第6話 はずかしの、聖剣検査♡


「出でよ、ペドロゲル。来たりて縛りて、我に邪を抱き者に戒めを!」


 クゥナが言い放つと掌の先に幾何学的な魔法陣のような紋様が浮き出てきた。

 何芒星かわからない、いっぱい記号と角を持った魔法陣。そこから、


「うわああああああああああああああああああ」


 とつぜん、魔法陣から液体の塊みたいなものがふたつ飛んできて、僕の両手首、両足首にべちゃあああっと張り付いた。さらに絡みついてきたその液体は固まって紐状になり、グルンと巻き付く。足首も同様に縛られて僕は完全に身動きが取れなくなった。


「あうう、あうう、何だこれぇ!」


 ぶよぶよ気持ち悪いし、引っ張っても千切れないくらい堅い。


「ケイカの書で云うところの【スライム】を召喚してみた」


 もがく僕の目の前でクゥナはしゃがみ、ノートを開いて見せてきた。

 長い髪の戦乙女がスライムが巻き付かれて悶え苦しむイラストをクゥナは指さし。


「ここ、『いやあああん、えっちなスライムゥゥゥゥ』。の爆笑シーン」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 イラストとセリフの衝撃に目玉が飛び出た。


「それは駄目だから!」


 泣き叫び、許しを乞う僕にクゥナは強引にノートを突きつけてきた。


「見て。見てくれないと説明ができない。ほら似てる。私の召喚獣ペドロゲルと、ケイカの描いたスライムとやらはそっくりさん」

「違う、お願い、違うから。何でもするから見ないで。僕に見せないで」

「そうもいかない。説明にはこの書が最適」


 無防備かつ無抵抗になった僕の目の前で容赦なくページをめくっていく。時々「クフフッ」と意味深な笑いを漏らす。


「何度見てもこの書は面白い。特に4、5巻あたりが秀逸」

「……うぐぐぐぐぐっ。ぜんぶ持ってきちゃったんだ……」


 クゥナはパタンとノートを閉じ、背中に戻した。


「とまあ、こんな感じにパウレルでは架空とされる生物でも、ムゥジュの大地にはそのペドロゲルを始めとして無数の魔物が存在している」

「……わかったから僕のノート返して……それから離して……」


 ポロポロ涙を流して哀願してみたけど、彼女は構わず説明を続ける。


「ケイカには聖剣の契りをかわして欲しい」

「聖剣の契り?」

「うん、聖剣の契り」


 と、クゥナは頷いた。


「いま、ケイカを縛っている魔物を見ての通り、最下級に位置する下っ端のペドロゲルですら並の人間では敵わない。

 私のように資質がある者なら多少は使役できるけど、数が足りない。はっきり言って人間の軍隊と魔物の軍隊では勝負にならない。

 魔物軍団に対抗し得るのは聖剣の力を宿す者のみ」


 そういえば、そんな話を作ろうとしたこと……もとい、聞いたことがある。

 えっと、えっと、つまり、あれだ。

 魔物には真っ当な力とか武器が通用しなくて、絶大な魔力を持った神の武器、いわゆる聖剣を持った勇者だけが戦えるって話だ。


「ぼ、僕がその、せ、聖剣の勇者?」


 クゥナはコクンと頷いた。


「勇者ではないけどケイカは聖剣の持ち主。異空間に多在する全世界を通じても、所有者はケイカただひとり」

「で、でも。僕は本当に弱いよ?」


 ペドロなんとかっていうスライムにもぜんぜん歯が立ちそうにないくらい弱いよ?

 剣なんかもちろん持ってないし、竹刀だってロクに扱ったことはない。

「そうじゃない」クゥナは首を横に振った。


「ケイカは聖剣を持つ者。戦うのはその力を身に宿した者。すなわち、我が国の第2王女にあたるユキナ・セレンティム・クリムトゥシュ」

「ユ、ユキナ……セレ……?」

「うん、ユキナ王女とかユキナ姫とかで覚えてくれたら嬉しい」


 なんだろう、ただの偶然かもしれないけど、お姫様の名前はパウレル?の名前みたいにも感じる。

 だけど混沌とした話ばかりでも、少しずつ飲み込めてもきた。


「よくわからないけど僕には何らかの力があって、ユキナってお姫様にその力を渡せってこと?」

「惜しい」


 クゥナは微妙な感じに否定して続ける。


「王女は既に父親から聖剣の力を受け継いでいる」

「つ、強いんだ?」

「無敵だ」

「む、無敵……。魔物が相手でも?」

「うん、ほぼ無敵。囲んでも無駄。鬼神の如き強さ。彼女がいれば王国はまず安全といえる」

「じゃあ僕は要らないじゃないか。どこが国家存亡の危機なの?」


 さっきのシェリラさんも栗毛のメイドさんも、確かにそんなに緊迫した雰囲気はなかった。けれど、とクゥナは首を横に振る。


「ユキナ王女はいくら強くても所詮は人間だ。寿命もあれば、無敵でいられる年齢的な限界もある」

「あ……なるほど。強いけど人間であることには変わりないってこと?」

「そう。だから問題になるのは次の世代。彼女が引退した後に国を護る者、ケイカの言葉を借りるなら次世代の勇者が必要になる」


 するとクゥナは逆半月状の瞳の方向を、倒れた僕の――絡まるシーツに覆われた下半身に向けてきた。

 そして、なぜか視線はさらにさがっていき、その中心、股間で止めると。


「世継ぎがいる。聖剣を貸して欲しい」

「…………………え?」


 僕は一瞬、彼女の言った言葉の意味が理解できなかった。


「せ、聖剣?」

「うん、ケイカの聖剣。彼女と契りを交わして」

「契りだよね? 魔法の契約とかの?」

「だったら、直球で性交して」


 ……あう、あう。それってもしかして。

 すっとクゥナは僕の股間の部分を指さし、


「その剣を使って、2人で子作りに励んで欲しい」

「こ、子作り!?」

「さらなる直球で交尾と言い換えても良いけど」

「もう言い換えなくてもわかったよ!」


 また僕の頭の中が混乱してきた。彼女の指す聖剣は……つまり……僕の……あれで。


「ぼ、僕がど、ど、どどどうして?」

「どうしても何も、聖剣を持つ者ケイカとユキナ王女とのあいだ以外から勇者は誕生しない」

「誕生しないの?」

「ケイカ以外が相手だとぜったい誕生しない。誰でもいいなら、隣国の王子でも呼んで、さっさと婚約させている」


 クゥナは真顔で僕の聖剣を見つめてきた。なんだか頬がほんのり赤くなっている。

 あう、あう、そんな顔で見つめないで。シーツの上からでも恥ずかしい。

 しばらく見つめ、クゥナは顔を聖剣に向けたまま瞳だけを僕に移した。


「聖剣で女を刺した経験は?」

「ないよ!」


 声を高々に張って言い返すようなことじゃないと思うけど!

 するとクゥナが困ったような顔をして聖剣へ視線を戻した。


「ど、どうしたの?」


 嫌な予感がする。けど、返事はしてくれなかった。

 ただじーーーっと僕の股の間を見つめて、眉を八の字に曲げたまま凝視し続け。

「――ケイカ」間を空け、クゥナが僕の名を呼んだ。


「ケイカの聖剣、ちゃんと使えるかどうか確かめさせて欲しい」

「ど、どういうこと?」

「聖剣検査を行う!」


 ええええええええええええええええええええええええええええ!


「聖剣検査ってなに! だ、だめだよ! あ、やめて!」


 だけど僕の制止は聞かず、彼女はノソノソと僕の足の間に移動し……被さったシーツの中に頭を入れてきた!


「や、やめて!」

「こ、これが聖剣かっ!」

「わ、わ、駄目、本当に駄目!」

「はふ、はふ、国の存亡に関わる大事な検査じゃ。シェリラがしてないなら私が直々にするしかあるまいて」


 あるまいてって……クゥナの息が、息が、あ、あ、刀身に吹き掛かって。

 敏感すぎる部分だからくすぐったい以上の感覚が全身に響き渡る。

 身をよじって逃げようとしたけど、スライムの締め付けが強くて動けない。陸に上がったエビみたいにあがくだけだ。

 シーツに潜り込んだ彼女は、中でごそごそ蠢く。そして、シーツの中でまた何かの魔法か、ぽわあっと股間部だけ光り輝いた。


「な、なに!?」

「暗いからライトの魔法」

「ライトは駄目!」

「おおっ!!」


 おお、じゃない! 


「ふ、ふみゅ、ふみゅ! ゾーさん、ゾーさん、ゾーさんがいる!」

「いない!」

「ゾーさん、ゾーさん」


 クゥナは変な声を出して、手を伸ばしてきた。見えないけど、彼女が何をしてるか感触でいやでも伝わってくる。

 刀身を握りしめられ、僕とクゥナの、大きな奇声が同時に飛び出た。


「「は、はっふうぅぅぅ」」


 あうう、なんで、あう、こんなことに。


「これ、伸びる?」

「伸びない! あ、そ、それ引っ張らないで! 痛いっ!」

「お、おお!! 鼻の中にビー玉みたいなのがある!」

「ビー玉じゃないよ、覗いたらダメ!」


 クゥナが何だかもの凄く興奮してる!

