第8話 水上宮殿とユキナ姫② ~彼女は逆立ちしていて~
まだクゥナは歩けそうにないらしく、彼女をおんぶしたシェリラさんの後ろを僕は歩いていく。
「それでクゥナ様」シェリラさんがクゥナに訊ねた。
「検査の結果はいかがでしたか」
「うむ。玉石が2つ、刀身が1本、禁断の書に記された通りであった」
「それは殿方であればみな同じでは……」
僕は前を歩く彼女達の会話は聞き流すことにした。
「いやはや、聖剣というだけあってなかなか摩訶不思議」
「殿方の御一物をご覧になられたことが無かったのなら、わたくしに任せて頂ければ」
「馬鹿者、国家大事のことだ! 侍女ごときキサマに何がわかる!」
「それは大変失礼いたしました」
聞き流したいのに、聞いてしまう自分が悲しい。でも会話の内容というか口調からして絶対的な上下感に反し、2人は親しい間柄のような気もした。
そうこうする内に、
「うわ……すごい」
シェリラさんが部屋の扉を開け、外を見た最初の僕の言葉がそれだった。
「城が水面に浮かんでる!」
視界一面の広大な湖。窓から見えるのが水景色ばかりなのが今やっとわかった。
このクリムトゥシュ第2王城と呼ばれる城は水の上にあって、水回廊が張り巡らされている。その中心にいま僕達が立つ房、そして石柱で支えられた橋が各房へと繋ぐ構造だった。
城全体を見渡すと、城というよりは水の宮殿って称する方が相応しい。
「驚いた?」
シェリラさんの背にのっかるクゥナが自慢そうに笑みを浮かべ、水回廊の絶景に心を奪われていた僕は「うん」素直に頷いた。
「驚いたよ。お城って言ってたから山とか小高い丘の上かと思ってた」
「クリムトゥシュ第2王城は、防衛拠点を目的とした第1王城、つまり本城とは趣きが違う」
「趣き?」
「ええ、そうですね」
僕の疑問にシェリラさんが代わって答えてくれた。
「ここは城と云いましても王女様や御妃様、国王陛下の御側室に上がられた方々が住まわれる城です。パウレルの方には【奥】と申しましたら通りが良いでしょうか」
そう言われて改めて見れば、回廊に向こう。クゥナやシェリラさんが着ているようなメイド服の、侍女っぽい人達が歩き、清掃などをしている姿も見えた。
「ここで職務を行う女人は皆、王族以外はこのような服を着る決まりとなっているのです。本城勤務となる参謀官のクゥナ様も例外ではありません」
「参謀官?」
「はい、正しくは政務参謀官といった職位です。クゥナ様はクリムトゥシュはおろか、ムゥジュの大地においても一と云って二と下ることはない偉大な魔道士一族の末裔です。魔術だけではなく、地から天の果てまで届くと謳われる膨大な知識で、国を支えておられます」
クゥナは「ふふふ、恐れ入ったか」と再び自慢気な笑みを浮かべるけど、おんぶされて鼻に詰め物をした姿は、ぜんぜん大物には見えない。
「あれ。後宮殿ってことは、男子入禁の城だよね?」
「仰います通り、ここに殿方はいらっしゃいません」
「じゃあ僕は? いちおう男だよ?」
再び訊ねるとシェリラさんが困り顔をし、
「ケイカは特別」
今度は彼女に代わり、背負われたクゥナが問いに答えた。
「特別であり、正式な第2王城の住人でもある。そもそもこの城は本来、王の正室や側室が住まう場所。女人が暮らすのは彼等の世話をするため。だから世話のためであれば性別上、男である宦官も入れるし、当然、側室である者なら男であっても入れる」
「宦官と側室は例外?」
「例外というか第2王城の本懐。王女に側室がいること自体は稀例だけど」
そっか、そう言えばそんな映画も観たことあるな……って。
「僕は側室なの? 側室で決定なの!?」
すると、シェリラさんが柔らかく「いいえ」と首を横に振った。
「まだ決定ではありませんよ。正式な側室の儀が済んでもおりませんし、何よりケイカ様のご意思あっての御事です。先程のクゥナ様のご説明に補足させて頂きますと、王や王女様のご側室に上がられる予定、あるいはその可能性のある方ならば仮に住まうことができます」
その言葉を聞いて僕は安心した。良かった、いちおう拒否権はあるみたいだ。正直、「逢ってみるだけ」なんて言っても、さっきの魔法で脅されでもしたら否応なしに事を進められても抗えそうにない。安請け合いもさることながら、あらためてユキナ王女ってどんな人なのかと考えてしまう。
話だけ聞くと、無敵の王女で、たった一人でこの国を護っているといった感じだ。
僕をいとも簡単に捉えた【クゥナ様】が無敵というからには、すごい武闘派でかつ大魔法使いな人で、でも急いでいるところからして…僕よりずっと年上なのかもしれない。
そしてずっと僕なんかより大きな大きな、アマゾネスタイプの女性で…。
ドラゴンの首を逞しい腕で締め上げ、刺々しい鱗を物ともせずに顔面から噛みつくような人だったら。
恐ろしい想像が脳裏に浮かび、膨らんできてしまった。
僕を玉座から見下ろす彼女は胸ぐらを掴んでひょいっと持ち上げ、
『ほう、貴様がスズミ・ケイカか?』
『は、はい、そうでごじゃります!』
『どれ、ちょっとパンツ脱いで聖剣とやらを見せてみい!』
『ひぃぃぃっ!』
……やだ。そんな人だったらやだ。想像だけでも失神しそうだ。
(いや、あり得るぞ?)
