第18話 運命の矢①~ケイカが選ばれた神殿~


「2日も放ったらかしにしたこと、申し訳ないと思っていた」


 ベッドに腰掛けたクゥナが済まなさそうに言った。

 東棟の寝室部屋。ベッドの傍らで僕は正座していた。


「一昨日の防衛戦以来、事ここにきて本城がいよいよ本格的に騒ぎ出してな。私も王女もてんてこ舞い。私はともかく彼女はとても城を離れられないのだ」


 そう言えば前から本城が揉めてる、なんて言ってたっけ。

 政務の参謀官を務めるクゥナはまだしも、ユキナも大忙しなんだ。何をしているかわからないけど、笑顔を曇らせ困っている彼女を想像すると胸が痛い。


「そんな大変な時に、僕は、僕は……」

「いやだからメイド遊び如きでケイカを咎める者などいない。というか、彼女達にしてもケイカが来る前から企画していた歓迎会が無駄にならなかったのだから喜んでいる。ケイカの心の健全さを保ってくれてるから私も助かっている」

「そっか、僕を喜ばそうとあの子達で考えて……」


 みんな優しい……。それなのに僕ときたら……僕ときたら……あうぅぅぅ……。


「……ユキナはやっぱり怒ってる?」

「それよりそのハゲヅラ取ったらどう?」


 僕は正座したまま、ハゲヅラを引き下げて顔面を覆った。心は全然健全じゃないよ。


「…………あう」


 と呻く僕に、クゥナが呆れたように溜め息をついた。


「だいたい、王女がケイカのことを怒る理由がわからない。王女を放置しておいて侍女相手に聖剣を抜いたとかいうなら私でも怒るけど」

「でも、こんなメイドさん達と遊んでる姿を見たら……」

「彼女の性格からして『仲間に入れて』とぜったい言う」


 ぜったい言わない!

 ほんと、自分のことがイヤになる。最低だ。ユキナのことを心配しているとか言っても誘惑に負けたし、そのくせ友達登録は断っちゃうし。


「ねえ、なんで僕なの?」

「うん?」


 僕はヅラを顔から外した。

 ……ずっと気になってたんだ。


「どうして僕なの? たとえば、僕の父さんや従兄弟や、親戚なんかじゃ駄目だったの? 本当に僕が相手じゃないとユキナの力を継承できる子が生まれないの?」


 クゥナが口を噤んだ。僕の意図を探ってるみたいに。

 彼女が何度も言ってきたことなのは分かってはいた。

 ムゥジュの大地とか異世界の存在とか、ファンタジーな話も、後継者が限られた相手としか生まれないということも受け入れるとして、それでも僕だけっておかしいよ。

 けれどしばらくして、クゥナは「うん」頷いた。


「生まれない。遺伝や才能や資質、そういった物も全く関係ない。ついでに言うとケイカが生まれた時から持っている先天性のようなものでもない」

「ど、どういうこと?」

「喩えれば、ある日とつぜん、神様が気紛れに放った矢が突き刺さる、そんな感じ」


 そんなアバウトだよ……。


「そんな気紛れにクゥナ達は何も疑問を持たないの? それでユキナも納得しているの? 誰が選ばれるかわからないんじゃない? 僕はこんな人間だし、そうじゃなくても凶悪で凶暴な人だったら、それでも受け入れちゃうの?」

「まあ待って。あくまでも喩えだから」


 クゥナはすっと立ち上がり、ベッドに掛け置いてあった杖に手を伸ばした。


「神様は補助的な話。厳密にはユキナ王女自身が望んだ相手でもある」


 …………え。ユキナが?

 ど、ど、どういうこと? ユキナが変態を望んだの!?


「これ以上、具体的に口で説明するのは無理。百聞より一見。その神を見に行こう」

「か、神さま? ど、どこに?」

「ケイカが選ばれた神殿だ」


 僕が、選ばれた神殿……?

 するとクゥナは手にした長い杖を片手でクルンクルンと器用に回転させ、持ち直しコツンっと床を突いた。


「転移魔法を使う。ケイカ、私の肩を掴んで」

「う、うん」


 言われるまま彼女の肩に手を乗せたけど、転送魔法ってあれだよね。砦の防衛戦の時に使った魔法。


「また倒れたりしない? ちゃんと帰れる?」


 不安しかない僕に、クゥナはコクンと自信ありげに頷いて、怪しげな杖を掲げて見せてくれた。


「今日はスペシャルロッドを持ってきた。消費魔力がごく微量で済む」

「……ス、スペシャル?」

「世界の果て、大地を支えるムウジュの樹より削りだした、精力絶倫の杖よ」

「迫力はあるけど説明になってないよ」

「飛ぶ、喋ってたら舌を噛む」


 突然、呪文の詠唱も無く、僕達の足元に魔法陣が出現し、あの光珠に包まれる。


「座標、ジュジェ、陰の511、土天353!」


 そしてあの時と同じようにガタンと地面が上下に揺れて。

 ――――気がつくと、僕は見たこともない神殿の前に立っていた。





    ◆    ◆    ◆





 さらさらさら。

 神殿の前、一陣の風が僕とクゥナの合間をすり抜けて、彼女が手にしていた杖が粉となって夜空に舞っていった。

「あ…………」とクゥナ。


「スペシャルなロッドが精力を使い果たし、音もなく砕け散った」

「え? 何?」

「帰りは自力という意味」


 大して気にしていないのか「まあいいッスよ」と改めてクゥナが僕の方を振り向いた。


「ここがケイカを選んだ聖鐸秤のある神殿。名をレ・パレアント・ドゥムと言う」


 彼女の背後、月明かりに照らされ聳え立つ神殿。


「レ・パレ……ナントカ……ドゥム」

「レ・パレアント・ドゥム」


 無理に外見を形容するならギリシャにあるパルテノンのような巨大な柱で天蓋を支える神殿か。現存するパルテノンとは違って柱にはヒビひとつ欠けた部分はなく、それよりも支柱に巻き付いた蛇のような造形……渦巻く炎を模った石膏、それが目を惹いた。

 天蓋にも似た紋様が刻まれている。


「せい、たく、びん……だっけ? ここで僕に何かがあったの?」

「耳に聞かせるより目に見せた方が早いだろう。中に入る」


 クゥナはくるりと振り向き、神殿の奥、月明かりの全く届かない闇に染まった奥を指さし呪文を唱えた。「アーサム、レ、シアハル、サラレル」

 彼女の指先を中心に魔法陣が現れ、回転し始める。


「我が名はクゥナ・セラ・パラナ。暗き安寧を呼び覚まし精霊よ、汝、汝、汝、ウィル・プリスプに命ずる。出でよ!」


 唱え終わるや魔法陣からぴょこんと輝く電球みたいなのが飛び出てきた。玉はふよふよ宙を漂う。


「我が前をゆけ、ウィル・プリスプ」


 クゥナが玉に命じるとヒト玉はひょこひょこ頷くように蠢き、高台になった神殿の入り口へと向かっていった。中はガランっとした空洞。特に何があるわけでもなく、ただ、ひたすら果てと見えず石畳が奥へと続いている。

 それにしてもいつ見てもクゥナの召喚魔法って不思議だ。何も無いところから、スライムでも電球でも何でもぽこぽこ飛び出す。きっと、この世界でもこんなことが出来る人は少ないのだろう。シェリラさんもクゥナは世界で高名な魔法一族の末裔なんだって言ってたし。あれ……一族?


「ね、クゥナ。ユキナも何らかの一族なんだよね? 炎の力を代々受け継ぐ一族とか」


 前を歩くクゥナはコクンと頷いた。


「ユキナのお父さんは強くないの? 一緒に戦ってくれないの? 他に兄弟は?」


 訊ねると、やや間を置いて彼女は言った。


「父殿はもう戦えない」

「戦えない?」

「父殿だけではない。先々代の王、ユキナの祖父殿も無敵を誇っていたが……強いことには強いけど、今は人間の域だ。ついでに言うと王女には腹違い――現王と正室との間に産まれた姉上殿がいるが、そういう意味なら普通の人間だ。蒼炎の力を受け継ぐのは対となる2人の間から生まれる第一子のみとなる」

「ど、どういう原理なのかな」

「わからない」


 クゥナは歩きながら続ける。


「子が誕生し、その力が発揮されるにつれ、先代の者は炎の力を失っていく。次世代の者が吸収しているとも、先代が与えてくれるとも、あるいはただその役目を終えただけだとも言われているが真の原理は判明していない。いずれにせよ、御二人とも隠居の身として遠く離れた安全な他の王城で静かに過ごされているのが現実だ」


 そうか……ユキナとお父さんが手と手を携えて魔物と戦うことはできないのか。本当に彼女ひとりが頼りだなんて。


「ちなみに祖父殿はメイド遊びがお好き」


「いいよ、そんなゴシップ情報は!」



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