素早く吐き出そうとしたクゥナの鼻と口を塞ぎ、飲み込ませた。よし、瓶の半分以上は飲ませたぞ!


「……姫、私も助けて……。こいつ飲ませ方がマジでえげつない……」


 僕はクゥナに飲ませながら空に目を向ける。相変わらず戦況は芳しくないようだ。

 ユキナの蹴りが風を切る音。速さも威力も申し分ないはずだ、当たれば一撃で首がすっ飛ぶ力感だ。けど、飛んで蹴るの単調な二連動作では読まれてる。跳び上がったところで閃光を撃たれてる。


「でやっ!」


 きっちり拳で防いではいるけど、そこで滞空時間切れだ。堕ちる。敵は地上まで追って来てはくれない。戦闘の素人の僕でも疑問を持ってしまう。


(……どうして?)


 クゥナが言ってるみたいに我慢して地上に降りてくるまで待てばいいのに。聖鐸秤があるから地上戦を避けたいのはわかるけど、ならせめて射程距離にまで引きつけるとか方法はあるのに。


 なんでだろう。彼女のこと、そんなに詳しくないけど自身やクゥナが言うほど頭の弱い子じゃないと思う。

 ふと、彼女の横顔が見えた。歯ぎしりしていた。


「……ユキナ?」


 ユキナの様子が変だった。怒ってる。あ、いや、戦ってるんだから彼女だって怒気くらい孕んでいるんだろうけど、何か、獣人と戦っていた時と違う。

 僕の腕が叩かれる。クゥナがタップしていた。駄目だよ、飲んで。

 地に立つユキナを、魔物達が誘うようにひらひら掌を揺する。


「さあ空の世界へいらっしゃい、お姫様」

「貴女も坊やみたいにひん剥いて泣かしてあげるから」

「ほら、ほら、早く」


 ――ギリッ。

 ユキナが奥歯を噛む音が聞こえた気がした。蒼い炎が一段と強く吹き上がり、空高くジャンプする。目にも止まらない速さで、あっという間にシャオン達の元まで到達する。けど、僕でもわかるくらい空の戦いは不利だ!


「うぐううううっ!」


 ユキナの真っ正面から光線が命中した。

 一瞬、動きを止めた彼女に、シャオン達がここぞとばかりに連発してきた。魔力が無尽蔵なのか打ち続けてくる。

 浮力の無いユキナは地に足を着けるまでの間、集中砲火を浴びてしまった。

 着地した彼女の衣服からグスッグスッと灰煙が上がっている。身に纏う炎は単なる炎じゃなくて彼女を守っているみたいだけど、それでもダメージを受けている。

 再度、飛ぼうとして――膝をついた! たちまち彼女を守る炎が弱くなる。


「ユキナ!」


 絶好の機を逃すようなシャオン達じゃなかった。僕が叫ぶより早くユキナに光線が届き、重なったエネルギー弾が爆発を起こす。と思いきや、爆発は起きなかった。

 彼女の手前で光が霧のように消えていく。


「……………………あら?」


 消滅した閃光の束。空にいたシャオンの一人が目を細めた。


「防御の結界だ」


 声を出したのは僕の腕の中にいたクゥナだった。両手で印を結び、薬が効いたのか顔色は良くなり、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。


「姫の蒼炎に上乗せ相乗で効果は抜群」


 彼女は得意気にそう言うと、すくっと立ち上がりユキナの元へ歩いていく。ユキナは立ち上がるどころか、蹲ったまま俯いて。


「……クゥナ。私ね、私ね、やっぱり…やっぱり…」

「初めて抱いた憎しみに戸惑って、炎の力がうまく操れない?」

「…………………」


 クゥナが小さくため息をついた。


「気持ちはわからないでもなくもない」


 どっちだよ。


「けど姫。相手を懲らしめてやろうとか反省させようなどと余計な事は考えないで」


 膝を着いたまま、ユキナはぎゅっと拳を握りしめて俯いた。クゥナは彼女の背中に掌を置くと、上空で身構えるシャオン達に目を向ける。


「ユキナがまだ小さかった頃の話だ」唐突に、そして訥々とクゥナが話し始めた。

「初陣に出たユキナは弱かった。魔物を倒すどころか追い散らすのが精一杯でな。普通の女の子が生まれてしまったと軍も内政官達も誤解するほどだ。髪の色も違う。決まってるわけではないのだろうが、往々にして蒼炎の力を持つ者は金髪だ」


 あ、体はシャオン達の方を向いていても、僕に言ってるんだ。


「性格も歴代の者に比べて妙に甘い、魔物共は人間の秘宝を奪い武装する、早期の世代交代を囁く不敬な大臣共まで現れる始末。10年前から本城では大騒ぎだ」


 クゥナは自嘲気味に笑みを零す。


「だがそんなことはない。聖鐸秤に選ばれた者との間からは必ず蒼炎の後継者が誕生する。例外は無い。ユキナは争いを嫌う優しい性格だっただけ。それどころか相手に応じて自らの力を何段階にも変化させられる天才児だ。そうと気づかずただの姫だと幼少時の教育を誤った我々がアホ過ぎた。教えた道徳を覆し、闘争意識を植え付けようなどと今さら間に合わん」


 しかし、とクゥナはユキナに優しい表情を向けた。


「しかし、そんな心配もハナから要らなかった。父君から力を引き継いだユキナは生まれ持って本領を発揮することができる」


 も、もしかして、変身って自分を抑えるために? でも何のために? って、今はそんなこと話してる時じゃないよ! シャオン達が警戒を解いて攻撃の機を窺ってる!

 それでもクゥナはそれらを無視し、優しい口調でユキナに語りかけた。


「王女。御身は紛れもなく蒼き炎の力宿りしユキナ・セレンティム・クリムトゥシュだ。誰に教わらずとも受け継いだ胸の奥底にあるものが感情となって成すべきことを伝えてくれるはずだ。何を守り、何を倒し、何を成すか。迷わず、感情に従い戦えばいい」


 ユキナはしばらく俯いたままだったけど、やがてゆっくり膝を上げ、立ち上がった。


「……ん、そうだね」


 すうっと息を深く呑み、クゥナと共に空を見上ると。


「――ねえ、話は終わった?」


 魔物達がバサバサ、大仰に翼を揺らして待っていた。


「長話で私達を地上へ降ろそうなんてしても無駄よ?」

「待っててあげたんだから空へいらっしゃい」

「引き裂いてぶっ殺してあげるから」

「――私を殺す?」


 ユキナが――そして後ろに立つクゥナも――「クスッ」と笑みを零した。

 空に漂うシャオン達がたじろぐ。口調や声色が怖いわけじゃない。でも、僕の背筋がゾクッとするほど、ユキナの声が冷たく響いた。


「私、体を思いっきり動かすのは好き。だけど弱い者イジメは大嫌い。魔物でも逃げるなら逃げてくれる方がいい。そう思ってた」

「ハアア? 弱い者イジメ!?」


 ユキナは答えず固めた両拳をひろげて構え、膝を折り曲げた。

 一時は弱りかけていた炎が、彼女の全身から勢いよく噴出する。


「なによ! それ挑発してんの!?」


 キレた一人が指輪の嵌った手を握りこんで祈るように力を込めると、

 バンッ!

 広がっていた翼がさらに巨大化した。翼だけじゃない、筋肉が膨れあがり、体も一回り大きくなった。他の4人も同様に次々と肥大化していく。

 けれどユキナは彼女達の変貌など意に介することもなく、拳を握りしめ、


「……許せなかったの。クゥナを痛めつけたあなた達は許せなかったの」


 空気が震えた。魔法とかの類じゃない。彼女が噴き出す炎が大気を揺らしていた。

 ユキナの姿がふっと消え、


「―――――っ!」


 次に現れた場所は、シャオンEの真横!


「せあっ!」


 振り向くシャオンの腹にユキナの蹴りが入った。いや、入ったというか、


「………………ぐ、ぐほ……っ」


 蹴りが腹を貫通している!

 残る4匹が振り向いた時には彼女の姿は消え、魔物の死角、斜め後方に現れるや、1匹の後頭部に肘を叩き下ろした。

 ――――グシャッ!

 一瞬の衝撃音と共にシャオンの頭部が破裂した。断末魔を挙げる間も無く、脳とか目玉とか、なんだかよくわらないブヨブヨした膿塊や血管が撒き散らされる。


「――知ってるんでしょ」


 僕を含めて魔物達も全員が驚いた。

 ユキナが宙を飛んでいた。


「私の蒼い炎には貴女達、魔物の魂を消滅させる力があって。心の臓に浴びれば蘇生も再生も、2度と生まれ変わる事もできなくなるって……」


 するとまた消え、今度は下方に移動した。接近してるシャオン達には見えないと思うけど、僕の位置から見えた。

 クゥナだ! 地上にいる彼女が印を結び、ユキナに浮遊か瞬間移動か、とにかく何らかの術をかけてる!


「だけどケイカまで!」


 叫ぶユキナの纏う炎が勢いを数段と増し、一帯の空気を震動させる。


「ケイカまで殺そうとしたのは絶対に許せないっ!」


 姿を見失い、戸惑うばかりのシャオン達は慌てて声のした方向、自分達の足元辺りを振り返ったが遅い。

 ユキナは背後に回って指で鉄砲の形を作る、そんな構えを取り――


「サザ―シェント・リブ・ソリュ―シュ!」


 彼女の指に全身の炎が集束し、先端から発射された。


「ひゃ、ヒャアアアアアァァアアアアアアアアッ!!」


 断面がシャオン達をまとめて捉える業火の如き火炎砲に響く断末魔。

 そしておそらくその炎が彼女達が最期に見た光景になっただろう。

 瞬く間に炎は3匹を飲み込み、暗雲を突き抜け、空へと消えていった。

 続けてユキナは無言で。



「………………」



 指から蒼白い火炎を、最初のキックで吹っ飛ばした魔物の方向にも放つ。




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