第14話 今夜は2人きりで
それから、しばらくの間。
シェリラさんの機転で無理やりな押しつけから解放されたように思えたが、僕とユキナは向かい合ったまま、ロクな会話にもならず、ただ座っているだけだった。
二人して両手を膝に置いて、俯いて、時間だけが流れてしまう。
会話をしようにも、
「あ、あのユキナ」
「う、うん! なあに?」
「えっと……ごめん、何でも無いよ」
「……そっか」
後の言葉が思いつかなかった。
彼女にしても、
「ね、ケイカ。趣味ってある?」
「しゅ、趣味?」
ゲームはそこそこするけど、そこそこだし、その話をユキナにしてもたぶん理解できないかもしれない。ぱっと見渡しても、メイドさん達は携帯とかを持っている感じはしなかった。電子機器は輸入されてないのか。
この時に気づいたけど、僕は他人に話せる趣味、つまるところ自己紹介できる自分を持ち合わせていなかった。
「趣味は、無いかな」
「そっか」
「……………」
「……………」
気がつくと、メイド食堂には人がいなくなっていた。窓の外はもう真っ暗で、カウンターの奥、厨房から聞こえるカチャカチャと皿を洗う音だけが食堂内に響く。何も喋らないまま時間だけが過ぎていく。
ユキナもユキナで何か思いつめたみたいに腕組みして、でもやっぱり話題にならないと思ったのか、口を開こうとして噤んでいた。黙っていても、彼女はけっこう表情であれこれわかる。
ドタバタな出逢いになったけど、改めてユキナを間近で見ると、本当に綺麗で可愛い子だって思う。
戦ってる時はキツく釣り上げていた、今は少し垂れ下がった優しい目。
ふっくらと健康そうな頬と、ツンっと尖った鼻。肩にかかるセミロングの薄桃色の髪先を、癖なのか弄る仕草で一生懸命に話題を考えてる顔も愛くるしいくらいだ。
着替えた真新しいライトグリーンのブレザーも、彼女には薄くて明るい色の服がぴったりに感じる。
(――絵に描きたいなぁ)
戦闘してた時は考える余裕は無かったけど、素手で大勢の魔物に立ち向かう姿は本当に格好良かった。
無手で敵をどつき倒す武闘派だとは思いもしなかったけど、魔剣の猛攻に耐え凌ぎ、繰り出す拳が魔物を破壊していく姿は目に焼き付いている。
その拍子にヒラヒラと花びらみたいにスカートが舞って、まさに異世界の姫騎士、いや拳闘姫だ。
「訊きたいんだけど」
不思議と、自然に僕の口から言葉が出た。
彼女は「うん?」と僕の方に顔を向け、腕組みを解いた。
「ユキナは鎧とかは着ないの? 兵士さん達は分厚いのを着込んでみたいだけど」
「鎧は…着ないかな」
突拍子もない質問にちょっと驚いたみたいだけど、彼女は腕組みを解いて足の間に手を挟んで、「一応、ね」と話を続けてくれた。
「一応、私用のも用意されてるんだけど、肩が動かしにくいし、魔物の攻撃の前だとあんまり意味が無くて」
「意味が無い?」
「鎧だけじゃないよ。武器もそう」
確かクゥナが言ってたっけ。有効な武器があるならとっくに渡してると。ユキナに限って言えば中途半端な武器を持つより素手で殴った方が強いのだろう。
「異世界の文明を輸入したりできないのかな。たとえば僕がいた、パウレルの武器は結構強いと思うんだけど」
ユキナはまた「うん」と小さく頷いた。
「私は詳しくないんだけど、全部輸入できるわけじゃないみたい。素材や技術的なこともあるんだけど、それ以上に物理法則が微妙に違ってて、実現できる物と出来ないものがあるってクゥナが言ってた」
それから、彼女は一口、お茶を飲んでさらに続けた。
「今、そのことでも本城が揉めてるらしいの。まあ私が政治関連や軍部の運営についてあれこれ出来る事は無いんだけどね」
するとユキナはアハハっと寂しそうに笑って、
「あの魔物が私のこと『脳筋ー』って言ったでしょ?」
「言ってた。ひどい負け惜しみだったね」
あっちでも変な言葉が輸入されてるのかと思った。
「あれって結構当たってるんだよね。私、物心ついた頃からずっと闘ってばかりで」
「物心ついた頃から? それって何歳の頃?」
彼女は腕組みして、体を逸らし、うーーーんって悩み始めた。
体を逸らした拍子に、ブレザーの下、ブラウスの胸元がこんもりと突き出る。
ぺっちゃんこと魔物に悪く言われてたけど、それなりに盛り上がっていてドキッとつい視線を動かしてしまった。
「クゥナと一緒に初陣だったから、5歳か6歳の時だったかな」
「クゥナと? クゥナもそんなに小さい頃から?」
「あはは、違うよ。クゥナはよく異世界に行くから歳を取ってないだけだよ。誕生年で言ったらシェリラと同じか上じゃないかな」
「シェリラさんと同い歳!? あ、そうか」
パウレルの時間の流れはこっちに比べてずっと遅い。違う異世界ではさらに時間の進みが遅いって可能性もあるんだ。
ということはクゥナはしょっちゅう色んな世界へ行ってるのかな。いったい異世界っていくつあるんだろう。
その時だった。
「――誰が私の歳のことを話して欲しいと言った?」
いきなり僕の頭上から冷ややかな声が降ってくる。
「何の話をしているかと思えば、鎧だの初陣だの、どうでもいい話ばかり」
振り返ると仏頂面のクゥナがひとりで背後に立っていた。
「姫はもっとエッチな話に専念しなきゃダメ!」
「エ、エッチな話って……。そう言われても、私には思いつかないよぉ」
「話すことは山ほどある。子供は何人欲しいとか、都合の良い日とか。ケイカだってその方がやる気も出るというものだ」
出るかい。
どこの世界に初対面で家族設計や周期の話をする男女がいるんだよ。さすがにユキナも頬全体を赤くして俯いてしまった。肩をすぼめて、また膝の下、足の間に手を挟んで小さくなってしまう。
「シェリラさんはどうしたの?」
「今、二人のベッドを用意させている」
「「――ベッド!?」」
僕とユキナが同時に声を出した。
「ケイカは寝る時に布団やベッドは要らない派?」
何派だよ、それは。
「要るけど、そうじゃなくて、その、ベッドって二人分のベッド?」
「違う、ひとつの二人用ベッド。今宵のために私が闇市場で買っておいた」
メイド食堂もそうだけどクリムトゥシュは謎の国だ。
「僕はまだ正式に側室って決まったわけじゃないんでしょ?」
「うん、何もしなくていい。2人で一緒のベッドで寝てくれたらそれでいい」
「いや、それおかしいから!」
「できれば手を繋いで寝て欲しい」
「駄目だって!」
「側室じゃなくても、抱き合ってキスくらいまでならオーケー」
「オーケーじゃないよ!」
「翌朝ふたりは裸で、オギャーが爆誕!」
「オギャー!?」
どこかで時間が飛んだ!?
もう突っ込み所が多すぎて大変だ。
「姫もそれでいい?」
不意に訊ねられたユキナは顔を背け、それからややあって。
「……うん。私はそれでもいいよ」
ユキナはクゥナから、そして僕からも視線を逸らしたまま、そう頷いた。
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