第23話 蒼炎のユキナ姫②


「聖剣はどんな味がするのかしら。咀嚼して、あああ、しっかり消化してあげるから」


 ――――ペロン。

 長い舌を出して、ズボンの上からシャオンFがぼ、僕のを舐めた。


「だめ、だめ、やめて! おねがい、だめえええ!」

「んふん。だめじゃないの」

「助けて、クゥナ! 助けてクゥナ!」


 だけどクゥナは倒れたまま動かない。動こうとしてるけど、体を震わせるのが精一杯な感じだった。


「フフフ、良い顔だわ」

「聖剣がちょん切れた坊やの死体を見たら、ウフフフ、お姫様ったらどんな顔をしてくれるかしら」


 ――――っ!

 そのとき、僕の頭にユキナの顔が浮かんだ。


「ホホッ。想像するだけでも最高だわ。なら両腕と両脚、内臓も食べて」

「そ、そんな……」

「あとは聖剣を食いちぎって」

「死体をあのお姫様の城の門にでもに飾ってあげるわ」

「そ、そんなことは!」

「アァ!?」


 シャオン達がこちらを向いた。

 愉快そうに笑っていた顔が凄まじい殺気のこもった形相になる。


「そんなことは、なあに?」

「え……えっと。そんなことは」

「ほら遠慮しないで坊や。言ってごらんなさい? そんなことは何?」


 闇に鈍く光る彼女たちの眼光に、奥歯が噛み合わなくなる。

 そんなことはやめてくれ。

 そのたった一言が彼女たちの脅しに舌が震えて出なかった。


「助けて、誰か……」


 恐怖なのか、目尻に湿り気を感じた。

 僕は……殺される?

 想像したのよりずっと残酷で、あの子まで巻き込んじゃうようなやり方で……?

 あの子に謝れないまま、こんなわけのわかんない場所で死んじゃう。

 そんなのは……いやだ。

 ユキナ、助けて。僕達、死んじゃう、助けて。

 ユキナ……ユキナ、助けて! お父さん、お母さん、ごめんなさい!

 生まれてごめんなさい! 謝るから、ぜんぶ謝るから! 僕なんかが相手でごめんなさい! 存在してごめんなさい! 謝るから、何もかも謝るから!


「ユキナ、ごめんなさい!」


 麻痺した思考の中、両親や過去のことが巡り、後、僕の頭の中はユキナの姿でいっぱいになっていた。


「ユキナ、助けて! 助けて、ユキナ、助けて!」

「クフ、クフフフ」

「アハハハッハハハッ!」


 錯乱し矛盾した僕の叫びにシャオン達が堪えきれないと嗤い声をあげる。


「いいわ、いいわ! もっと叫んでちょうだい!」

「そういう声。とっても耳に心地良いのよ」

「ユキナ、ユキナ!! お願いユキナッ、助けて!!」

「アハハハハハハハッハハハハハ!!」


 もう無理だ。この人達はただの変態じゃない。裂けた衣服の間から、剥き出しになった皮膚に歯形を付けつつ、ペロペロ僕の体を舐め始める。くすぐったさが不気味極まりなく、死という実感が脳裏を過ぎる頃、僕の頭の中にはユキナの顔だけが浮かんでいた。


(……ユキナ、ごめん。聖剣、なくなっちゃう)


 と、その時だった。



「――――よし、ケイカ、よくがんばってくれた」



 不意に。伏せたまま動けないでいたクゥナの声が低く響いた。


「時間稼ぎは成功だ」

「あああん?」


 不可解な言葉で食事の邪魔をされたのが腹立ったのか、1匹がクゥナの方を向き。

「なにが時間稼ぎ…」そこで言葉が止まった。


「あ、あ、あああ、あれ!!」


 倒れたクゥナの体に小さな影がさす。

 だんだん影は大きくなっていき…空だ! 空から、空から女の子が堕ちてきている!

 青い髪、蒼い炎、夜闇の中でも自身が生み出す炎に照らされる桃色のブレザーと純白のフレアスカートは。――ユキナだった! ユキナが空から!

