第10話 人間と魔物の戦い ~ユキナの蹴り!~


「こ、ここは!?」


 辺り一面、眼下に大森林が広がっている。

 転送された僕達が立っているのは城壁の上。城壁と言うよりは、そうちょうど渦高く岩石を積み上げた万里の長城の只中に立っているような感じだ。

 なんて悠長に風景の解説している暇もなかった。


「ゴオオオオオッ!」


 胃の腑まで震わせるような咆吼が響き、真っ正面からドス黒い羽毛を全身にびっしり生やした大鷲が砦に向かって飛来する。

 その巨大さと禍つさは誰に教えられなくても魔物だとわかった。


「う、うわあああああ」


 偶然、僕と目が合ったその魔物が目標を定めたように翼を拡げて水平に滑空してくる。が、その大鷲の魔物が僕の所まで到達することはなかった。


「ギャウッ!」


 真横から大鷲に無数の矢が飛んできて、突き立ち、大鷲は悲鳴を挙げて落下する。

 長城壁の上にはモヒカン調の兜を被った兵士の群れ、軍隊が戦っていた。壁上に設置された大型のクロスボウ――バリスタとか連弩とか言ったっけ――それらを操作する兵士達が撃ち落としたみたいだ。


 けれど魔物はその1匹だけじゃない。1匹どころか、10、20、いやもっと沢山。沢山の大軍だ。大鷲に限らず、刺々しい翼をはためかせる黒い蜥蜴も後から続く。よく見れば眼下に広がる森の至る所で火の手が上がっていた。


「な、な、なななななに!」


 あれは何っとユキナに聞きたいのに口が震えて動かなかった。叫ぶ暇も無かった。

 大鷲の影に隠れ、バリスタから放たれる矢の雨をかいくぐった翼を持つ蜥蜴の魔物達が次々と長城の壁に張り付いてよじ登って来ている。


 兵士達は壁際に身を乗り出し、何メートルもある長い槍で突き、応戦する。けれど素人の僕が見てもわかるくらい防衛する兵士達の個の力が足りてない。魔物は槍を引っ掴み、あるいは咬み、穂先を躱し、兵士達は壁上に乗り込まれるのを防げないでいた。

 クゥナが言っていた。人間と魔物では戦闘力が違うと。彼女の言葉通り、よじ登ってきた蜥蜴の化け物に兵士達は槍を捨て腰の剣を抜き、それで対峙するが、


「ギャアアアアアアア」


 魔物の咆吼と同時に開いた頤から炎が吹き出され、たちまち数人の兵士達が火炎に包まれ倒れた。隙を突き、背後から兵士が刺し仕留めたが、今度は逆にその隙を突かれるように、上空、大鷲がその爪に掴んでいた大岩を落としてくる。

 落下する岩が壁を崩していく。ずらりと並べていたバリスタも多く破壊された。防衛力がみるみる落ちていくのがわかった。さらに蜥蜴が後から後から壁に張り付いてくる。

 せ、戦場だ。経験したこともないけど映画の世界にいきなり放り込まれたみたいだ。


「ああ、魔物が!」


 僕達が立つ場所も例外じゃなくて、ここにもよじ登ってきている。まずい、ここら一帯には兵士がいない。中央、長城を出入りするためか、大きな門があって、殆どの戦力がそこに集中している。


「ググググギィ!」

「わああああっ!!」


 僕の目の前にも蜥蜴の魔物が現れた。遠くからではわからなかったけど、間近、この至近距離で見ると、ものすごく大きい。僕の倍はあった。

 獲物を見定めるように振りたくる長い首。漆黒の鱗は所々が節くれ立ち、リザードマンとか呼ばれる架空の生物にも似ていた。


 爪が異様に長い。僕と目が合い、爬虫類特有の細い黄金色をした眼をぎょろりとさせ、長い舌をシュルシュルと出し、なめずりして見せる。

 恐怖におののき足がすくんで動かなかった。声も出ない。恐怖は頭や胸で感じるんじゃなくて、お腹で感じるんだと思った。

 一歩、黒いリザードマンが足を踏み出してきて『殺される!!』と本能が察知した瞬間だった。


「――ケイカ、下がって」


 僕の目の前、僕とリザードマンの間にユキナが割って入るように立った。


「…………………っ」


 無言で立つ彼女の背中が震えている。

 こ、怖いのかな。って当たり前だよ。クゥナが呼び出したお化けはどこかユニークな部分もあったけど、こんな怪物が相手じゃ駄目だ。

 無敵ってクゥナは言ってたけど、ユキナがしていた訓練は片手で逆立ち。パウレルならずば抜けた身体能力だって言ってもいい。


 でも頭を打って気絶するような耐久力を無敵だなんて言わない。魔法はあっても武器が原始的だ。その文明からすれば無敵と称えられるかもしれないけれど、こんなのと戦えるようなレベルじゃないよ。

 ところが――。ユキナの震えは恐怖のものではなかった。


「…………許さない」


 ほんの少し、ちらりと見えた彼女の横顔に浮かんでいたのは、可愛いらしかった瞳や眉を吊り上げる怒りの表情。


「毎度毎度毎度、攻めてきて! 物を壊してみんなを傷つけて!」


 彼女は両拳を握りしめ、叫んだ。


「フレイジング・リブ・バーストッ!」


 とつぜん、ユキナのセミロングの髪が揺れ動く。かと思いきや、薄桃色の髪が白く輝き、その後、青色に変わった!

 同時にユキナの全身から蒼い炎が噴き荒れる。

 彼女の変化に何かしら勘づいたのか、黒い蜥蜴は先手必勝とばかりに長い爪を揃え、さながら鋭いダガーのようにして突き出してきた! が次の瞬間、


「――――っ!」


 僕の目の前にいたユキナが消える!

 違う、移動した。

 蜥蜴の懐へ潜り込み、刃物の様な爪の先を丸ごと握りしめ――――


「ハァッ!」


 粉々に、ユキナは魔物の爪を素手で握り潰した!


「壁を直したりするの、ほんと大変なんだからっ!」


 彼女の掌に裂傷は無く、魔物の爪の破片だけが宙に散り。そして、ガラ空きになった彼の腹めがけ、膝蹴りを叩きこんだ。

 ――ドンッ!

 ユキナの膝と魔物の腹が打ち合った音は打撃音とは思えない破裂音。そこら一帯の空気が震え、衝撃に蜥蜴魔物の両足が床から浮いた!

 動きが止まり、すかさずユキナは残った足を軸に回転して、


「せいっ!」


 しなやかに伸びる足で、まだ膝の跡がくっきり残る腹部めがけてミドルを叩き込む。再び破裂音、いや、こんどは爆発音が響き渡った!

 バアアアアアアアアンッ

 岩を落とされた時をも越える激しい音が僕の耳を劈く。彼女の前まわし蹴りを浴びせられた魔物はやって来た方向、彼方果てまで吹き飛び、バリスタの矢を追い抜いていく。

 ――そんな馬鹿な!

 唖然とする僕にユキナは、


「ケイカ、クゥナをお願い!」


 そう言い残し、長城の中央へ向かって走っていく。走るというか、ぴょんぴょんっと突き出る防壁の縁伝いに跳んで行ってしまう。


「ま、待って!」


 僕は慌ててノビたクゥナを背負い、ユキナを追いかけた。あっちも危なそうだけど、ここに一人でいるのも危ない!

 はるか先、ユキナが煙の巻き起こる乱戦の中へと飛び込むのが見えた。手前にいた兵士と爪でつばぜり合いをしていた魔物の頭部、コメカミ辺りに前蹴りを放つと。


「―――――ッ!?」


 魔物と熱いつばぜり合いをしていた兵士が固まった。いきなり相手の頭が無くなったのである。

 ユキナの蹴り一発で文字通り、魔物の頭が吹き飛んだのだ。


「――き、貴殿? 頭はどうしたのだ?」


 左右を見渡し、何が起きたのか理解できないでいるみたいである。大丈夫だ、僕も理解できてない。ユキナもとっくにいなくなっていた。

 激しい戦いが繰り広げられる中央地帯では、兵士達もユキナがやってきたことに気づき始めたのか、所々から歓声が聴こえてくる。


「姫だ!」

「姫様が来てくれたぞ!」

「おおおおお!」


 湧き立つ喧噪と粉塵の中から、魔物の頭やら腕やら足やら翼やら、いろんなパーツが跳びはねる。彼女は一体どんな戦い方をしてるんだ。


「押し返せえ!」


 にわかに兵士達が勢いづき、乗り込んでいた魔物をを長城から次々に叩き落としていく。

 そして、ようやく追いついた僕が目にしたのはユキナと、これまた大きな獣のような人型の魔物が対峙する姿だった。




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