第21話 心配してくれたのはケイカが初めて


 クゥナはマジカルステッキを――クルクルクル――ッとバトンのように掌で回転させて握り直し、柄の部分のボタンを押した。

 途端、カシャンっと仕込まれたスプリングが音を立ててステッキが伸びて変形する!

 同時に先端の星がピコピコピコピコっと明るく輝いた!


 って解説しておいてなんだけど、その操作に意味あるの!?


「ケイカ、安全な場所にいて」

「う、うん!」


 しかし彼女の言い分はもっともだ! きっと僕は邪魔になる。

 僕は頭を抱えて、急いで二人から離れ、柱の影に隠れた。よかった、追っては来ないみたい。首だけ出してちらっと様子を窺う。まだ動いてないみたいだ。

 が、クゥナが動きを見せる。クゥナが右手に持ったステッキを引っ込め、左手を翳し、


「アーサム、レ、シアハル、サラレル」


 召喚魔法の構えだ! しかしそれより早く!


「シャアアアアッ!」


 シャオンが床を蹴り、そうはさせじとクゥナに飛びかかった。

 メイドさんの格好していても、杖なんて持ってるからクゥナが魔法使いだってバレてるんだ。うう、魔法の詠唱中に襲いかかるなんて卑怯な!


「……チッ」


 クゥナは舌打ちをして空へ飛んだ。違う、跳躍じゃない。宙へ向かって走っていた! 空中で足元にほんの一瞬だけ魔法陣が現れ、パンッと彼女を押し上げるみたいに跳ね返してる。見えない階段を駆け上がり……けれど、

「フフン、逃がさないわよ!」シャオンさんは反転し、空に登ったクゥナに向かって両手を翳すと、奇声を発した。


「フヒャアアア!」


 両手から眩しい光線が発せられた。光が一条の閃光となって、クゥナ目がけて飛んでいく。宙を駆けるクゥナの足はそれより速く、寸でのところでそれを躱したが。

「フヒャアアア!」

 シャオンは連続して閃光を放ってきた。1発、2発、いやもっと! 何連発もしてきた。そして6発目。クゥナの背中際ぎりぎりを掠めていった。


「クゥナ、早く動いて、当たっちゃうよ!」


 と、僕の心配を余所に、空中を駆けるクゥナは冷静な顔つきで、走りながら横目でシャオンを見据えていた。口元が微かに動いてもいる。

 あれは呪文だ! 中断された呪文の続きを唱えている!


「……汝、汝、汝、万物の素であり下僕たる者、キューテルベッグに命ずる……」

「遅いわよ!」


 シャオンの言葉の通り、クゥナの呪文の完成の方が遅かった。

「ヒャウウウ!」

 7発目の閃光がクゥナを襲う! 駄目だ、直撃コースだ!



「出でよ、キューテルベッグ! 来たりて解脱し、我らに害する光を汝の」



 詠唱が長い! それに今から何出しても間に合わない!


「クゥナアアアアア!」


 思わず叫んだ。が、


「おえっ!?」


 と変な叫びを挙げたのは他でもない、シャオンだった。

 クゥナの左手から現れたのは……あう、何もない? 否、何もないというより、そこだけ時が止まったみたいに閃光の塊がクゥナの左手の前でぴたりと止まっていた。

 いったい何が起きているのかわからない。それはシャオンも同じで「おえっ」の口の形で固まっていた。そんな中、クゥナはひとり冷静に。


「やれ、キューテルベッグ!」


 そう言い放つと、エネルギー波が彼女の手元でグルングルンと渦を巻き、方向を変え、一直線にシャオンへと飛んでいった!


「あ、あわわわわわっ!」


 シャオンは慌てて指に嵌めたリングを翳したが、バリアーどころか反応もせず、


「うぎゃあうふう!」


 跳ね返った閃光は彼女の腕を食いちぎるかのように抉り取り、地面へと突き抜ける。

 えっと、えっと、つまり、キューテルベッグとかいう目に見えない召喚獣がシャオンの閃光を跳ね返したんだ! たぶん!


「勉強が足らんアホな魔物だ」


 クゥナがストン、ストン、ストン、と見えない透明な階段を飛び降りてきて、右腕をごっそり失い蹲ったシャオンに侮蔑の言葉と視線を送る。


「確かにマシルハークムの指輪はあらゆる外敵の魔力や結界を封殺する。大方、私の魔法を指輪で完封するつもりだったのだろう。だが、お前が神殿の柱にやってみせたように敵ではない己の放った魔力は例外。指輪の力を過信したな」


「…………うぐっ」


 図星だったのか、シャオンが肩を震わせた。顔を上げ、酷い形相で憎々しげにクゥナを睨みつける。が、クゥナは恐ろし気な怒気にビクともせず、手に持ったステッキの先端を、彼女の血塗れになった右肩へと向けた。


「パラナは代々千年以上に渡って魔物と戦い続けた家系だ。お前ごとき生まれて間もない魔物の考えそうな戦術は既に把握し尽くしていると知れ!」


「パ、パラナ……。もしかして!?」


 クゥナの名を聞き、シャオンの表情が一変して凍りついた。

 みっともなく仰向けにひっくり返り、残った手足をばたつかせて後ずさっていくが、


「逃がしはせんぞ! 私はユキナ王女のように甘くはない! 消滅させることは出来ずとも、異次元の彼方の彼方、そのさらに果ての、よくわからん何処ぞの狭間へと永久封印してやる!」


 クゥナがステッキを引っ込め左手の指を開き「アーサム、レ、シアハル、サラレル」と呪文を唱えた!


