第15話 私の裸を描いてみて!


 有耶無耶の内に連れられ、案内されたのは中央棟の二階の一室。

 謁見の間からさらに奥へと進んだ部屋だった。


 部屋の雰囲気は謁見の間と同じみたいだけど、中央にドーンと大きなベッド……しかも不自然に丸く紫色のシーツのかけられたベッドが置かれてある。

 子供なら4人でレスリングが出来るほど大きなベッドだ。

 闇市場はともかく、制作者は何を想像して作ったのだろう。


「あの扉の向こうは浴室になってる。使い方は姫が知ってる」


 部屋の隅にある扉を指さし、クゥナが言った。

 それからその指を、部屋の反対側に置いてある箱に向ける。絵本なんかに出てきそうな海賊の宝箱のように装飾された立派な箱だ。


「道具も色々と用意した」


 色々ってなに!


「必要なら私のスライムも貸してあげる」

「あんなもん貸してくれなくていいよ! ってゆーか、何もしなくていいって言わなかった?」

「言うたかのう?」

「いきなり呆けたフリしないで!」

「とにかくごゆっくり!」


 そう言うと、クゥナは僕をポンッと突き出すように部屋へ入れ、そそくさ扉を閉めた。

 ――――ガシャン!

 重々しい何かを引っかける音が響き。


「ま、待ってよ。ほ、本当に困るってば!」


 慌てて取っ手を動かそうとしたけど、駄目だ、ビクともしない。完全に施錠されてしまっていた。



「………………」



 一緒に部屋へ入ったユキナはというと。あれからずっと僕とは顔を合わそうとせず、何処と無く複雑そうな表情で後ろをついてくるだけだった。

 僕と目が遭うと「あはは……」力無い苦笑いを見せ。


「ご、ごめんね。クゥナって昔から言い出したら聞かなくて」

「そ、それは困るけど、その、ユキナは……」


 だけど彼女は肩を竦める仕草だけ見せて、浴室と呼ばれた扉の方へ歩いていった。僕も諦めて扉の取っ手から手を離し、彼女の後へと続く。

 浴室の扉を潜ると、そこはいわゆる脱衣所になっていて、さらにその先は露天風呂のようになっていた。湯気で満たされ、その発生源となっている岩風呂の傍らにユキナは膝をつくと、岩陰にある2つのパネルを見せてくれた。

 四角形に切り出された赤い宝石と青い宝石。


「赤いのを触ると温度が上がって、青い方を触ったら冷たくなるよ。本城にも同じ物があるの」


 なるほど、熱湯を注ぎ足すのではなく、お湯自体をこの石が温めてくれるのか。


「不思議な石なんだね」

「うん。じゃあ先に入って貰っていい? 私はホコリ塗れで……お湯を汚しちゃいそうだから」


 恥ずかしそうな俯むき加減のままユキナはそう零すように言って、僕をひとり残して浴場を出て行ってしまった。


(ユキナを待たせるわけにはいかないよね。昼間は戦ってたんだから)


 僕は何も考えないように、脱衣所で服を脱ぎ、湯殿の脇に置いてあった手桶で体を洗って中に入る。既にシェリラさんが調整してくれていたのか、操作しなくてもちょうど良いくらいの湯加減だった。


(これからどうしよ……)


 ユキナは気恥ずかしそうにはしてたけど、妙に冷静でもあった。割り切ってるのかな。


『――手を繋いで寝て欲しい』


 掬った湯で顔を洗っているとクゥナの言葉を思い出した。実感が湧いてくる。

 手を繋ぐ。手を繋ぐもいいし、さ、触ってもいいってことなんだ。もちろん彼女の体を見ても良くて、何してもいいんだ。

 想像するだけで足をばたつかせてしまう。じゃぶじゃぶ湯の中から泡が吹き出た。


『ケイカは変態』


 ……ごめんなさい。変態なことはダメだよね。

 クゥナのひとことが脳裏に残響し、冷静になれた僕はお風呂を出ることにした。

 もう少し夜空を望む露天風呂を堪能したかったけど、あんまり待たせたら悪いし、うん、もう出よう。

 脱衣所に出たところで僕は、用意されていた着替えの籠を見て唖然とした。


「こ、これが僕の着替え?」


 日本語で『ケイカの』と書かれた布が被せられてあったから間違いないだろう。

 一見、どこにでもありそうなガウンという夜着なんだけど裾が異様に短い。試しに着込んでみたらやっぱり股間の所が見えそうで見えない微妙な丈。しかも裾が左右に割れて……あう、か、刀が隠せてない。