クゥナみたいなのが政務参謀官をやってるおかしな国。ここまでの流れでいうと十分あり得る展開だ。興味本位で安易に了承したのはまずかった、か。
「あの、大丈夫でしょうか、ケイカ様?」
ぶるっと身震いした僕の方をシェリラさんが気遣うように覗っていた。僕は血の気の引いた青ざめた顔をしていたかもしれない。
「ね……ユキナ王女って、どんな人?」
僕が率直に訊ねると、シェリラさんは困ったように眉を潜め口を閉ざしてしまった。あ、やっぱり説明に困るような人なんだ。嫌な予感しかしない。ところが、
「ひとことで言うなら美少女」
平然とそう言ったのはクゥナだった。
「歳もケイカと同じくらい。シェリラは第2王城を取り仕切る侍女長とはいえ、王室に仕える身。王族の御事についてとやかく言うのは罪に問われる。許してやってくれ」
「そ、そうなの?」
それはシェリラさんに申し訳ないことを訊ねてしまった。
でもそうすると……ドラゴンの首をしめる美少女ってことになるが。
駄目だ、ぜんぜん想像できない。クゥナだって王室に仕えてるんだからお姫様のことを悪くは言えないだろうし。
悩んでる内に、中央の城に近づいてきた。高く昇った陽の光に乱反射する水面に浮かぶ宮殿は見上げるほど巨大。扉だけでも国の威厳や荘厳さを物語っている気もした。
そしてその扉は、中に人がいて操作しているのか、もしくは魔法の力で動いているのか、僕達が近づくだけで勝手にゴゴゴっと重たい音をたてて開かれていく。
「ユキナ王女はここにいるの?」
「うん、いる。中央棟で待って貰っている」
中央棟というのはこの門扉の向こうにある建物のことらしい。
扉をくぐったところでクゥナは、
「もういい。下ろしてくれ」
そうシェリラさんに命じ、彼女の背から降りた。が、
「お、おぉ…」
地面に足を着けた途端、ふらふら体が揺れる。慌ててシェリラさんが支えた。
扉を越えた先、玄関は舞踏会でも行われそうなほどの大広間になっていて、部屋の両端には二階へと続く曲線を描いた階段があって。
そして上がった二階のフロアには長い廊下、それを挟むように幾つかの部屋の扉が並んでいた。
「ここが王家用の客間」
いちばん奥の部屋でクゥナは立ち止まり、扉の取っ手に手を掛ける。謁見の間、みたいな感じだろうか。
「ま、待って」
僕が呼び止めると、「ん?」とクゥナが僕の方を振り返る。心の準備がまだできてなくて、それに、
「自分のことばかりのことで気が回らなかったんだけど、ユキナ王女って人はこの事を知っているの?」
クゥナはコクンと頷く。「当然」と。
「クリムトゥシュ国民すべての命運が懸かっていること。第何王城の者であろうと知らない人間はいない」
「待ってってば」
正面を向き、ふたたび扉を押そうとするクゥナをまた僕は呼び止める。
「なに?」
邪魔されて気分を害したのか、クゥナがむすっとしたように唇を尖らせる。
「王女はいいの? 相手が誰だとか、その、僕みたいな普通なのが相手でがっかりだとか嫌がってるとか?」
「意味がわからない。異世界からやってきたケイカが領地やお金を持っていないことは誰でも知っている。最初にも言ったけど強弱も関係ない。ケイカさえ了承してくれれば後は何でも大歓迎だ」
そうじゃなくて王女の気持ちは、って止めようとする僕に構わずクゥナは扉を開いてしまった。
――――ガチャ。
内側に開かれた扉の向こう、豪華な部屋にひとり、女の子がいた。
「――――――」
思わず息を呑むように。僕は言葉を失ってしまった。
女の子は、薄桃色のセミロングの、紛れもなく美少女。
着ている服は、何とも形容しがたいけど、ブレザーの学生服に似ていた。白いシャツ、ブレザー、空色のスカート。
――けど、どうしてだか彼女は逆立ちをしていた。
赤い絨毯をしつらえられ、壁際には磨き抜かれ光り輝く壺や石膏が並べられた部屋の真ん中で、片手だけで逆立ちし続けている。
髪とスカートの裾が真っ逆さまに垂れ下がり……隠すべきはずの、白くしなやかに伸びた足も太腿、ピンク色の可愛らしいショーツまでぜんぶ露わになってしまっていた。
彼女は、いきなり現れた僕達を見てびっくりしたみたいで、
「え、え、クゥナ? シェリラ!?」
愛らしい目をきょとんとさせ、何度も瞬きをし、それから僕と視線が重なり。
「あ、もしかして」
「えっと……」
だんだん僕の視線、あ、僕だけじゃなくて、クゥナやシェリラさんの視線までが彼女の健康そのもので、そして丸見えになってる下半身に集中していることに気づき、
「あ、わわわわわわっ! ごめんなさい!」
女の子は慌てて両手でスカートを抑え隠そうとした。途端。
――――ゴチンッ!
支えを失った体が落下し、彼女は絨毯の上――ひどい音からしておそらく絨毯の下は硬い大理石の床――そこに脳天を強打した!
「きゃふっ!」
バタリと仰向けになって倒れて動かなる。
「…………あ」とおもむろにクゥナが呟いた。
「ごめん、ノックし忘れた」
「…………」
この女の子が無敵の王女、ユキナ姫……?
僕の意識は床で倒れて動かなくなった女の子に奪われていた。
逆立ちしててわかりづらかったけど、さっきちらっと見た感じでは僕と同い年くらい。
クゥナの言葉通り、美少女と言って言い過ぎじゃない可愛い女の子だ。
――ユキナ姫。
なぜだろう、彼女の名前を反芻し、倒れた彼女を見つめるだけで僕の胸が今まで感じたことのないくらいに大きく鼓動していた。
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