第12話 ユキナとメイド食堂① ~姫様、はしたないです~


「………それで、わざわざここへ?」


 第2王城の門扉の前で出迎えてくれたシェリラさんは、事の一部始終を聞き、固まっていた。

 砦に配備されていた馬車に乗って、林道を抜けること約2時間。

 僕達3人は本城へは寄らず、シェリラさんの待つ第2王城へと戻ってきたのだ。


 馬車に乗るなんて生まれて初めてだったけど、揺れの凄いこと。

 舗装されていない土肌の路を木製の車輪でガタンゴトンと、それはそれは盛大に揺れ動き、林道の景色を拝む余裕なんてなかった。


「本城の方で戦勝の宴が開かれるのでは? それでなくとも本城にも兵士や侍女が使う食堂がありますでしょうに。あちらの方が」

「今日のお昼はここのメイド食堂って決めてたもん」


 シェリラさんの疑問にすかさず答えたユキナはけっこう頑固な性格かもしれない。

 時計も携帯も持ってないからわからないけど、陽が沈みかけた夕暮れ前って感じだろうか。ちなみに僕は車酔いで一言さえ喋ることは出来なかった。

 するとクゥナがふくれっ面をし、


「こら、シェリラ。姫と私と聖剣ケイカ様の願いだぞ。早く案内せんか」


 僕は何も願ってないよ……ひぐう、胃の中の調子がおかしい。2時間も脳と胃腸が縦揺れに晒されたもんだから気持ちが悪い。

「わかりました」シェリラさんは諦めたように肩の力を抜き、小さくため息をついた。


「では案内いたしますので、どうぞこちらへ……」


 彼女を先頭に門を抜け、左手に伸びる石橋を渡った東棟。

 食堂とか談話室とか仮眠室とか、シェリラさん達を始めとしたメイド達の憩いの場がある建物だそうだ。

 入れ違いになったメイドさん達がこちらを見て、跳ね返りそうな勢いで驚き、慌てて通路の脇へ寄って列を成し頭を下げる。


「ですから本当にユキナ様やクゥナ様が来られるような場所ではないのですよ……」


 彼女は頬に手を当てて、さりげなく僕だけに聞こえる小声で呟いて苦笑顏を見せた。

 けど、当の二人がまったく気にもしないでずんずん建物の中を進んでいくものだから、メイドさん達とすれ違うたび、何度も彼女達を驚かせ跪かせてゆく。


 そうして辿り着いたメイド食堂というフロアは、丸テーブルがフロアに処狭しと置かれる、さながらデパートのフードコートや僕が通う学校の食堂にも似ていた。兵装が中世的だったのに対し、ここだけ近代みたいな錯覚に陥る。天蓋には電気ではないと思うけど、シャンデリアがぶら下がってほの温かい光を放っていた。

 今がちょうど夕食時なのか、たくさんのメイドで埋め尽くされていて。


「あう……読めない」


 カウンターがあり、そこで注文をするみたいだけど、そのカウンターの上に貼り付けられた木製の看板に描かれた文字は奇っ怪極まりない楔形文字で、解読不可能だった。

 ユキナはさっとメニューを一読するや、


「牛丼、特盛り!」


 元気よく注文する。

 カウンター越しに見える厨房のメイドさん達が一斉に、ユキナの発した声に驚愕したように振り向いた。中には皿を落とした者もいる。

 クゥナも続いて、固まって動かないでいる注文係のメイドさんに、


「カツ丼特盛りを頼む」

「は、はい、ぎゅ、牛丼特盛りとカツ丼の、と、特盛りで」


 レジ係のメイドさんはあたふたと注文票を躍らせ、零れた注文票を――パシッ――と空中にある内にユキナが腕を伸ばし、人差し指と中指で挟んで受け止めた。

 何食わぬ顔でメイドに返すと、隣にいるクゥナに、


「ね、クゥナ。唐揚げいっしょに食べない?」

「うむ、良い考え。じゃあ唐揚げ特盛りとポテト特盛りも追加だ」


 特盛り多いな。

 というか、メニューがパウレルと、厳密には僕が住んでいる国といっしょの物だ。どういうことだろう。

 そんな風に考えてると、ユキナとクゥナが僕の方を見ていた。


「ケイカは何にするの?」

「早く注文してあげないと後ろの人に迷惑を掛けてしまう」


 言われて振り返った先、シェリラさんの後ろにずらっと並ぶメイドさん達が――迷惑というか抑えきれないヒソヒソ声で――。


「あそこにいらっしゃる方、ユキナ様じゃない?」

「隣にいらっしゃるのはクゥナ様よ! ほら、シェリラ様もご一緒なさってるわ」

「ということは……あの方がケイカ様!?」

「なんでこんな所に!?」


 うんぬんかんぬんキャーキャーと騒いでいるのが見えた。


「え、えっと。じゃあスパゲッティなんかはあるのかな?」

「ボロネーゼならある」


 クゥナが代わりにメニューを読んでくれる。やっぱりパウレルの料理があるんだ。


「じゃあボロネーゼで」

「何盛りで?」


 いや、僕は小食だから盛らなくていいよ。並で、と告げたら、2人がまた不思議そうな目を僕の方に向けてきた。

 で、しばらくし、2人は顔を見合わせてコクンと頷き合い、


「「ボロネーゼ、特盛り!」」


 勝手に2人で注文を書き換え、メイドさんに告げてしまった。

 あ、そうか。このお城で働くのは女性ばかりだから、並って言っても男の僕には少ないのかもしれない。胃腸の調子が悪いから少量でもいいのに、と、思ってたらユキナが僕の頬を指先で突いてきた。


「駄目だよ、ご飯の独り占めは。私達にも分けて?」

「あ、あう?」


 牛丼特盛りと唐揚げにポテトに、まだ食べるの!?