 彼女は空中で手足ごと体を丸めるや、



「フレイジング・リブ・バーストッ!!」



 弾けるように四肢を広げた。身を包む炎が吹き荒れ、青いセミロングの髪が金色に変化していく。


「クゥナ、遅くなってごめんなさい!」


 ユキナはクゥナの傍らに着地するや否や、バンッと石床を蹴って、僕の肩を掴むシャオンBに向かって飛翔し、回し蹴りの態勢に入った。


「せえぁあああああっ!」


 彼女の回し蹴り――フライング・レッグラリアート――がモロに首筋へと浴びせられ。

「イギッ!」

 シャオンBは反応も防御もままならず、回転しながら神殿の外まで吹っ飛んでいった。

 残る5匹は咄嗟に空へ飛散し、そして、解放されて宙ぶらりんになっていた僕を。


「ケイカッ!」


 ユキナが空中で抱えて支えてくれた。


「ほ、ほんとうにユ、ユキナ?」

「うん! 私だよ!」

「……ユキナッ」


 彼女を掴む指が震える。抱きしめてくれる暖かな彼女の腕に涙が零れた。気が付けば彼女のブレザーの袖を握りしめて…僕の目から涙があふれた。

 怖かったから、情けなかったから。安心したから。わからない。けれど彼女は、


「…ケイカ、無事でよかった。もう大丈夫だからね…」


 ユキナは涙を流す僕を外から隠すように、優しく、胸に掻き抱いてくれた。

 恐怖に冷えきっていた全身が暖かくなるのを感じる。


「ユキナ……どうしてここが」

「待って。先にクゥナを」


 ユキナは僕を横抱きに抱いたまま、倒れてるクゥナの元までぴょんぴょんと飛んでいくと、彼女の傍で僕を下ろしてくれた。


「神殿の結界が解けたのなら本城の監視塔が魔物の気配を察知する」


 と、うつぶせのままでクゥナ。


「こういう事態を予測して私はあらかじめ神殿を破壊しておいた」

「ええええ!?」


 相手がやったとか国庫がどうしたとか言って無かった!?

 などと悠長に突っ込み入れてる場合でも無かった。僕達に向かって、空に退避していたシャオン達5人が、一斉に破壊光線を放とうと顎を開いて構えてる!


「「ヒャウゥウウウッ!」」


 待った無しのタイミングで、エネルギー弾を5本、波状に撃ってきた。


「ふたりとも伏せて!」

「あう!」

「……もう伏せてる」


 ユキナは、振り向きざまに迫りくるエネルギー弾を、


「でやああああっ!」


 気合で固めた拳で――殴った!拳に払われた閃光は向きを変え、神殿の外へ弾き出される。残りの光弾も、左右の拳で片っ端からひとつ残らず弾き飛ばしてしまった。


「衝撃弾って、殴って軌道を変えられるんだ……?!」

「まあ姫は特別だから」


 そのユキナは僕達の前で足を広げ、拳を握りしめ。頭上の5匹の魔物達を睨みつける。

 唇をきゅっと引き締めた、初めて見る彼女の怖い顔だった。

 そう、飛散したシャオン達は逃げたわけじゃない。空中で円を描くように陣取り、地上のユキナを睨み返している。


「これはこれはずいぶん大物揃いになったこと」

「よくもシャオンに続いてシャルルまでやってくれたわね」

「フフン、上等じゃない」


 なんだ、あいつら。ユキナを前にみんな冷静だ。あっという間に仲間を1人やられて、得意の光線も通じなかった相手に、どうして?

 と、疑問を持つより早く5匹が同時に掌を空へと掲げた。指先にはあのリング。


「マシルハークムの指輪!」


 つい叫ぶ僕に倒れてるクゥナが「やや違う」と微妙に訂正した。


「マシルハークムは結界儀式が失敗して魔力が暴走した時に緊急中断で用いる物。あいつらの指輪はその逆、強大な結界を張るための身体能力を高める神器だ。強力な結界魔法は生身の人間ではちょっと無理。だからあの指輪で体を強化する」


 フフンっとシャオン達が鼻で嗤う。


「説明ありがとう」

「そういうわけだから」

「死んでちょうだい!」

「ユキナ姫!」


 一斉に空からユキナに襲いかかってきた。1匹目を躱したとしても、後ろの2匹目が襲う連携戦術。着地も考えてないのか、激突上等で突っ込んでくる。だけど、


「違う、死ぬのはブス共の方」


 クゥナがそう言った。ユキナも全然ビビってなくて、それどころか、真っ正面から彼女たちへ向かい、地上から跳び上がった。


「「んなっ!」」


 襲い掛かるつもりが逆にユキナに襲いかかられシャオン達が揃って声を震わせる。


「せいっ!」


 すれ違う1匹の前でユキナは足を高々と振り上げ、そこから一回転し、踵をシャオンCに振り下ろした。あれは胴回し回転蹴り……変形のニールソバット!

「ンガッ!」

 後頭部をユキナの踵によって打ち据えられたシャオンDは、目玉を飛び出さん勢いで呻き声をあげて地面へと墜落していった。残る4匹も、


「でやぁあああああ!」


 可愛らしい気合いと裏腹に、ユキナは蹴る、殴る、躱す、肘打つ。

 流れるような一連の動作で技を叩き込み、一瞬にしてシャオン全員を撃墜した。




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