第11話 ユキナの、本当の姿!? ~一騎打ち~


 …ユキナと、大きな魔物が、一騎打ちの形となって睨み合う。


 猛犬を思わせる顔、褐色と白がまだらになった羽毛の体は分厚く、腕も丸太の如き太さだ。手には人間から奪った物か自前の獲物なのか、巨大なサーベルを構えている。いかにも主格って感じな魔物の将軍だ。


 ひるがえってユキナは身長160センチあるかないかのお姫様。返り血を浴びて赤い点々が付着したブレザーと空色のミニスカート、素手で丸腰だ。

 駄目だ、職業と装備に違いがありすぎる。


 取り囲む兵士は何も出来ないでいた。みな負傷している。中には肩を借りて担がれる者や、瀕死の兵士たちもいた。

 異様な光景である。これだけ大勢の兵士で囲んでいるのに、たった、残った1匹の魔物にどうすることもできないんだ。すべてをユキナに託しているんだ。

 固唾を飲んで見守る中。ユキナは両拳を握りしめただけの独特の構えで獣人と睨み合い、そして同時に動いた!


「ゴオオオオオオッ!」

「せああああああっ!」


 野太い唸り声と可愛らしい気合いが交錯する!

 魔物は大剣を振り下ろし、ユキナは左の回し蹴りを放った。って、それは無茶!

 思いきや、


 バキイイイイイイッ!

 宙で彼女の左足と刀がクロスし、止まった。

 大理石に頭を打って目を回していたのが嘘みたいな耐久力だ。蹴りでサーベルを受け止めている! 変身してから彼女は本領を発揮するのだろうか。

 だけど僕の驚きに反して、兵士達の驚きは違うものだった。


「あの刀、姫様の蹴りに耐えたぞ!」

「なんという硬度だ!」


 ユキナは小さく息を吹き、宙で止まっていた足を引き下げる。合わせるように魔物もゆっくりと大刀を手元に引いた。

 互いに動きを牽制し始める。


「グフ、グフグルルル」


 不意に、魔物が含み笑いに似た声を漏らした。


「さすがの貴様もこのウリアルム鋼の刀を前に無傷というわけにはいかないようだな」


 ユキナの眉がぴくりと動く。

 皆の会話から察すると、ユキナは蹴りで刀を受け止めたんじゃなくて、その逆、蹴りで刀を砕きにいったと。


「グルゥ、グフフフ」


 さらに獣人が勝ち誇ったような、今度はわかりやすい笑い声を出した。ユキナが左足を下げる。良く見れば、衝突した左の脛から赤い血が流れていた。

 兵士の一人がぽつりと零す。


「ウ、ウリアルム鋼……。まさか魔剣か」


 魔剣? えっと、変な意味での聖剣とか魔剣って意味じゃなくて正真正銘の強力な剣ということだろうか。

 獣人は大刀の柄を両手で握りしめ、誇らしく笑みを浮かべた。


「グルッフフ。探した甲斐があったぞ。貴様に傷をつけることの出来る剣。あった、あったぞ!」

「――――ッ!」


 振り回す斬撃をユキナはしゃがみ、体を反らし、繰り出される剣撃をかわすが、長城の上ではそう逃げ切れない。

 壁際に追い詰められるが、横薙ぎの一撃も飛んで躱した。が、彼女の背後、防壁先端の一部分が、スパッと大根か人参かのように容易く切り落とされてもいた。

 魔物を取り囲む輪が乱れる。

 全員が後ろへ後ずさる。実はそうとう離れて見ている僕だったけど、それでも一緒に下がってしまった。ふと、


「……あの剣は……そうか、旧デグリャン領にあった剣か」


 僕の耳元でクゥナの声がした。やっと気がついたのか。


「クゥナ、大丈夫?」

「うむ」


 彼女はコクンと頷く。でも背中から降りようとはしなかった。

 そうこうしている内にユキナはまた壁際に追い込まれていった。為す術がないのか。


 壁際で再び飛んで避けるが、魔物は避けられることがわかっていたのか、片手を余していて、ついにその拳が彼女を捉えた。

 ユキナは咄嗟に両手で顔を防御したが、獣人は構わずガードの上から殴りつける。彼に比して小さな彼女の身体がふっとばされ、壁に激突し、岩石の破片を散らして床に倒れた。


「姫様!」

「ユキナ様!」


 兵士達が悲鳴を挙げる。

 魔物は起き上がるのを待ってくれるほど紳士じゃなく、また魔剣を振り下ろしてきた。

 ユキナは転がってなんとか攻撃を躱し、手を床につき反動で起き上がって立ち上がる。

 という攻防が繰り広げられる中、クゥナはただ剣の方を観察していた。


「数百年も昔になるが、ここより遙か東にデグリャンという国があった。内乱で分裂し、今は跡形もないが、ムゥジュの大地に名を馳せた伝説の名剣を有していた。

 内乱後、剣は伝説と共に行方不明になっていたが、そうか、発見されたのか」

「ユキナに武器はないの? どう見ても分が悪いよ!?」


 訊ねると、「あったら持たせてる」クゥナはケッと吐き捨てるように笑う。


「対魔物に鍛えられた人間の切り札が相手に渡るとはな。魔物の方が賢いかもしれん」

「そんな呑気に言ってる場合じゃないよ。ユキナがやられるよ!」


 よくわからないけど、ここまで劣勢になっていても誰も助けようともしないんだ。囲む兵士さん達は驚愕と悲鳴の声をあげるばかりで力になってあげられそうにない。彼女がやられたらそれでおしまいなんだ。

 ところが、クゥナはフフっと笑みを零す。


「安心して。魔剣1本に負ける王女なら無敵とか言わないから」


 彼女がそう言った時だった。

 ユキナが構えた両拳を開き、指を広げ、嬉しそうにニコッと笑った。


「それ、本物の魔剣だね!」

「ムッ」


 彼女が見せる笑顔に魔物がたじろいだ。

「王女は硬い物が好き」と呟いたのはクゥナ。


「子供の頃から彼女は全力で遊べる玩具が無くていつも欲求不満だった」


 ユキナはもう一度、開いた指を握りしめ、大きく息を吸い込みはじめた。



「ハアアアアアアアアアアアアアアアアッ」



 彼女の体を覆う蒼い炎が一段と勢いを増した。同時にまた髪の色が変化し、今度は青から金色になり、さらに炎が過激に噴出する。


「ま、また変身した!」

「違う。あっちが本当のユキナ姫。フレイジング・リブ・バーストは解呪の魔法」

「解呪の魔法!? ほ、本当のユキナ!?」


 僕が聞き返す暇は無かった。全身に炎を纏った彼女は床を蹴る、同時に姿が消えた。と思ったら獣人の目の前に現れ、


「せいっ!」


 魔物の持つ剣めがけて回し蹴りを放った。

 バキイイイイッン

 大刀が悲鳴を挙げた。内角に詰まった感じで、手の中で踊るように震えている。


「うん、硬い!」

「グ、グルゥゥ」


 魔物は「あうう!」と言いたいのだと僕には口調でわかった!

 そして、ユキナは着地するや、すかさず床を蹴り、


「もういっぱーつ!」


 今度は刃側の方から飛び上がって、剣に向かって前蹴りを放った。


「グゴッ!」


 蹴り出された反動で、刀の背面が魔物の額を打つ。



「――――――あっ!」



 僕、兵士達が一斉に魔物の剣を指さした。刀身に、ヒビが入ってる。


「これでどうだあああああっ!!」


「グ、グウウウウッ!」


 ユキナが、とどめとばかりに固めた拳を亀裂の入った刃に叩き込むと。

 バリイイイイイン

 ついに大刀を打ち砕いた。


 さらに彼女の拳は刃を突き抜け、顔面を捉え、彼の頬にぶち当たる。

 牙を弾き飛ばすと共にゴキィンッと他の魔物と同様、頭部を胴体から跳ね飛ばした。

 首はボールのように長城の外へと弾き出される。が、彼は他の魔物と一線を画すようだ。胴体を失った魔物の首は宙で回転し……ぴたりと止まると、


「グ、グルルル…………」


 頭部だけの状態で宙に浮き、唸り声を出す。

 唖然とする兵士。ユキナもびっくりしたように「……しぶとい」表情を変えた。

 獣人の魔物は、何本か歯を失い、それでも歯茎を擦り合わせでもするかのように口の中を蠢かして、唇と唇の間から血を滴らせて、


「おのれ、おのれ、ユキナめ! これで終わると思うなよ。真っ当な寿命を迎えられると思うなよ。魔剣など、探せばまだいくらでもある!」


 血を口から吐き出しつつも魔物は、じわじわと宙を漂い後ろへと下がっていく。逃げる気だ。


「逃がすな、ユキナ!」


 突然、クゥナが僕の背後から怒鳴った。だが、ユキナは動かない。


「この悪鬼め!」


 動かないユキナに代わり、兵士の一人が手に携えた弓で矢を放った。が、魔物は首だけの状態でも、ひょいと容易に躱されてしまう。


「逃げるとは卑怯な、畜生が!」


 兵士達は思い思いに弓を拾い、逃がさんとばかりに矢を放った。しかし、的は魔物の頭だけ、しかも既に遠くへと逃げてしまっていて1本も当たらず。


「お前らカスの矢など当たるか! たとえ当たっても効きはせんわ! へっぽこ弓!」

「な、なにをおおお!」


 意外と品の無い親玉だった。


「待ってろ、ユキナ! 直だ! 直にまた来てやるぞ!」


 どんどん遠ざかり、それから、


「フハハハハ、バーカ、バーカ! ペチャンコオッパイー、アホー、クズー、カスー、脳筋ー」


 悪口で彼女を攻撃しながら、森の空彼方へと飛んで行ってしまった。なんて口の汚い魔物であろう。姿が見えなくなるまで「ユキナのバーカバーカ」と吠えて続けていた。

 やがて、上空を飛行していた大鷲の集団も、親玉に続いて退散していく。

 長城を包んでいた嘘のように喧噪も止み、静寂が訪れた。


 ……終わったのかな。

 それを教えてくれるかのように疲れ果てた兵士達がその場に倒れ込んだ。


「もういい、ケイカ。下ろして欲しい」

「う、うん」


 僕が腰を下げると、彼女はよろよろ床に足をつけ、じっと魔物の過ぎ去った方向を見つめているユキナの傍へ歩いていき、


「――なぜ逃がした?」


 険しい顔つきで訊ねた。ユキナはしばらく答えずにいたが。


「逃げる相手に興味ないの」


 そう返すと、クゥナは片頬を苦々しく持ち上げる。


「稀に見る強い生命力と知能を持った奴だ。おそらく再生能力も有する。失った魔剣も探しに行くだろう。どういうつもりであいつを逃がしたかは知らんが」


 顔をしかめて続けようとした彼女の言葉を遮るようにユキナは、


「魔物も必死なんだね」


 クゥナの方を向いた。苦笑というか、浮かんでいたのは悲しげな笑顔。


「ね、クゥナ。私が使えそうな武器はまだ見つからない?」

「まだ見つかっていない。極力と急いではいるが」

「ん、楽しみにしてるよ」


 そう言い残し、ユキナはクルンっと体を翻し、互いの無事と健闘を讃え合う兵士達の輪へと入っていった。兵士達が拍手と喝采で彼女を迎える。


「クゥナァーーー!」


 ユキナが輪の中から手を出し、どこか落胆の気を見せるクゥナを呼んだ。


「メイド食堂へ行きましょう! 軍の馬車を貸してくれるって! もうお腹ぺこぺこだよお!」


 すると、


「うん、お腹空いた」


 クゥナもそう返し、微笑を浮かべた。

 僕は危ない目に遭わされて、でも皮肉なことだけど、胸の中にまだ残っている恐怖が色々なことを教えてくれた。

 ムゥジュの大地は人間と魔物が住み、争っている世界。クリムトゥシュ国に限らず、魔物に脅かされる世界。


 それから、ユキナ・セレンティム・クリムトゥシュ。

 彼女は想像していた戦士やお姫様より遙かに強くて、凛々しくて…綺麗だった。



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