 と、驚くボクにさらにクゥナが訊ねてきた。


「おかずは何にする?」


 いやいやいや、どんな量か知らないけど無理だってば。


「パスタだけで十分だよ」

「ケイカは偏食か」


 偏食かって…偏食ってそういう意味だっけ……?


「私はサンドイッチ並盛りをお願いします」


 と、シェリラさんは普通に注文していた。何がどうなってるんだろう。

 そうして僕達はそれぞれの番号札を貰い、都合良く空いていた丸テーブルに4人で座る。シェリラさんが困った顔をしているので”都合良く”というよりは”遠慮して空けてくれた”というのが正しいのかもしれないな。

 が、しかしまた僕は驚かされてしまう。


「あう……あう……特盛りって」


 間もなく運ばれてきた皿はトレーの如き巨大さで、溢れんばかりにフライドポテトが盛られていた。2人が追加した唐揚げに加え、小樽に満たされた牛丼とカツ丼、そして僕の注文したパスタ料理がドンドンドンッと並べられてゆく。


(パ、パスタが僕の首のところまで盛り上がっている)


 運んできた給仕のメイドさん達も額の汗を拭っていた。


「パウレルに限らず、ムゥジュ――特にクリムトゥシュは行き来できる異世界から様々な技術を輸入している」


 クゥナが説明してくれたけど驚いてるのはそこじゃない。テラ盛りに驚いてるんだ。 

 だけどユキナは臆することもなく小樽を抱え、箸を持ち、ガツガツガツっと食べ始め、クゥナも続き、器を抱えてハグハグハグハグッと猛烈な勢いで彼女の後を追う。

 唐揚げやポテトもみるみる嵩を減らしていき、


「クゥナ、交換!」

「あい!」


 二人は樽みたいなカツ丼と牛丼の器を交換し、再びハグハグハグハグと掻き込みだした。揶揄じゃなくて絵に描いたようなガッツリである。


「…………」


 で、僕は無邪気な冗談のように高々と積み上がったパスタの群れを前にして途方に暮れていた。殆ど減らない。お皿の減少率をパーセンテージで示すなら10%くらいだ。


「ほぎゅほむ、ふぐふぐふぐふぐ?」


 ユキナが口にいっぱい詰めた状態で僕にフグがどうしたかと訊ねてくる。

 すると僕の隣でごくごく並のサンドイッチを食していたシェリラさんが、取り出したハンカチでユキナの口元を拭きながら通訳してくれた。


「食べないの? 美味しくないの? と仰っております」


 よく言葉がわかるね……。


「美味しいけど、こんなに食べられないよ」

「ンン? ングッ!」


 ユキナはごきゅんっとひと息に口の中の物を飲み込み、ザクッと箸を突っ込んできた。

「姫様、はしたないですよ」シェリラさんがユキナを窘めたが、その横からクゥナもフォークを突っ込んできて。


「美味しいなら私も欲しい。ケイカが食べないならちょうだい」

「ど、どうぞ」


 返事をするやいなや、2人の手がパスタの山へと伸び、まるで吸い込むかのように平にしてしまった。

 シェリラさんがぼそっとまた小声で呟く。


「御二人は何も食べずに数日間に及んで戦うことができるのです。ですが、蓄えるためでしょうか、食べ始めるとこのような有様なのです」

「ラ、ラクダみたいな体質だね」

「問題は、御二人が『人間みなラクダ』とお考えになられているところでしょうか」

「……それは大変そう」


 ポテトの束を口に放り込むユキナとクゥナを見て、シェリラさんがこそっと溜め息をついた。けれどその横顔にはどこか優しい安堵も感じる。

 そうか、あまりに圧倒的な強さだったから気づかなかったけど、ユキナとクゥナの今日が無事に終わって、それから二人が元気なのはこの国で大事なことなんだ。

 だからこそ栄養バランスというかお作法というか、そういうのをちゃんと守って欲しいから……シェリラさんは悩みが多そうである。

 食事を見れば”人となりがわかる”と言うけど、その通りだと思った。


「お代わり行ってくる!」

「待って姫。私も行く」


 そんなシェリラさんの杞憂なんか何のその、2人は立ち上がって列の方へと走っていってしまう。


「ここは本城と違ってお行儀にうるさくないし、食券要らずで並べば何度でも注文できるから便利だよ!」

「うむ、早くて安くて旨くて満腹。メイドたちは飯の何たるかをよく理解しておる」

「だね!」


 それが理由でメイド食堂を選んだようだ。




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