第52話 勇者様の帰還

 中庭で魔術師の先輩方の隣に並ぶ。なんだかアーサー様を迎えた時のようだけど、今回は俺はきちんとみんなと同じ制服ローブを来ている。

 それだけで前よりいい気分なのはきっと俺が単純だからだ。


 今日は勇者アーサー様が元の世界に帰る日だ。本来ならここまで魔王の臣下がずらりと並ぶ必要はないけど、もう一つ目的があるので仕方がない。

 先ほど操ったエミールはそれに使うのだ。


 王宮魔法使いの長がヴィシュ王宮に繋ぐ魔法陣を作る。そこにエミールは乗せられた。


 魔族の『魔法』は俺も詳しくないからよく分からない。魔術文字も使っていないみたいだし、仕組みがさっぱり理解出来ない。


 ま、魔族にとっては人間の『魔術』もよく分からないもののようだけど。だから多少怪しまれているみたいだ。あまり魔法使いとは接していないから詳しい事は分からないけど。

 その証拠に、王宮魔法使い達がちらちらこっちを見てる。エミールを送る魔法陣、そしてこれから勇者様を送る魔法陣は魔法を使うので、得意げな顔をしている。

 これは俺にどうにか出来る問題じゃない。放っておくしかない。


 ラヒカイネン男爵達も気にしていないようで、平然とした顔をしている。


 俺がそんな事を考えているうちに魔法陣が発動する。


 やっぱり悔しい気持ちはない。そういうものだ。


 しばらく待っているとその場に映像が現れる。これも魔法で作られたものだと分かる。

 映像の向こうには、まだ術にかかりぼうっとしているエミール、状況がよく分かっていなくてぽかんとしている何人かの貴族達と国王陛下が見える。


「どういう事だ。答えよ、エミール!」


 我に返った国王陛下が、いや、ヴィシュ王国のアーッレ陛下がエミールに怒鳴っている。

 心の声でも呼び方は気をつけなければ。俺は今は魔王陛下の臣下なんだから。


「魔王が国王陛下に是非観ていただきたいそうです」


 暗示のかかったエミールはやっぱり虚ろな目でそんな事を言っている。本当にいい気味だ。これが自分だったらと思ったらゾッとするけど、あそこにいるのは俺じゃないし。問題ない。


 エミールは虚ろな目のまま王妃殿下の伝言を伝える。アーッレ陛下の目がどんどん怒りに染まっていく。

 やっぱりいい気味だ。


 魔王陛下が王妃殿下と勇者アーサー様に目配せをしている。これから帰還が始まるのだ。


「お世話になりました。オイヴァ王、レイカ王妃」


 勇者様が魔王陛下と王妃殿下に挨拶している。それにしてもその呼び方はどうなのだろう。きちんと敬称をつけなきゃ駄目だろうと思うけど。

 ただ、勇者様は異世界人だし、魔王陛下の臣下じゃないし、それでいいのかもしれない。

 魔王陛下が気にしていないようだからいいのだろう。


「また遊びにいらして下さいね。手紙も書きますから」


 最初に返事をしたのは王妃殿下だった。おまけに『ね、オイヴァ』なんて魔王陛下に話しかけている。

 魔王陛下も優しい声で『そうだな』と同意している。


「でも読めませんよ」


 勇者様だけが困惑の声を出した。王妃殿下がくすくすと笑っている。


「文字に翻訳魔術を埋め込んでおきますわ。それかわたくしが英語で書くか。そうなったらもっと勉強しなくてはいけませんけれど」

「だったら俺も日本語を勉強しますよ。そして交互にそれぞれの言語で書けばいいんです。そうすれば平等ですね」


 そういえば、王妃殿下はアーサー様の国の言葉を話せたんだっけ。


「ちょっと待ってくれ。普通に話を進めているが、そうなると私は両方学ばなければならなくなるだろう」

「じゃあ今度お父様達に頼んでテキストを送ってもらいましょうか」


 そこで慌てたのが魔王陛下だ。慌てて止めているが、逆に王妃殿下にからかわれて顔が引きつっている。


 ただ、魔王陛下は頭が良さそうなのですぐ両方の言語をマスターしてしまいそうだが。それに、一つは彼の妃の母語だし。

 それでも悔しいらしく、魔王陛下は勇者様に魔族語のテキストを送るなどと言っている。


 これはただの雑談じゃない。

 自分たちはこれからも連絡を取り合うのだ。それだけ仲良くなったのだ、とアーッレ陛下にアピールしているのだ。


 映像の向こうのアーッレ陛下は、悔しそうに、そして憎々しげにこちらを睨んでいる。


 次に王妃殿下は騎士たちの陰に隠れていたパオラを呼び寄せた。パオラはどうやら勇者様と離れるのが悲しいらしく泣いている。そうだな。仲間だったんだもんな。いや、この様子だと惚れている可能性もあるかもしれない。

 その涙ぐんでいるパオラをアーサー様が慰めている。


「また会えるわよ」


 王妃殿下も穏やかにそうなだめている。


「パオラさん、外国でも頑張るんだよ」

「はいっ!」


 勇者様の言葉に、パオラはしっかりと頷いた。


 続いて四人は勇者様をどこに返すかの話し合いをしている。ある程度場所は決まってると思ってたけど、そうじゃないのか。だとしてもその場で決めてもいいんだろうか。また新たに座標を決める必要があるんじゃないのだろうか。まさか魔法では簡単に指定できるとかそういうことだろうか。

 まあ、とにかく、アーサー様の職場に転移させる事になったようだ。


「どういう事だ?」


 画面の向こうのアーッレ陛下がつぶやくのが聞こえる。


 どういうことってそういう事です。と言いたいけど、俺みたいな下っ端が口を出していい場所じゃない。口を開いたら間違いなく叱られそうだ。


 魔王陛下が挑発するように画面に勝ち誇った笑いを見せる。そうして王妃殿下に『……何やってるの』という目で見られている。

 だが、魔王陛下は気にしていないようだ。何かを王妃殿下に囁いてさらに呆れられている。何をやってるんだ、この二人は。


 そして三人はどこに送るのか詳しく決めている。これで正確な座標を決めるのだろうか。さっきも思ったけど、こんな直前でいいのだろうか。

 しっかりと到着点が決まると、すぐに魔王が詠唱を始めた。魔法特有の呪文らしく俺の知らない言葉だ。

 アーサー様の足元に魔法陣が浮かぶ。


「本当にありがとうございました、オイヴァ王、レイカ王妃!」


 魔法陣の光に包まれながらアーサー様が最後の挨拶をしている。魔王陛下と王妃殿下も笑顔で『また会おう』と言っている。


 そうして勇者様は光に包まれてこの世界から帰って行った。

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