第19話 運命の矢② ~ケイカはドヘンタイ~
(それにしても……)
外見からでは到底想像できないくらい、奥の深い神殿だと僕は思った。
ふよふよと漂う珠状の精霊が発する光は石畳の床を照らすが、調度品も石像も何もない。
延々と続く暗闇の神殿内に僕とクゥナの足音だけが気味悪く響く。
「広いね」
…広いね…広いね…広いね……
心細さにそう呟いた僕の声が神殿内に反響していた。遮る物が無いってことになる。
「ここには何も無いの?」
「聖鐸秤と呼ばれる物体がある。さっきも言った」
「じゃなくて他には? 守備兵みたいな人達はいないの?」
「うん、何も無いし誰もいない」
ふう、とひと息つくみたいに彼女は立ち止まり、また歩き出した。
「この建物はここら一帯の結界を生み出す役割を担っている。結界は魔物を退け、探知を許さない。仮に守備兵を置いても並みの人間では魔物には立ち向かえない」
「そっか。でも大事な物なんだよね?」
「うん、ものすごく大事。あ、そろそろ着く」
クゥナはそう言うと、ひとさし指を立ててクルクル回した。指の動きに呼応するみたいに、光珠はふるふる震え、先に飛んでいき、建物の奥……いや、ちょうど中心部になるのかな。その一部分を照らし出した。
僕の目に何かが映る。
どういえば良いのだろう。大きな燭台とも言える。オリンピックの聖火台とも言える。だけど、炎は出ていない。
高さは身長の3倍、両腕でも抱えられないほど重厚な燭台だ。
光珠が周囲を漂い、全貌を浮かび上がらせる。刻まれた奇っ怪な紋章は神殿外部のレリーフ調と同様な感じ、濃緑の、パウレルにあるもので言えば黴びた銅の色だ。
(……これが聖鐸秤)
なんだろう。僕の胸が音を立てていた。
心臓の鼓動する音が聞こえてくるほどの…そう、あの時と同じだ。ユキナと出逢った最初の高鳴りに。けどそれだけだ。光ったり燃えたり、動いたりする様子はない。
えっと、セイ・タク・ビンだから――聖なる鐸の秤ってことかな。
なるほど、そう考えたら独特の金属沢は歴史資料館で見た銅鐸にも似ていた。
「でも秤なんだよね? 何を計るの?」
「今は動かないけど、時期を迎えた者がここに立つと炎が浮かびあがるそうだ」
「浮かびあがる…………そうだ?」
「その時、私も儀式に参列してたけど炎は見えなかった。王女にだけ見える。見たことがないから断言できないけど、彼女と一緒に儀式を受ければケイカにも見えるみたい」
あうう、物わかりは良い方って言ったけど、ちょっとわからない。
「時期ってなに?」
クゥナがいっしゅん口を噤んだ。が、また口を開き。
「揶揄した表現で初潮」
「揶揄になってないよ!」
「こんなことを言わせるなんてケイカはドヘンタイ」
「もっとマシな言い方は他に無かったの!?」
あう、そういうのって、そういうのって……ごめん、ユキナ。
心の中でユキナに謝罪し、話を元に戻した。
「で、その炎が何をするの?」
「炎自体は何もしない。炎に宿る魂らしきモノが正統なる後継者に啓示を与える。その時、王女はこう言った」
クゥナは燭台を見つめ直し、
「『――スズミケイカ。パウレルの者』と。前にも言ったけど、パウレルとムゥジュでは時の流れが違い過ぎる」
「……んと、えっと」
「こっちの200年があっちの1年。王女にとって13歳春の想い出でも、ケイカにとっては先月の話。私がパウレルでモタモタしていると、下手をすれば彼女が寿命死か、でなくても子供を産めなくなってしまう」
「な、なるほど」
とはいえ、とクゥナは続けた。
「この燭台から送られる啓示は一方的なものではないらしい。千年以上も昔から大概に異世界の者ばかり指定してくるから何だかんだと騒ぎになるが、毎回、必ず見つかり、どうにかこうにか二人はくっつく。類推するしかないけど、ユキナの理想とか夢想とかの表層意識ではなく、ずっと奥深く、運命線も含む様々な因子を鑑みて、聖鐸秤が必ず出逢える運命の相手を導き出しているとも思える」
……う、運命の二人。
「ぜ、全然そうは思えないよ」
「正直、私とて最初は信じられなかった。パウレルの、僅かな時間の隙間を突いて探し出すとか絶対に不可能だと思っていた。何度も往復させられた。けど最後には見つけられた。しかもちょうど発情期のケイカを」
お願い、揶揄した表現にして。
「兆候はケイカにもあらわれていたはず」
「兆候が?」
「ケイカの書、中盤辺りからお姫様シリーズが増加していた」
「どこが兆候なんだよ!」
ただの衝動と趣向だよ! ……なんて突っ込むのも悲しいな。
「でも」とクゥナ。
「第6巻はどうなった?」
「………………」
言われて僕は口を閉ざしてしまう。
たった一夜で、ノートの半分がユキナで埋まった……。
何も答えなかったのが返事になってしまったのか、クゥナがふむ、と勝手に納得してしまった。
「どの辺が運命なのかは私にもわからない。啓示自体が姫の為なのか魔物に脅かされる”人々の為なのか、それすらわからない。ただ結論として言えることは、必ず子を成し得る相手を示しているということだ。国を滅ぼすとか、相手を殺めるとか、そういう輩が選ばれることは記録に残る過去すべてに遡ってみても一度たりとなかった」
――と、彼女がそこまで話した時だった。
「む……?」
クゥナが顔をしかめるや、突然に床が、いや、神殿全体が揺れ始めた。揺れるとかいうレベルじゃない、建物が箱みたいにガタガタ揺さぶられる、そんな感じだ!
僕は、クゥナもその場に膝をつき。刹那、天井の石壁にピシィっと亀裂が走り、
ゴウンッ! と重い音を立て砕け散った。
「――――バカな!」
クゥナが声を荒げる。普段の彼女からは想像できないほど驚愕の色を含んでいた。
だが彼女が驚いたのは天蓋が吹っ飛んだことではない。ぼっかりと空いた天蓋跡、虚ろになった宙に人が立っていたことだ。
(違う、魔物だ!)
人型の魔物。ウェーブのかかった、腰を越えて膝まで届く長い髪の女性の魔物だ……。背中から蝙蝠を彷彿とさせる翼を悠々と拡げ、暗闇の宙に浮いている。
全体的に痩せ型。頬骨が浮き出て影の濃い顔貌に細く尖った赤い目が鈍く光っている。
気味の悪いほどくびれたウェストに大きく飛び出したバスト。
にも関わらず純粋に美女とは言い難い。腹の部分以外から獣のような毛皮がびっしりと生え、足の先端が鷲爪みたいにおぞましい形をしていたからだ。
雄羊みたいな角が両脇から蜷局を巻いて伸びている。僕の知ってる魔物でいうなら……ハーピィとサキュバスとか……そういったのを混ぜた女怪物。疑う余地なく魔物だ。
なのに、クゥナに確認したくなる。
「あ、あれも。あ、あのヒトも魔物なの?」
コクン、彼女は無言で頷いた。
「魔物だったら神殿には近づけないんじゃないの?」
「……………………」
クゥナは何も答えず、ただ眉を潜め、じっと注意深く宙に浮いた漆黒のハーピィの様子を見据えるだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます