第7話 水上宮殿とユキナ姫①


「あれはクゥナ様の魔法ですね」


 僕に服を着せてくれるシェリラさんがそう言った。

 白地に輝く金糸の刺繍が施された洋服。演劇に出てくる王侯貴族の衣裳みたいだ。

 飾りのついたマントまであって、サイズも測ったようにぴったりときている。

 どれも僕ひとりでは到底着る事のできない豪華な装いだった。


「僕の着ていた服はどうなったのかな?」

「申し訳ないのですが、クゥナ様がどこかへ持ち去ったみたいで見当たらないのです」

「そ、そう……。まあ安物の部屋着だからいいんだけどさ……」


 で、その僕に散々な辱めを与えてくれたクゥナは両方の鼻に小さな布を詰め、僕が寝ていたベッドにぐったりと仰向けに倒れている。

 いまだ起き上がれず「ふみ、ふみぃ」と呻く彼女にシェリラさんはちらりと窺い、


「傀儡の法を使ったからですね。たいへん高度な魔法で、相手の全神経を支配するためにかなりの体力を消耗するみたいです」


 傀儡、ね。そんな大層な魔法をあんなことに。

 シェリラさんも同じことを思ったのかクスッと苦笑を漏らした。……早く忘れよう。


(でも、ほんと架空世界だよ)


 あまりのことの連続に麻痺してた感覚。僕が住んでいる世界では想像上とされるような魔法や魔物が存在する世界だ。

 僕は服を着せて貰いながら、窓から外に目を移す。

 城って言っていたけど、僕が思い描く異世界の王城とは違う感じもした。


 ここは一階みたいで窓から見える風景は低く、なのに外はどうなってるのか青々と輝く海が広がって海面の風景が続いている。

 足元や袖の裾に乱れがないかチェックをし終えたシェリラさんは僕の正面へ戻り、


「これでよろしいかと思います」

「それで僕は何をするの? クゥナはその、僕に……」


 うまく言葉に出来ず、しどろもどろになる僕に、察してくれようにシェリラさんは「そうですね」とちょっと困った感じで頷き、


「何もかもが突然のことばかりで、まだまだ沢山のことに疑問を抱かれているとは存じますが、わたくし共の願いはただひとつです」

「えっと……ユキナってお姫様と?」


 シェリラさんは「ですね」とまた小さく頷いた。心持ち、彼女は憂いた顔をしていた。


「急ぎの事なの?」

「申し訳ございません。わたくしは侍女長であってもあくまで侍女でございまして、政務の方についてはあまり詳しくはないのです。それにつきましては」


 と、シェリラさんが言いかけたところで、


「急ぎだ」


 意識が戻ったのか、クゥナの声がした。


「大丈夫ですか」


 シェリラさんが気遣うようにベッドへ寄ろうとするが、彼女はその手を振り払い、


「なんのこれしき……ふみっ」


 と、肘をついて起き上がろうとしたものの、クゥナの体はガクンっと折れ、再び倒れてしまった。


「ご無理をなさらないでくださいませ。時空転移の往復から休む間もなく本城で政務をこなし、召喚魔法に傀儡の術。クゥナ様といえど、これだけ絶え間なく縦続けに大魔法を駆使しましては」

「ば、馬鹿者。国の大事に関わることだ。こ、この程度で……ふみっ」


 強がろうとしても彼女には自分の体を支える力が無いのか、ペタンと倒れ、シェリラさんは困った顔をする。

 会話だけ聞くと壮絶な戦いをした後みたいなセリフだけど、倒れた理由を振り返って考えてみればアホな気もしたが。

 それでもクゥナはシェリラさんの袖を掴んで体を起こし、僕の方を向いた。


「とにかくケイカにはユキナ王女に逢って欲しい」


 シェリラさんも僕の方を向き直り、顔をしかめていた。わたくしからもお願いします、と言いたげだ。

 僕は襟についた金色の装飾を撫でて、少し考えた。

 やり方とやってくれた事は無茶苦茶だったけど、フラフラになっても起き上がろうとするクゥナは一生懸命で、彼女なりに急いでいるのはわかった気がする。

 それに異世界ムゥジュの大地。ぜんぜん興味がないって言ったら嘘になる。


「いいよ、とりあえず逢うだけなら」


 僕が頷いて見せると、二人はぱあっと明るく表情を緩め、お互いの顔を見合わせた。




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