 しかも置いてあったのはそれだけ。下着の類が無い。うう、酷いよ、これ。


 もうひとつの籠は『ほにゃらら』と、全く読めない楔形文字で書かれた布が被せられてあって、たぶん『ユキナの』と書いてあるんだと思う。

 ど、どんなのが入ってるんだろう。


「ケイカ? どうしたの?」


 寝室の方からユキナの声がし、慌ててユキナ用の脱衣籠から飛び退いた。

 僕がずっと脱衣所であうあうしてるから不審に思えたのかもしれない。「何でもないよー」と告げて外へ出ると。


「…………あ」


 扉のすぐ近くで立っていたユキナが僕の姿を見て、呆気に取られたように固まった。

 僕が着ているガウンは、上はそうでもないけど、下半身の股下20センチ強のミニガウン。僕は慌てて股間を押さえ隠す。


「こ、これはその……これしか用意されてなくて」


 だけどユキナは顔を赤くして口元に手を当て、無言のまま小走りに脱衣所に飛び込んで行ってしまった。

 あう、やだ。恥ずかしい上に今みたいな顔されるのが一番イヤだ。

 しばらくして、衣擦れの音が聞こえる。スカートのジッパーを下ろす音が聞こえ、急いで扉から離れた。


 不気味な丸ベッドに腰掛け、溜め息をついてしまう。

 こんな格好で人前に出られないよ。家の中でもちゃんとパジャマを着る派なのに。

 もやもやしてる内にも時間は経ち、ユキナが出てきた。



「――――――っ!」



 僕は彼女の姿を見て絶句し、ひといきに息を飲んで喉を詰まらせてしまう。

 真紅のネグリジェ、と言ったらいいのか、けれど、知っている物とはぜんぜん違った。

 胸元からお臍、下腹の中心部までが大胆にばっさりと左右に割り開かれたデザインの夜着。

 これはこれで凄く似合っていると、場違いにも、僕は思いもした。


「…は、恥ずかしい」

「ご、ごめん!」


 僕が慌てて顔を背け、視線を反らすと、


「あ、ごめんなさい!」


 今度はユキナが謝って、彼女は胸元を外し、後ろに回した。

 露わになった下着姿の衝撃が鼻を突き抜ける。


「ユ、ユキナ?」

「……隠さずに見せろって……書いてあったから……」


 そ、そ、そんなことが書いてあったのか。


「だ、誰が書いたんだろうね」

「字の癖からして多分、クゥナ、かな」

「………………」


 今、どこかでクゥナが逆半月状の瞳を意地悪く光らせている光景が脳裏に浮かんだ。

 どうしたらいいんだろう。興奮が突きゆくと鼻から血が出るって本当だ。今にも体液が噴出しそうなほどツーンとしていた。


 ユキナはベッドの傍らに腰を掛け、僕に背中を向けたが、でも彼女の下着姿の魅力は抗い難く、チラ、チラと首を震わせながらも見てしまう。

 背中は前側に比べて大人しく、首元までしっかりと隠されて、あう、そうされると逆に前側をもう一度見たくなってしまう、くそ、なんて卑怯なデザインだ。

 卑怯なのは下着だけじゃない。ここには他に寛げるような椅子とか全くなくて、誰のアイディアか僕達はベッドに腰掛けるしかできず、部屋自体が卑怯だ。


「ケ、ケイカは初めて?」


 不意に声を掛けられ、心臓がドキっとなる。

 背中合わせのまま、僕は彼女の問いに答えた。


「うん、こんな間近で……見たの……初めてだよ」

「……じゃなくて……」


 そうじゃくて。小さな、極々、小さな声でユキナは言った。


「―――――エッチなこと」


 ――ポタッ。

 膝上で固めた僕の拳に、鼻から血液のひとしずくが滴り落ちた。いいパンチだ。

 もう言葉が出ない。背中を向けたまま僕には頷くしか出来なかった。

「ケイカは」背中合わせの状態でユキナが言った。


「パウレルに、恋人はいないの?」

「い、いないよ」

「お友達は?」

「……それも、いないかな」


 するとユキナは「えええっ」と驚いた。

「友達もいないの?」

 も、って言い方しないで。

「あう」

 としか答えられないじゃないか。どうして? と訊ねられても答えられない。

 ものすごく間の悪い沈黙が流れた。

 ――友達はいる。

 いるけど、どうしてだろう。クラスメイトの誰かを思い浮かべようとしても、のっぺらぼうみたいな感じで、誰の名前も浮かび上がらなかった。

「じゃあ」しばらくしてユキナが口を開く。


「私達、お友達にならない?」


 声と共に、背中から温かい気配、良い香りが漂ってきた。

 いつの間にかユキナが僕の隣に寄り。僕の顔を、下から覗き込んでいた。


「だ、だめだよ!」

「だ、駄目なの!?」


 ユキナが驚いた声をあげる。違う、誤解だ。君の胸が見えるから! そういう体勢になると見えちゃうんだよ!

 と、指摘できるはずもなく、彼女はさらに接近してきた。


「ケイカは女の子が嫌いなの?」

「じ、自分がすごく嫌いなんだ」


 かろうじてそう答えると、ユキナはクスっと零した。


「ぜんぜん大丈夫そうに見えるんだけど、どうして?」

「ぼ、僕は絵を描くから」

「私も絵は好き!」


 違う、違うんだ。無邪気に言わないで!


「女の子の、しかもちょっとやらしい絵だから……」

「裸婦画ってことかな。私が住んでる本城にも3人いるよ」


 そんな宮廷画家なんかと比べないで。駄目だ、伝わってない。

 と、思ったのに、ユキナは手をたたいて「そうだ!」


「ね、お友達の証として私を描いてみて!」

「ユ、ユキナの絵を!?」

「うん、私の裸で良かったら描いて!」


 ブシュッ! 僕の鼻が血を噴いた。

 視界は真っ赤に染まり、崩れ落ち――ユキナの悲鳴じみた声が遠くに聴こえる。


「ケイカ! ケイカ! 誰か、誰か! シェリラを呼んでっ! 早くっ!」


 だが意識はそう長くもたず、次第に途絶えていった。




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