 と、その時だった。


「あ、あの……クゥナ様。ケイカ様も。いったい何をなさって?」


 横からシェリラさんの声がした。

 彼女はワゴンを押して部屋へ戻って来たところで、金銀の装飾が施されたワゴンの上には、さらに金飾が霞むほどの眩い宝石に飾られた服が乗っていた。

 服を持ってきてくれたらしいけど、状況は服どころじゃない。僕は叫んだ。

 ――助けて、シェリラさん!


「…………………」


 だが声は出なかった。助けて。そう言おうとしたのに口は動かず、喉の辺りが詰まったみたく声にはならなかった。


「………っ! ……………っ!」


 どうあっても動かない。いったい何がどうなって。シェリラさんも固まったまま、ワゴンの取っ手を握りしめて唖然とするばかり。

 ――すると。口が勝手に動き、


「貴様ら愚民に我が豪剣の威力を拝ませてやろうと思ったのだ」

「ご、豪剣を!?」


 とつぜん出た僕の声にシェリラさんが目を丸くして、たじろいだ。

 違う、僕の声じゃない。声は似てるけど、低音に震える、重くおぞましい声だ。

 怯える彼女に「シェリラ」と、シーツの中でクゥナがうごめきながら。


「ケイカ様が御事の前に、ありがたい聖剣を拝ませて下さると仰ったのだ」

「まあ!」


 誰が言うか!

 言ってないよ! 助けて! これ、検査じゃなかったの!?

 だけど、僕の喉がそういう風に動くことはなく、


「――シェリラとやら、我が前に出よ」

「そ、そ、そうは申されましても!」


 たじろぐばかりのシェリラさんに「シェリラ」クゥナがシーツから顔を出して彼女を呼ぶ。長い間息を止めていたせいかクゥナは顔を真っ赤にし、妙に鼻息も荒かった。


「ケイカ様の直の申し出だ。遠慮はいらん。というか、お前も協力しろ。聖剣にまるで反応がない!」


 反応って。あ、当たり前だよ! こんな状況で検査とか見せるとかメチャクチャだ。

 それにシェリラさんだって困ってるよ……と、思ったのに、


「しょ、承知致しました。協力させて頂きます」


 クゥナの命令が絶対なのか、彼女は顔を俯かせ、僕の目の前までしずしずと歩み寄って来てしまう。クゥナもシーツの中へと再び潜り、


「よし、シェリラ! ケイカ様に足を見せてさしあげろ。ケイカ様は女性に興味津々であられる!」


 違う! 違わないけど、変な情報を流すな!

 でもやはり声にはならず、シェリラさんにとってもクゥナの命令は絶対なようで、


「わかりました、クゥナ様」


 頷き、僕の目の前でそっと足を開き、自らのスカートの生地に手を掛ける。


「ケ、ケイカ様……。わ、わたくしごときのもので大変恐縮なのですが……失礼させて頂きます……」


 頬を赤く染めたシェリラさんはすーっと、躊躇いがちに衣服の裾を持ち上げはじめた!


(だめだよ、こういうのは! 仕方がない状況でないと駄目なんだ! あうう!)


 泣けど喚けど僕の口は動かない。ならばと首を曲げて目を背けようとしたら、


 ――ゴキンッ!


 今度は首が勝手に、ものすごい勢いでシェリラさんの方へと向けられた。首が折れる……僕の体、どうなってるの……。

 そして、目の前ではたくしあげられた裾の下から、すらりと伸びた足が露わにされていた。

 もう、駄目……頭がおかしくなりそう。と、思ったその時だった。


 ――――ブシュッ!


 突然、シーツのいち部分が真紅に染まり、僕の股間あたりを覆う白布の赤い染みが広がった。

「クゥナ様!」

 慌ててシェリラさんがスカートを戻し、四つん這いでシーツから出てきたクゥナに寄り添う。


「ふみ、ふみ……ふみぃぃぃ。ビ、ビー玉が伸びた」

「クゥナ様!」

「わた、私の鼻にちゅ、ちゅき刺さった……。しぇ、聖剣に、さ、刺された」

「お気を確かに!!」


 シェリラに半身抱き起こされるクゥナはぐるぐる眼球を回し、鼻から血を吹き出し続けていた。

 何なんだよ、この人達! どうでもいいから早く僕を解放して……。




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