第16話 それでも変態のつもり?!
僕が意識を取り戻したのは翌朝のことである。
「バカな……あの状況で何も起きないなんて。……あるか、そんなこと……」
ベッドで仰向けに倒れている僕の傍らで、クゥナが唖然とした顔をし、信じられないとばかりにそう言った。
ここは僕が最初に連れてこられた広い私室。クゥナは「大事な話がある」と看病をしてくれていたシェリラさんを追い出してしまい、二人っきりになっていた。
クゥナは僕の鼻に詰められていた布を抜き出し、真っ赤に染まったその先端を見る。
「この出血量、タダごとではない。こんなに興奮したのなら何故に躊躇した?」
「何故って……僕とユキナは友達にもなっていないのに」
「情けない、それでも変態のつもり?」
「そんなつもりないよ! んぐっ」
クゥナが新しい布を丸めて僕の鼻に突っ込んでくる。
薬草を塗っているのか、ぷぅんっと刺激臭が鼻奥を突いた。
彼女は小さく溜息をつき。「姫は友達というものに憧れている」
「一緒に話をしたり、遊んだり、気軽に買い物へ行けるような友達を欲している。けれど姫は友達を作ることは出来ない」
「どうしてさ?」
「子供の頃から彼女は忙しい。そんな暇は皆無。あんな風でも彼女は庶民ではない」
「……………………」
まあ、そうなんだろうね。
あの後、つまり明け方にはユキナは第2王城にはいなかった。内政には介入しなくても、軍事訓練に参加したり、他にも本城で色々とやることがあるらしい。
入れ替わるみたいにクゥナがやってきて今に至るというわけだ。
「友達は友達でもセフレとしてなら大いに歓迎」
「親指立てないで。よく変な言葉を知ってるね」
僕は彼女から顔を背けて、窓の方を見る。
この位置からだと空しか見えず、その能天気に晴れた青空にユキナの顔が浮かんだ。
友達どころか家族にすら仮面を着けて接するような僕に、ユキナは顔を赤くしながらも、一生懸命近寄ろうとしてくれていたと思う。
「ユキナは傷ついてるかな」
「うん、すごく」
「…………」
そうでもないよ、って慰めて欲しかったのにクゥナは平然と肯定してくれた。
「2人きりで部屋にいて、誰にも見せたことない下着姿を見せても指一本触れられず、さらに友達になりたいという想いも無下にされてしまった」
「…………う」
「と、まあ私であれば羞恥で悶絶したくなると思う」
「自分の話かよ」
僕はうつ伏せになって枕に顔面ごと埋めた。
やっぱり彼女は傷ついてるか。クゥナが言ってることは無視するとしても、友達になるくらい快く了解しても良さそうなものだ。
(でも、でもだよ)
あんな格好で女の子とベッドの上で会話なんてした事なかったし、僕はノーパンだったし。
もっと自然に話したり遊んでからだったら違った展開だってあり得たはずなのに、
「まあケイカがさほど気にする程の事はない。もっとユキナを信じればいい」
「信じる? ユキナを?」
うむ、とクゥナは続けた。
「彼女とて王室の女だ。ある程度、相手を自由に選べる権利は無いと覚悟はしている。それにしょせんは側室、気軽なものだ」
「……正室ならわかるけど、側室こそ自分で選べるものじゃないの?」
「なに、ケイカはユキナと両想いになりたいの?」
うぐっと声を詰まらせる僕にクゥナはさらに言った。
「私がケイカを連れてきた時、この人物なら大丈夫だと思った」
「僕なら大丈夫?」
「うん、これを見て」
そう言うと、彼女は背中から僕の秘密ノートを取り出し、がばっとページを開いた。
「《ケイカの書、第2巻》 お姫様のショーツコレクション♡」
グフッッッッッッッッッッッッ!!
僕の鼻から鼻栓が吹っ飛んだ。
「違うよ! それはデッサン用で!」
「そうか。確かにメモがある。『このショーツはお気に入り♡ 可愛いリボンがワンポイントのフレッシュタイプ♪』」
「読むなあああああああああああう!」
「これ誰の台詞? あとフレッシュは」
「知らない! 返してっ!」
僕は飛びかかろうと身体を起こそうとしたけど、あう、動かない。
いつの間にか、あの傀儡だか金縛りだかの妙な術が掛けられていた。
「鬼才だ。うちの城にもここまで捨て身な画家はいない」
「魔法なんて卑怯だよ!」
「で、フレッシュタイプってなに?」
「知らない知らない知らないっ!」
僕だって意味がわからない。何の経緯でそんなの描いたんだろ……。
「これ、姫に見せたらきっと笑ってくれる」
「……ユキナに見せたら、舌を噛んで死んでやる」
「それは困る」
と、クゥナは本を閉じて背中にしまった。
「いや、返して!」
「それも困る。本城はこの手の娯楽に乏しい。だから早く6巻も描いて」
「描かないから!」
「ううん、きっと作者は続きを描いてくれると信じてる」
「描かないってば!」
もう絶対描かない! 今、決めた!
