第17話 ケイカ様、覚醒です♡♡♡


 明くる日もユキナは第2王城へと来ないとシェリラさんから告げられた。

 それどころか、


「姫様はしばらく本城に懸かりきりになるようです」

「……そ、そう」

「申し訳ございません」


 シェリラさんが恐縮そうに頭を下げて謝ってきた。僕の顔が「ユキナに逢いたい」て言ってるのだろう。


「ユキナは何か言ってたかな」

「いえ特には。わたくしはこちらの専属でして本城の方はあまり詳しくは無いのです」


 これ以上、埒のあかない会話で多忙そうなシェリラさんを引き留めるわけにはいかないから「ありがとう」とだけ伝えた。


(もう家に帰して貰おうかな)


 僕がそんなことを考えた時だった。

「ケイカ様」扉の前でシェリラさんが僕の方を振り返る。


「もし時間を持て余していらっしゃるようでしたら、わたくし共でよろしければ退屈凌ぎの相手を務めさせて頂きますが、いかがでしょうか」

「退屈凌ぎ?」

「はい、第2王城でお茶会を催したり、お遊戯を致します」

「い、いいよ」


 僕は断った。お茶会とかお遊戯って子供じゃないんだから。やっぱり文明のレベルが違うんだろう。それに今、そういう気分にもなれない。


「……そうですか。満足に御暇潰しも出来ず、申し訳ありません」

「ま、待って」


 悲しそうな顔をして背を向けようとしたシェリラさんを僕は呼び止めた。


「お遊戯って何をするのかな?」

「はい、鬼ごっことか、隠れんぼですね」


 ……はは、鬼ごっこって。この歳で鬼ごっこはないよ。

 とは言うものの誘いを無下にするのも気が重いんだ。

 今は誰かの悲しい顔を見たくないから。


「じゃあ、少しだけ遊ぼうよ」

「わかりました、すぐに御用意させて頂きます!」


 シェリラさんはニコっと晴れやかなら笑顔を見せて部屋を出て行った。

 鬼ごっこか。小学生以来かな。それも低学年の頃にしたきりだ。

 部屋の中で鬱々と過ごすより、体を動かしてた方がマシかもしれないね。


「…………はあ」


 僕は窓に向かって重い溜め息をついた。





   ◆    ◆    ◆





「ウシャシャシャシャシャシャ! 待て待てえ、悪いメイドはどこじゃあっ!」


 城の中庭。メイドのひとりが、手を叩きよった。


「あはは、ケイカ様、こちらですよぉ!」


 その方向へ先の先まで神経を研ぎ済ました儂の指が女の子メイドの衣服に触れ……だが、掠るだけで、捕まえ損ねてしまう。


「ケイカ様、惜しいです!」

「こっちですよ♡ こっち♡」


 目隠しをされた儂の耳に、四方八方から「ケイカ様、ケイカ様ー」と囃し立てる可愛い声が聞こえる。

 ワシの名は《妖怪・ケイカ》。

 装備は目隠しとハゲヅラ。悪いメイドを捕まえるのが生業の妖怪じゃ。


「むむ、おのれえ!」


 全神経を耳に傾け、気配を探り、ワシは気合いを入れ走り、声のする方向へとダイブした。が、勢い余って伸ばした両腕が、ちょうどメイド服でくびれた腰の辺りを抱えてしまう形になってしまう。

「あ……あう」

 触っちゃった。悪ノリし過ぎたかも。と、思いきや、



「いやあん、ケイカ様のえっちぃ♡」



 嫌がるどころか、とっても黄色い声を出して喜んでくれた。



「ヒァッハラララララララララァッ!」



 頭に被っていたハゲヅラを正し、


「良いではないか、良いではないか!」


 楽しいぞ、これ、すごく楽しいぞ!

 かれこれ1時間くらいは続けてるのに、メイドさん達はメンバーを入れ替えて、


「ケイカ様、私の方にも来て下さいね!」

「私も仲間はずれにしちゃイヤですぅ」

「おうおう、待っておれ、待っておれ、順番じゃあ!」


 目隠しを引き抜いて彼女達を追いかけた。


「ああん、ケイカ様、目隠しを取るのは反則ですぅ!」

「じゃかしい! ここではワシがルールじゃ!」

「「きゃあああああん♡♡♡」」


 ちっとも嫌な顔をせず、捕まってくれた。

 けれど簡単に捕まってしまうメイド達ではその内飽きてくる。

 なんて感じた頃にひとりのメイドさんが切り出してきた。


「ケイカ様、御休憩を兼ねて私達と一緒にお茶会をしませんか!」

「お、お茶?」


 そう言えばシェリラさんがお茶会も催してくれるって言ったっけ。女の子の中に混じって話なんて出来るのかな。なんてそんな心配はちっとも要らなかった。

 食堂に集まってくれたメイドさん達がいくらでも会話を盛り上げてくれる。


「ケイカ様、皆でパウレル風のプリンを作ったんですよ」

「プリンかぁ。でもせっかくだからムゥジュ風っていうかクリムトゥシュ独自のデザートも食べてみたいな」

「ふふ。そう仰ると思いまして。ムゥジュのスイーツも沢山ご用意致しております!」


 うはははははははっ! ここは天国か楽園か! みんなが天使にしか見えないぞ!

 あっという間に夜がきた。長く退屈だった一日が嘘みたいで、それから。


「明日は隠れんぼをしましょうね!」

「か、隠れんぼ?」


 隠れんぼってさ、する前は楽しいけど、なかなか見つからなくて白けることの方が多いんだよな。それならまた鬼ごっこかお茶会でもいいのに。

 するとメイドさん達が一斉に履いてる黒いドレススカートをちょこんとつまみ上げた。



「ケイカ様♡ 第2王城の隠れんぼは、鬼さんが私達のスカートの中に隠れてケイカ様が探してゆくお遊戯ですよ♡」



 ――ブッッッ!

 鼻から大量の血が噴き出た。誰、そんなお遊戯のアイディアマンは誰?


「明日もいっぱい遊びましょうね!」

「おやすみなさいまし、ケイカ様!」

「うん……楽しみにしてる」


 お家に帰るのはやめた。僕は鼻を抑えつつメイド食堂を後にする。

 鬼ごっこで真剣に走ったから足がクタクタだ。

 うん、これは運動。健全な運動なんだ。もちろん明日も健康運動だお!


「クリムトゥシュいいなーいいなー♪ クリムトゥシュはいい国ーーふふぅん♪」


 気分よく即興の歌を歌って水回廊を歩いていた、その時だった。



「楽しそうだな、ケイカ」



 部屋に戻る途中、回廊の柱の影から声がした。


「――――――ッ!」


 闇夜に光る逆半月の瞳。宝石を散りばめたメイド服。

 手には、先端が怪しい蛇のようにくねった長い杖を携えていた。


「ごめんなさい!」


 脱兎の如く逃げようとUターンしたが、クゥナの杖が僕の首根っこに引っかけられる。


「待てケイカ。なぜ逃げる?」

「あう、あう! 許してクゥナ、僕は何もしてない! 何もしてないから!」

「何もしてない人間の何を許すことがある。ちょっと様子を見に来ただけ」

「監視塔は!? 魔物の監視はしなくていいの?」

「最近、パートが見つかった。週3で夜に来てくれるベテランのおばちゃん」


 それ本当に夜間のパートさんやん! 監視塔はそれでいいの!?


「とにかくケイカの部屋へ行く。侍女に茶を用意させよう」

「……あううう」


 そうしてクゥナに捕えられた僕は部屋へと引きづられていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る