「我は第1級甲魔士、クゥナ・セラ・パラナ。月と闇を支配せし慟哭魔境の王! 汝、汝、汝、ゼクスパルムに命ずる!」

「ひ、ひいいいい、ゼ、ゼクスパルム!」


 シャオンがひっくり返り、這ってでも逃げようとする。しかし、片腕を失った状態ではおぼつかず、べたあっと無様に倒れてしまった。


「燃やし滅するは地獄の業! 我らに仇なす罪なる者へ怒りを示せ! 出でよ、地の底より来たりて放て、門を開け!」


 クゥナの翳した左手の前に魔法陣が現れ、勢いよく回転し始める!回転がいつもより早い。ほとんど円盤に見えてくる。そして、


「ゼクスパルム・バル・エルトラーゼッ!」


 クゥナの生み出した紫色の円盤から、竜の影が呪文と共に飛び出した。黒い炎を纏った竜の影がシャオン目がけて螺旋を描き、神殿の中で暴風を巻き起こし飛翔する。


「あううううう!」


 僕も吹っ飛ばされそうだったのは秘密の話だ。柱にしがみついてなんとか堪える。

 だが、シャオンは逃げられない。

 ギヤウウウウウウウウウウウウウウ!

 衝撃波と爆風。そして召喚された竜のものか、シャオンのものか、相重なった疳高い悲鳴が響き、黒い炎が四散した。分散し、流れ弾となった炎の塊が神殿の奥へと飛び火し、手当たり次第に柱を薙ぎ倒して行き。ややあって、


「…………………終わった?」


 瞑っていた目を、ゆっくりと開けていくと……シャオンの姿は消滅していた。クゥナの説明からすると異次元の果て、何処かの狭間にでも放り込まれたのだろう。

 完全な廃墟と化した神殿跡に、ぽつんと立つクゥナが言葉を漏らした。


「やり過ぎた」


 残ったのは僕がしがみついてる柱と、床と、あとクゥナの背後にある燭台だけ。他はシャオンと一緒にぜんぶ吹っ飛んでしまったようだ。


「お、おお……っ」


 魔力を使い過ぎたのかクゥナはフラっとよたつく。「クゥナ!」僕は急いで彼女の元へ走り寄って支えた。体中から熱気を発していて、服のあちこちから燻る匂いが漂う。


「クゥナ、大丈夫?」

「うん。全部あのブスがやったことにすればお咎めなし。修理費も国庫から出る」

「いや、そこは心配してないって」

「じゃあ私の心配?」

「……え、えっと」

「嬉しい」

「ええっ!」


 クゥナは僕の腕から離れ、ヨロヨロと体を持ち直す。


「私を畏怖する者はいても、心配してくれたのはケイカが初めて」

「シェ、シェリラさんは?」

「あれは国を心配している。ユキナと私、どちらが欠けても結構困るから」

「……あう」


 あう、あう、こんな時に何を言い出すんだよ。僕はそんなつもりで言ったわけじゃないよ。すると、クゥナが意地悪そうに笑った「冗談」。


「転送魔法分くらいはギリギリ力が残ってる。早く燭台も移動させないといけない」

「あ、うん、そうだね。もうここじゃ守れないよね」

「ブスも余計なことをしてくれた」


 神殿を破壊したのはクゥナが9割で、シャオンさんは魔物ってだけでほんとは美人……まあ事実はいいよ。国庫とか僕知らないし。

 と、僕もクゥナに微笑み返そうと思ったその時だった。



「オーーーーーーーーーーホホホホホホホホッ」



 遮る物の無くなった上空から、聞き覚えのある独特の高笑いが聞こえた。



「「…………あ」」



 僕は、クゥナも、2人して目を疑った。今の今まで、これほど疑ったことはなかった。

 上空に魔物、シャオンが浮いている。1人じゃなくて、1、2、3……6人いる!

 6人全員がシャオン瓜二つのハーピィ型の魔物だ。

「――クゥナ・セラ・パラナ」ひとりが言った。


「神殿を破壊してくれてありがとうと言うべきかしらね。おかげで入れるわ」


 声もそっくりだ。同種族? 姉妹? もしくは分身とか? この世界どれもアリだぞ。


「……ブスが6匹」


 クゥナが僕の腕に手を添えてきて、ぎゅっと袖を握りしめてきた。震えてる。

 もう一人のシャオンB? 真っ赤な口内を覗かせた。


「どのみちシャオンが勝ってたら破壊する予定だったからいいんだけどね。だからさすがクゥナ・セラ・パラナと誉めるべきかもしれないわ」


 抉れて節くれだった石畳の上に、シャオン達が舞い降りてくる。

 家族なのか同種族なのかわからないけど、同程度の力はあると見ていいのか。とにかくシャオンA、B、C、D、E、Fが次々と飛来し、着地する。

 じりじりと蹄を擦り動かし、僕達に、正確には燭台の方へ向かって近づいてきた。


「くっ、何としても聖鐸秤とケイカだけは守らねば」


 クゥナは気丈にもそう言って手を離し、彼女達の行く手を阻むように前へと出る。

 フラフラよろめきながらも、カシャンッとステッキを延ばし、その柄を両手で握りしめて構えを取った。僕も半欠けになった柱の後ろへ回り込み、崩れた部分から頭を出して戦闘態勢を整える。


「クゥナ、頑張って!」


 彼女はピクンと肩をゆすり、振り返る。

 下唇を咬み、血の気の失せた真っ青な顔で、



「………………………お、おう」


 コクン、と小さく頷いた。



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