金縛りが解けているのか、体を動かせるようになった僕は再び枕に顔を埋めた。あうう、あうう、生き恥を晒すってこのことだ。死にたい。
しばらくクゥナはノートを読んでいたが、ふと何か思ったのか、ページをめくる音を止めた。
「この書を読んだとき、この男なら恋心無しでも姫に飛びかかってくれると思った」
……僕にどんな期待をしたんだよう。
「でも逆に安心もした」
クゥナが声音を変えた。
「根っからの変質者だったら姫が可哀想だとも心配していた。いくら我が国の行く末を決める事とはいえ、ケイカしかいないのだから、彼女には否応がない」
スッと……優しい声と共に、突っ伏す僕の背中にクゥナが手を置かれた。
「散々な言い方をしたけどさっきのは冗談。ケイカは変態じゃない。誰でも持ってる当たり前の衝動。これくらい楽しい部分がある方が少なくともユキナ王女は落ち着ける」
「そ、そうなの?」
「ケイカは潔癖な人が好き? エッチなこともおフザケも何もかもすべて否定してしまうような一徹者といて心から落ち着ける?」
「…………」
僕は否定もしなかったけど肯定もしなかった。
クゥナの優しく諭してくれる言葉に耳を傾けながら、中学の時に親しかった友達――若清水君を思い出した。彼と接するのが心苦しかったというのが本当だった。
「ユキナにだって何かしらのコンプレックスはある。相手に無ければ心の負担になる」
動けない僕は心の中で、小さく頷いていた。わかる気がする。
「ケイカは側室。それも私達に子供を授けてくれる間だけ。済めばご褒美をいっぱい貰ってパウレルへ帰る。ここにいる時くらいは、自分をもっと出してもいいはず」
「…………う、うん」
「今だけ本音を言って欲しい。ユキナのことは好き?」
どうなのだろう。
でも嫌いじゃない。ぜんぜん嫌いじゃない。可愛いし、屈託無く接してくれるし、許されるならもっと話がしたい。
「たぶん、好きだと思う」
「姫の下着をいっぱい見せて貰いたい?」
「うん、ほ、本当は」
「本当は?」
「戦ってた時も見ちゃったんだ。つ、ついだよ。大きな魔物に素手で立ち向かう姿が格好よくて」
アクションのたびにヒラヒラ舞うスカート。ヒラ、ヒラって揺れて。
戦闘の最中で僕の頭はパニックになっていたけど、心のシャッターがちゃんと捉えていた。瞼の裏に何度でも映し出せるくらい鮮明に残ってる。
「すごく可愛かったんだ。……不謹慎だけど」
「不謹慎なんかじゃない。それはきっと姫も喜ぶ」
「喜ぶのかな……」
「うん。姫もあんな風に拳を振り回す自分が、返り血を浴びながら殴り合いしてるのは女としてどうかなぁと思っているところがある。彼女が戦ってる姿は綺麗だった?」
「とても。ううん、言葉じゃ言い表せないよ。ユキナは本当に綺麗だよ」
「……そうか」
すると、クゥナの手が僕の背中から離れ、
「だ、そうだ。聴いたか?」
声色が元に戻った。
「……………………え?」
微かに鼻に漂う、ふんわり甘い香り。この香りってまさか!
僕が恐る恐る顔を持ち上げ、振り向いたそこ、クゥナの背後にユキナが立っていた。
スカートの襞をぷるぷる掴み、唇を噛み、端正な顔一面を紅潮させて震えていた。
「ユ、ユユユユユ、ユキナ!」
「う……う…………」
「い、いまのは誤解、い、いまのは」
僕の心臓が激しく左右へ叩かれるみたくバクバクする。
――今のは誤解。
そう言いたいところへ、クゥナが追い打ちをかけてきた。
「今のがケイカの本音だ。姫に魅力を感じないどころか姫のスカートん中をガン見。魅力しか感じていない。遠慮はいらん、心おきなく子供作りに励めば良い」
ユキナの紅潮した面差しがみるみる真っ赤になり、爆発したように、
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
泣き叫んで部屋を飛び出していってしまった。
「うむ、姫も喜んだ」
「どこが! いま泣いてたよ! ものすごく泣いてたよ!」
「あれは嬉し涙というものだ」
「そんなわけあるか!」
あううう、なんでえええ!
「ユキナは忙しくて、ここにはいないって言ってたのに!」
「忙しいけど軍事訓練などよりこっちの方が遥かに大事。ぎくしゃくしてる二人の関係を正そうと私は頑張った」
「悪化したよ!」
頑張ってくれた結果、二人の関係は崩壊だよ!
「とにもかくにもケイカの望みは姫に伝わった。妄想を現実に変える時が必ず来る」
あう、あう、おかしいよ。信じて話した僕がバカだ。
「姫はケイカの期待に応えてくれる。いや、この国のことを考えれば応えるしかない」
そう予言めいた事を言うと、クゥナはくるりと背中を見せ。
「あ、でも事が済んでも妄想はこれからも続けて」
「うぅう?」
「続巻よろしく」
……この子、人間じゃない。酷すぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます